5
5/43
どうやら連中を撒くことは出来たらしい。
見つけた倉庫の片隅に、一息ついた金髪は痛む肩を押さえ、呆けた様子で座りこんでいた。
…あまりにも目まぐるしい経緯を経て、遂にこんな処まで来てしまった。
それでもまだ、諦めたく、ない。
諦められなかったあの日々、大切な分身と離れてからずっと。
想いを秘めて孤独に口ずさんでいた、遠い昔の歌が。
知らず知らず無意識に、唇から流れてしまっていることを曖昧に自覚する。
けれど、それもここにあっては砂埃の混じる牢獄の空気にただ虚しく呑まれていくだけ。
何に届く筈もない。
「……………」
荒く呼吸してかさついてしまった口唇から紡錘がれていた歌は不意に途絶え、沈黙を迎えた。
長い脚を小さく引寄せ、動く右腕だけでぐっと力を込めて膝を抱える。
その時、俯く金髪の死角を一つの黒い影が覆った。
「見ねえ面だな。そうか。さっきやられてたのは…てめえか」
「……!」
唐突に声を掛けられ、はっとしてその影を仰ぎ見た。
そんな金髪の新入りの様子に気兼ねする事なく、黒鋼は無感動に言葉を続ける。
「ヤられたのは初めてか」
見知らぬ男からの剰りに不躾な問いに、金髪は眉間に皺を深く寄せた。――こいつはさっき自分の身に降りかかった事をおおよそ察している。
「………失せろよ」
そんな金髪の言葉は無視しその容姿を頭の先から爪先まで辿るようにざっと目で追い頷く。
「確かにな」
得心した様子で紅い眼を細め、或いは感心さえも込められたその台詞に、金髪は怪訝そうな顔を浮かべた。
それでも止まない、己を物色するような好奇の視線に嫌悪感を覚え、無礼な男を睨み付ける。
それに気付きながらも、特に感慨無さげに黒鋼は追い打ちをかけるように言った。
「…てめえみたいなのは絶好の餌食だろ」
金髪は途端に蒼い眼光を鋭くする。
馬鹿にされたのだと判断した瞳に、藍の焔がゆらりと揺れた。
一瞬にして変化した色に目を止めたのも束の間。座っていたそこにはもう、金髪の姿はなかった。
その気配は黒鋼の顎下に。体勢低く相手の懐に潜りこんだ金髪は、俊敏に右掌で黒鋼の喉笛を捕らえる。
金髪の意外な反応に虚を突かれ、黒鋼は少し驚く。視線のかち合った藍の瞳は、仄暗く茫洋としていた。
――面白れえ
黒鋼はにやりと顔を歪める。
喩えこちらに非があったとしても、むざむざ相手の好きにさせておく性分ではない。
次の瞬間、白い手首を取って腕を捻りあげる。
痛みに思わず、金髪が呻いた。