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「どうした?」
ユゥイの様子に気づいた空汰が声をかけてくる。追い詰めるように、一歩、足を前へと踏み出す。それに警戒を顕に、視線を送っていたユゥイであったが、やがてふっと表情を緩めた。
「オレの望みは一つだよ。そしてそれは此処に居る者ならば誰しも願う事。」
「…お前、脱獄する気か?」
「出来ることなら。…どう?そうなれば君の不安因子は消え去るよ。君の大事にしている彼に災いをもたらすこともなくなる。
この場を…通してくれさえすればね」
剣呑とした光がアイスブルーに宿る。それに気づくが然し空汰は、変わらない持ち前ののんびりとした口調で大きく頷いた。
「ふぅん、それが今っちゅうわけか。やっぱりな。しっかしえらいあっさりバラしたもんやな」
「時間がないからね」
「横取りされるとか、考えへんのか?」
それを聞いたユゥイはゆっくりと小首を傾げて口を開いた。
「出来るものなら?」
不敵に笑んだと同時に金髪が視界から消えた。軽い身のこなしで回転蹴りを繰り出す。風を切る。辛うじて避けた空汰から切り離された黒髪が、数本空に舞う。だが避けられることは見越していたのか、間髪入れず間合いを詰め、バックを取る。――速い。病に侵されている人間とは思えない動きだった。それだけ、懸ける想いが強いということか。
「?!」
空汰を襲う手刀。目を瞑り衝撃に備える。…しかし、いつまで経っても覚悟したそれが訪れることはなかった。抗えない疑問にそっと目蓋を押し上げる。
すると、其処には思わず息を呑むほどの、真っ直ぐな蒼い光がいた。決して遠くに届くことのない青の光は、確かな意志を滲ませている。
思いも寄らぬことに呆気にとられ、穴の開くほど見つめている空汰に向かってそれは言葉を紡いだ。
「頼む。 ――行かせて欲しい。」
今気絶させていれば、それは容易に達成可能であったのに。どうにも理解不能な行動だった。混乱に目を白黒させる。けれど、その瞳を見るうち、漸くある結論に思い至る。
きっとそれは、彼なりの詫びと礼のかたち、なのだろう。
「何か、あいつに残す言葉はあるか」
攻撃を繰り出すことなく宙に浮いた侭の白い掌に、手を掛ける。これでは、敗けを認めるしかないではないか。軽く笑みを漏らした空汰は、改めて蒼を見つめ返す。だがそれは直ぐに翳りを帯びた。
「オレにそんな権利なんか…、……!」
空汰の厚意を酌んでもそれを受け入れること等出来る訳が無い。そう自嘲に口の端を歪めるユゥイの言葉が、最後まで放たれることはなかった。
「……囲まれてるね」
「ッ?!」
取り囲む気配に気づいたユゥイと空汰は同時に素早く背を合わせる。…多い。これだけの人数に二人だけで応戦するのは困難だ。目的もわからない。
だがあちこちに潜んでいた複数の気配は遂に姿を現し、中心にいる二人の囚人に向かって一斉に飛び掛かる。応戦に二人は身を構えた。