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無音―――、狭き世界の静寂は真空のようだ。
その瞬間、ユゥイの聴覚に触れるあらゆる全ての音は、閉ざされた監獄と云う世界のそれを 呑みこんだ。
それでも唯一鮮明に聴こえたのは
肉の裂ける音と、
血の飛散する音。
世界の全ては、動きを止めてしまった。血飛沫の、乱れ散りゆく様さえも。
---蒼には、止まって見えた。
命懸けで伸ばし、それでも届くことの無かった手は堕ち、一握ほどの砂を覆う。
そこで流れ始める刻。
ゆっくりと、握られる拳。
ざり、と砂の寄せられる音が、静寂が支配する空間に響いた。
それでも飽く事無く震えながら前進しようとする致命傷を負った躯。
未だ意志は、宿っていた。
「もういい、そ、…ら、・・・」
尽力虚しく追いつかれ、無惨に背に突き立てられた凶器が蒼に映る。息が詰まってその名が呼べない。
伸ばされた手は、まだ、此処には及ばない。
「・・おと…なしゅう、まっ、…」
彼は、最期の力を振り絞り吐息を震わせ、
見開いた眼をこれ以上ない程に更に見開き、手を痙攣させて。
それでも未だ、届かぬそれに手を伸ばそうとする。震えながらも空を手繰り、あと、一歩。もう少しで届く。…が。
ゴリ…
空汰の背を陣取る囚人が、木片を抉る様に捩じり動かせば、ごぼりと血の気の失せた唇から鮮血が溢れ出す。
手は引きつり指は慄くが、それでも彼の顔は強気に笑む。そうして拘束を受ける友を助けるべく、身を捩る。
「頼む、もう…、いいから…」
ユゥイは固く目を瞑り、必死の想いで懇願する。
けれど。
再び蒼を開いた。
逸らしてはいけない。見なければいけない。
生あるその男の姿を、しっかりと碧眼に焼き付ける。その心優しき男の、選んだ答を。
「・・・ゆ、ぃ・・」
「…助けてやれんと、ご、め…な・・・」
タイム、リミットだ。
男は凶器を背負ったまま、身体を捩じらせ回転させる。転がる体。木が、肉に喰い込む。構わず震える手で、胸元の奥を弄る。
そこに在るはずの、大切な宝物を求めて。
「ぁ、ら、し… 」
拳を握り締め、最期に喉頭から圧しだす。
ちっぽけな人生で一度きり、全てを賭して 愛した女の名前を。
「あ、い・・・し・・・・」
天を仰ぐ。
失われゆく光に映ったのは
突き抜ける程に高く澄んだ空。
その言葉は最後まで紡がれず
ゆっくりと、琥珀の光が 渇いた風に霞んで消えた―――