the affair happened several years ago
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【side Sorata】
空汰はぞんざいな身体検査を受け腹に隠したそれが見つからずに投獄された時には、内心笑みを隠すことが出来なかった。
大丈夫だ。
これさえ有れば、まだ生きていける。
気丈な彼女の事だから、こんな選択しか出来なかった自分を一生許してはくれないかもしれないが。
別れる間際に初めて見せた、彼女の泣き顔を思い出す。
けれど。
彼女の未来にたとえ微かでも、幸せの光が差していればいい。
望みはそれだけだ。
それは此処に来る契機となる事件を起こす前に行動を共にしていた最愛の女に頼み込んで作ったものだった。その時にはまだ計画を話してはいなかったから溜息一つ吐いた彼女は如何にも訝しげに承諾してくれた。
いつもの悪乗りと思われたのかもしれない。
真実、そうであると見せかける様に細心の注意を払った。
下調べしていた場所に、偶々を装って店へと連れ込み写真を撮らせる。素朴な拵えのロケットペンダントを二つ購入する。そして男の持つものには女の写真を。女の持つものには、男の写真を。
孤立無援な逃亡生活の中、その時には既に、男の胸には一つの決心が着いていた。
そうして監獄に足を踏み入れた男は直ぐに他の囚人たちに囲まれた。そいつらは空汰をざっと一瞥すると、さも気に喰わないと言った様子で舌打ちする。
(何や面倒なことにならんうちに、とっとと退散するとするか)
空汰としては入獄早々騒ぎを起こしたくはない。
「んな先輩ら、ふつつかな新人やけど、よろしゅう頼んます〜」
そう愛想笑いを浮べて立ち去ろうとしたその時、ツナギの裾を掴まれ地面に向かって投げられる。砂を巻き込み音を立て身体が地を擦る。視線を上げれば一人の男に圧し掛かられた。状況が把握できずに警戒体勢に移る間もなく押さえ込まれて服の前を力づくで開かれた。そこには灼熱の光線を受け銀に光るペンダント。それに視線を向けるや否や男は鷲づかみ一気に引きちぎる。
「なっ・・・」
唐突さに言葉も出ない空汰だったが次の瞬間に大切な宝物を奪われんとしている現実を認識し、手を伸ばすが既に時は遅かった。今や命よりも大切だと言い切れるそれは誰とも知れぬ男の薄汚い手の中へ。
「か、返せっ!!」
どうにかそれだけ内腑から圧し出し力の限り手を伸ばす。
するとその様子を面白げに見遣ったその男はそのまま無言のうちに仲間へとペンダントを投げ渡し両腕を拘束してくる。
「お前ら汚い手ぇでそれに触んな…!!」
腹の底からの怒りを込めて周囲に立ちふさがる囚人どもを睨みすえる。それからは気の触れた如く暴れると頭蓋に鈍い衝撃が打った事を知ると同時に視界が回り、全てが一気に白んだ。
空汰が覚えているのは、そこまでだった。
余りの暑さに目蓋が微かに動く。気を失ってから、さほど時間は経っていないように思えた。後に振り返ってみれば実際そうだったのだろう。何しろ刑期初日から新人の遅刻など許されるはずが無い。
ぼんやりした意識を次第に取り戻していくと誰かの足だけが視野に入った。ぐるりと見渡しても辺りに他の人影は見当たらない。変わらず在ったのは、降り注ぐ灼熱の太陽だけ。眩しい。
それでも眼を凝らして見上げれば、大柄の男の尖った髪型がやけに心象に残った。
服は乱れていたが、それ以上何かされた形跡は無かった。
そこではっと宝物を奪われた記憶の蘇った空汰は勢いよく起き上がり連中の姿を探す。だが、そこにはやはり二人以外の誰も居ない。
するとそんな空汰の様子を見ていた男は、何か硬質な物を無言で一つ、此方に放り投げた。
両手で受け止めてみると今の空汰には何よりも大切な、銀色のそれ。
「・・・・・嵐」
かなりの沈黙の後、どうにかそれだけ呟くことが出来た。それを聞いたか聞かずか、背を向けたままの男は去ろうと足を踏み出す。
「あんた、なんでや…」
どうやらその男が取り戻してくれたらしい。陽射しに溶け込む背中に向かって声を掛ける。
すると振り返る事無く男は紅い眼で前を見据えながら言った。
「此処に金に成るって理由付け以外で、大事なもんを持ち込んでくるような上等な人間なんてまず居やしねぇ。つまり…」
「ただの、気まぐれだ」
これが一風変わった一級殺人刑囚二人の男の、小さな出会いだった。