Crimson sky | ナノ



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『ひいさん、えらい別嬪やなぁ』

その一回だけは。

その一回きりは、いつものナンパなどではなかったのだ。衝動の動機付けとは難解なものだ。いつもそう思う。そしていつだって馬鹿をみる。

けれど生涯で一度たりとも、その選択を悔いたことはない。











襲いかかる囚人服の男たち。面子を見て容易に目的は知れた。報復。黒鋼にやられたものだ。数人の身体には、生涯癒える事の無いであろう深い傷跡が刻まれている。そいつらの四肢は歪なせいで襲い来る歩行すらも困難そうに見える。未だ包帯の取れない者もいた。

ただ他にそれを上回る圧倒的な数の囚人たちが、彼らと共に襲来したのだ。

二人の四方を囲む、余りの人数。これではまず逃げ切れない。だが空汰は咄嗟に手近にあった角材を振り回し、その背中はユゥイに向かって叫号する。



「いっけえ!!!」


驚きにユゥイは目を見開くがそれも束の間、僅かな機も逃すまいと視線を鋭くして囚人たちの合間を掻い潜りその場を突破しようと試みる。

だが抵抗虚しく直ぐに取り押さえられ、地べたに這いつくばらされた。

「・・・くっ」

押さえつけられる痛みに顔を顰めるが、どうにか男たちの下から抜け出そうともがく。だが、ユゥイが暴れれば暴れる程に嬉しげににたついた男たちは、細い身体を拘束する手を増やしていく。やがて一人の囚人を多数の男たちが捕らえ完全に固定する。しかし捕らえられた蝶は、伏していた視線を上げるとやおら冷静に言葉を放った。


「オレたちに、何か用?」

「くく、わかってんだろうが」


にやにやと顔を歪めると、無骨な指が流れる金糸を掴んでぐいと引き上げる。俯けの体勢から前髪を引っ張られ、ユゥイは顔を反らせて痛みに耐えた。

だが次の瞬間には表情を取り戻し、淡々と男たちを見つめる。冷え切った蒼。玲瓏さを湛えながらも凍てつくような光を放つ。その視線にぞくりと男たちの背に冷気が伝う。

しかし多勢に無勢。臆する事無く主犯格であろう男が、白い頬肌をがさつく掌で撫でた。そうして細い顎を攫み己の方へと向けさせる。


蒼い光は屈する事無く、前だけを見据えていた。


「その強気がいつまで保つかな?」


頬を下り首筋を撫で、襟元へとごつい手が掛かる。分厚いつなぎを脱がされ始めても一向にユゥイは反応を示さなかった。ただ只管眼を閉じ、これから起こるだろう屈辱的な行為の終りを待つのみ。

「ユゥイ…!」

眼前の光景に目を剥き、空汰が解放させようと手に持つ武器を精一杯に振りかざし救援へと向かう。大きく振り下ろされる長い木片。その隙を衝かれ、複数の男たちによって取り押さえられた。何時かと同じ状況。無力さに腸が煮え返り、歯軋りする。

「くそう…!」


すぅっと開く蒼。表情の無いそれはゆっくりと自分に覆い被さり肌に執拗に触れてくる男へと向けられる。


「お前たちの目的が黒様とオレへの報復なら、そいつは関係ないだろう。…放せ。」


わざと渾名を使う。そして刃の矛先を出来る限り自身へと向けさせる。

今は、そうするしか術が無い。


「お前あほか!!そいつらの目的はわかっとるやろ!ユゥイ…!」

空汰が騒ぐが、碧眼は気にも留めない。冷徹な瞳で眼前の男を静かに見つめる。

それに不機嫌に表情を崩した主犯格の男が、金髪に手を掛け、小さな頭を己の左腕へと近づける。肉が攀じれ、捻じ切れた跡が容易に見て取れるそう古くはない損傷。確かにこの男の左腕は、もう使い物にはならないだろう。


「俺の腕はなぁ、もう使えねぇんだと。こんなくせぇ処で弱者として野垂れ死にだ。」

ユゥイは心中で察する。眼の焦点がおかしい。恐らくこいつは、頭の導線の何処かが切れてしまっている。


「そりゃあ娑婆じゃあ、おれぁ殺しのマニアだったんだぜ。温いことはしねぇ、女子供も関係なく殺した。十八番だ。そうして誰もが俺を恐れた。くく気分良かったもんだぜ?それが当然だと思っていた。・・・嘘だと思うか?」

ぐいとユゥイに顔を近づける。人間独特の悪臭が咽せ返る程酷く漂う。

だが眉一つ動かさず、そいつを見つめる。


「足りねえなぁ…絶望がよ。追い詰められた人間の表情はいいぜ?」


そう言ってユゥイの髪を掴んだまま、周りの囚人たちに合図を送るように、自身の顎を大きく動かした。





 

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