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「ひいさん、別嬪さんやなぁ。なぁ、わいと結婚せえへん?」
「・・・・」
「わっちょい待ち!無視せんとってーなー!クールやなぁ。でもそんなトコもまたええわぁ…v」
「馬鹿?」
「バカは傷つくって!せめてアホって言って!」
「…どちらにしても、私に構わない方がいい」
身分も何もかもが、
不釣合いで不相応だなんてことは後から知った。
街頭でぶつかり転倒させた女を助け起こして、早々口説いた。
軟派は初めてのことではなかったし、差当り成功率は先ず先ずで。話術においても多少自信はあった。だが期待を裏切り、無表情にそう一蹴された。それでも、男にとっては関係ないことだった。
直感だ。この女だ、と思った。
それはきっと世間で言うところの一目惚れ。
そうしてその恋は。身寄りもなくダウンタウンの片隅で、雑用小間使いなどしてその日暮らしに生計を立てる男にとっては
――命を懸けるに値した。
次第に心を通わせる様になった二人の逃走劇が始まった。彼女は資産家の娘で、所謂政略結婚の道具にされようとしていたのだった。しかも相手は裏の世界では名の知れた筋の男。二人は追いやられ、海外への逃亡劇を試みる。然し二人揃っての逃亡は不可能と判断し、女一人を如何にか逃がす事を計画する。
追い詰められた男は裏経由で得た爆薬で婚約者のカンパニーを脅し、その隙にまんまと成功させた。だが当然残った男は駆けつけたポリスにより捕縛される。勿論、情状酌量の余地など無かった。
そうして世間に公表された罪状は。
ストーカー行為に始まり婦女暴行、誘拐、その女の殺害、死体遺棄。更にはその家族の虐殺、婚約者(フィアンセ)への逆恨みによる、爆弾テロ。
婚約者の裏取引による情報操作の手が及んでいたことは間違いない。
そうして男は、孤陸の監獄へと収容されたのだった。
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見開かれる蒼の先、失われては戻らないそれが、体内からどくどくと溢れ出していく。
「今・・・たすけ、たる・・・」
我ながらこの出血量は命に関わる事を認めざるを得ない。指先は痺れ、察するにもはや、血が満足に通っていないらしい。
けれど、流れゆくそれを凝視し、わなわなと驚愕に震える金髪の男に向かって、一人の女に身を捧げるだけの、つまらない男であった彼はよろめきながら腰を上げる。
さあ、最後の仕事だ。
致命的な量の血を流しても立ち上がる男に、寧ろ何をするのかと、周りの囚人たちは興味津々といった面持ちでその様子を見守った。
そして、動き出す。
これが、彼の出した結論、自分に課した結末だった。
「…ぅぉぉおおおお!!」
流れ行く血を物ともせず、一気に金髪を拘束している男たちに向かって突き進む。暴虎馮河の如く。
武器の一つも持たず。
唯、その身一つで。
無謀を通り越して、無意味としか云い様の無い行動だった。けれど、そうせずには居られなかった。
前進するか後退するか。
何れを選ぶにせよ、この失血量。心中自らせせら笑うしかない。こう成ってはつい其処まで近づいている未来は、確定されているも同然なのだから。重い足を引き摺りそれでも大地を踏みしめる。衝動に任せて歩んできた人生の、恐らくはこれが最期の選択。
それ為らばと決めたのだ
せめて、最期まで悔いる事のない決断を―――と。