Crimson sky | ナノ



5

43/43



闇の中を駆ける一台のトラックがある。砂漠の大地は静かに夜を迎えていた。陽が堕ち急激に冷えゆく外気を割く様に、トラックのエンジンが唸りを上げる。広大な砂地にヘッドライトは一筋の光明を示しては、次の瞬間には更にその先を照らす。密輸を生業とする男たちは、今日も変わらず利を得んが為に闇ルートで手にした品を運んでいるのだった。


常とは寸分も違わぬ夜。何処までも続くかと思われる程に広大な砂地。絶えず流れる車からの視界、常ならば黄砂ばかりを照らす中に、きらりと一つ光るものが在った。

一瞬にして視界から消え去った金色らしき光。微かではあるが異質な光の屈折。やくざな商売故に染み付いた気質であるのか、長年に渡り培った勘が告げたのか、それを彼等が見逃す道理は無かった。地獄に喩えられるこの砂漠を好んで輸送ルートに取り入れる彼等でなくば、この褪せた金糸に一体誰が、気づき得ただろう。間も無く車体は急停止を迎えたばかりでなく、後方へと転回を見せる。

 降車した二人の男がそれに近寄った。やはり見まがい等では無く、ブロンドの異人が倒れている。砂に軽く埋れた痩身は、酷く弱っている事が見て取れた。まさに虫の息、と云ったところであろう。そうは見えても、既にそれは死骸であるのかもしれなかった。

 片方の男が、無造作に散らばったこの国に於いては珍重すべき金糸を粗雑に掴み揚げる。砂に囲まれたこの地に何処から如何やって来たのか解らないが、万一息あらば、貴重な奴隷として近隣国に売り捌ける事間違いないだろう。照らされるライトに色白い肌が浮かび上がる。

「…、…‥、‥ っ」

小さく開かれた唇から、微かに息が洩れた。





生きている。




 それから金糸、肌の白さだけでなくその端正な顔立ちにも吸い込まれる様に目を奪われた。彼等にとって、これ以上歓待すべき拾得物は無い。眼を細めた男たちは、目配せするや否や無言の内に、苛酷な地からの予期せぬ臨時報酬を手早く荷として、車に積み込んだのだった。









懐かしい音が聴こえる。火が木を弾く。
遠い昔、あの子と共に聴いた音。
両親には内緒で毛布を被り、いつまでも語り明かした。


大好きだった。
愛していた。

あの家を。両親を。そして、双子として共に生を受けたーーーあの子の事を。


倖せだった。


シアワセだった


なのに



狂わせたのは、紛れも無い自分。







 ぱちぱちと散る太陽とは異なる熱を肌に感じ、薄っすらと瞼を持ち上げる。そこには両の手ではなく、寧ろ戒める縄が目に入った。それは締めず緩い様であったが、手首から肘にかけて余りに多重に巻かれていた為抜ける事も、満足に身じろぎする事さえ出来そうもない。無意味な戒めだ。手足が解放されていたとして、逃げる余力など、今のこの身に残されてはいないと云うのに。覚束ない蒼で縄を見つめていると、ぽすと乾いた落下音がした。視線を上げれば直ぐそこには一切れのパンが在る。

食べろ、という事だろうか。しかし指を動かす事すら億劫である。出来る事なら此の侭動かず静かに在りたい。

だがこうしていれば直に身に訪れる物を理解している。今は未だ、安息の時ではないのだ。

こうして今生きている。

生を延ばされたということは、すべき事がまだこの身には残されていると云う事。


 力を振り絞って這い、ひとかけのそれへと口を近づける。震える唇でそれを食み咀嚼しようと咬筋を動かそうとし、そこで止まった。それを喉に通すまでの工程すら、今のユゥイには思うとおりには敵わなかったのだ。生きる為の術に行き詰り、唯パンの先に在る地面を見つめていると、平たい皿がそこにカツンと置かれた。微かな湯気が上るそれはスープであるらしい。差し出した腕を目線で辿る。そこには商人風の装束を纏う男がいた。

決して人相が良いとは言えないそいつは無表情でユゥイの眼前に転がるパンを掴むとそれに浸した。そして次は皿ごと此方の鼻の先へと置き直す。ユゥイは舌を出し、久しぶりの水分を舐めた。スープの味気無い程の薄さが今のユゥイには有難かった。それから男の見つめる前で皿に顔を寄せ食物を摂取する。飲み下す際に幾度も嘔吐感を覚えたが、それでも何とか無理やり嚥下した。

生きる為に。


能動的に食物を胃へと下ろすのにはかなりの時間を要したが諦めることは無かった。そうしてそれを終えたユゥイは、再び深い闇へと、呑み込まれていったのだった。
 

 

prev|next





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -