Crimson sky | ナノ



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何を言っているのだこの男は






あの男が。


あんなにも破滅的に強かった男が、
簡単に死ぬ訳が無いではないか。








「俺が薬を渡した」













否、








解っていたはずだ













自分が関われば

こうなる可能性だって











否定出来なかった事を。










だけど、それを認めるのが怖かった。
だから、早く、
一刻も早く。

彼から、遠くへ―――



全ては、遅すぎた

ワカッテイタ ハズナノ ニ ・・


















少し、時間を刻んだらしい。



金髪の囚人は、檻の中の見覚えの無い場所に立っていた。引かれる侭に其処まで連れて来られたのだろう。それにしても建物の構造からだろうか。温さに変わりないものの灼熱からは遠い室温だった。恐らくは隠された地階。虚ろな瞳が上げられた。

すると眼前に白い布に包まれた何かに気が付く。それは大きくてその囚人の痩身など比では無いほどの容量であった。

不自然だった。

装飾の一つもない箱らしき空間の中心にとってつけた様に据えられた直方体の台が。
そして、台上に静置されている物体のその存在が。


大きな人影が其れに歩み寄る。監守服を着ているようだが、それを認識する術を今の彼は持っていなかった。だが虚ろな碧眼は、その先を見ることを意識の奥底で拒みたがった。だのにその視点は動かせそうにもない。定まらない焦点が、白布を剥がされた”物体”を捕らえる。金髪の囚人の脳内に揺蕩う遠かった筈の現実が、音も無く距離を縮めた。息が詰まる。


眼前に横臥する其れは…息をする事を止めてしまった其れは、燃え盛らんばかりだったあの紅い眼を隠して
今は静かに、冷たく無機質な台の上に横たわっていたのだった。



監守の眼前で、痩身の囚人は力無くふらふらと、その物体に歩み寄った。


血色の褪せた、褐色の肌。気持ちばかり緩やかに為った眉間の皺を、労働に荒れた指がそっとなぞる。


愛でるよう、

慈しむよう、


優しく−−−優しく




彼は腰を落とし、息をしない其れに向かって唯、腕を伸ばしていた。もはや立位を保つのも困難であるらしく、台に凭れ掛る様に重量の無かろう痩身を気だるげに保持する。だが伸ばされた其れに微塵の震えも無い。

その精気の無い人間の、余りに優美な所作に、監守は眼を奪われた。巨体を持つ屍骸の整った目鼻立ち。ゆるりとその鼻梁を細く白い指が辿る。頬を、首筋を、肩を。表情を宿さず言葉も発さず、ただ躯の容全てを掌の記憶に留めんとしているかの様に。息途絶えても猶、その精悍さを失わないその見つめる蒼は何の色も見取る事出来ず、珠玉の如き無機質な光を帯びていた。



「おい、」


思わずその光景に見蕩れていた監守が我に返り声を掛けるが金髪に反応は無い。

今の彼に一切の反応を期待することは無意味に思えた。

だから唯一言ばかり。力ない背中に浴びせてその場を去る。


「その男からの伝言だ。―――お前は、死ぬな。と」


そうして屍の傍らに膝を突き佇む痩身に背を向け、監守は、重いばかりの扉を音を立てて閉じた。



 

 

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