それはまだ、日差しの柔らかい春の、うららかな或る朝のことでした。
じ――――――――――――
・・・突然ですがファイさん、見つめすぎです。
「おまえ、また見てるのか」
「あ、黒ろん。そーなんだぁー、だってね・・・初めてなんだもん」
そう言って愛しげに目を細めるファイの視線の先には、まだ芽すら出ていないただの茶色い土が横たわる。
周りには白い石が綺麗に並べられ、土は丁寧に肥やされている。
「気が早えよ。昨日植えたばっかじゃねーか」
「うん、でも見ていたいんだー。」
柔らかな太陽の日差しを受けて、ファイの金髪がきらりと揺れる。
まだ出てもいない芽に向ってほにゃりと笑む。
「しかし相当長生きしてるてめえが、花のひとつも植えたことがねえとはな。」
「うん、だって。お城の植物は魔法ですぐ育てちゃってたからね。」
懐かしい大切な時間の欠片を想い返しているかのように、ファイは眼を細める。
黒鋼からは土を見つめるファイの表情は見えない。
俯いたまま表情を反してから、ファイはくりんと黒鋼の方にこうべを向けた。そうして興味津々な様子で問いかける。
「そういう黒ぴんは―?」
「あ?俺がそんなことするわけねーだろ」
「あはは、そ―だよね―。似合わない〜」
けらけらと笑いながら金を揺らす。
そんなファイを視界に入れながらも、黒鋼はフンとそっぽを向いた。
そんな黒鋼を見ながら、しばらくふわふわと微風に乗せて金糸を揺らめかせていたファイだが、何を思ったか突然弾くように表情を輝かせた。
「あ♪」
それにピクリと黒鋼が反応する。
・・なんだか嫌な予感。
黒鋼は少しずつ後退り始める。こういう声をあげる時のファイからはなるべく遠ざかることにしているのだ。
それは今までの経験上、黒鋼にとって面白くないことになる予兆だとよぉく知っているから。
「黒ぴんも何か植えればいいよう」
・・・ほら来たか。
「誰が植えるかっ」
黒鋼は当然のごとく大きな声で反論する。
やっぱり、そうですか。
でもせっかくの機会だし、やってあげたらいいじゃないですか。
「ぜってえやらねえぞ!」
・・・・・別にそこまで嫌がらなくてもー。
「ふ――ん、そんなこと言っちゃうんだ?」
あれれ?
ファイさん、心なしか表情に何か黒い影が見えませんか?
あ、私の気のせいですか。
―そうですよねー、まさか日本国永住のファイさんに限ってそんな黒い笑顔なんて・・・。
「黒ぷい、これなぁ――んだ?」
「なっ!てめえ!まさかそれは!??」
「えへへ〜、黒様の弱点はもう知り尽くしているのだっ!」
ファイの懐から取り出され、その手にしっかりと握られているもの。
それは、黒鋼が日本国でやっとのことで入手したこの国のマガニャンだった。
―ちなみに挿し絵たくさんの草紙みたいな作りになっている。
ファイさん、そのマガニャンをひらひらとさせながら、黒鋼さんに向かって見せびらかします。
「てめっ返せ!!」
「わ―――い」
追いかけっこ、楽しそうですねー。
・・・ファイさんに限ってだけですけども。
「あはははは―」
黒鋼さんは本気な顔で、ふわりふわりと逃げ回るファイさんを追いかけます。
そして暫くしてからようやく、庭の垣根に獲物を追い詰めたのでした。
なのに、何故だかファイさんは余裕の表情です。
!!
再びささっと懐に手をやるファイさんが取り出したるは、凸面の硝子板。太陽の光を集めてじじじ・・
あ、ちょっぴりお焦げが・・・
「ああっ!?ヤメロ!この国のマガニャンは遠路はるばる西国にまで赴かねえと手に入らねえんだぞ!!」
「ふーふーふー」
モコナ的な猫目スマイルを浮かべて、すっかりマガニャン人質です。
ファイさ・・・、どんだけ黒いんですか。
「昨日いろいろしてくれちゃったからね、仕返しだよう〜」
「おま、あれからちゃんと介抱したじゃねーかよ!」
「もう!オレはもっと植えた後見ていたかったのー。それにあの後どれだけ辛かったと思うのー!・・黒ぴーなんて、黒ぴーなんて!!」
「ほお、なんだよ、言ってみな。朝っぱらから楽しそうに飛蝗追いかけてたじゃねえか」
「うう・・あげ足取る気―?」
じとりと黒様を睨むファイさん。
ですがまだ、人質はしっかりとファイさんの手の中にあるのです。
「とにかくっ!黒ぽんはちゃあんとここに、この種を植えること!」
「―ったく、しゃーねーなあ!」
ついに折れた黒鋼さん。
ファイさん自作の花壇に何も植えていない場所を見つけて、土を掘りおこし始めます。
「さすがは黒ぴんだよねー」
はい
あなたにだけは、甘いですとも。
ほら。
まだ見ぬ芽は、そんなふたりのやり取りをクスクス土の中で笑っていますよ。
明日彼らに会いに出ようよなんて
こそこそ相談をまとめながら。