Crimson sky | ナノ



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遠くに暴動の罵声が聞こえる。そして金属のぶつかる音、銃声…断末魔。見ずとも此処から見えぬ土の壁一枚隔てた向こうで、今何が起きているかは明白だった。


狂気。

殺し合い。


箍が外れてしまえば、食い止める堰等、其処に在りはしない。高圧電流の流れる柵の中、密閉された空間でさして未来に活路の見出せない人間の淘汰が繰り広げられている。

逃れられない運命を覚悟した上でそれでも足掻いてそして、身を散らす。何と、無意味なことだろう。

…否、無意味というならば、役にも立たぬ家畜同然に扱われる侭、一矢報いる事も無く生き長らえる事の方が、或いは−−−

そこで思考を止める。


この混乱に乗じる。
願ってもいない千載一遇の機会だった。それを遂行するには一刻も早く眼前の男を退けなくてはならない。そして刻限までに目的の場所に辿り着かなくてはならない。

ユゥイの読みでは、混乱の最中にあってはその出発は早まる可能性があった。何故ならば、此処に在る監守全ては所詮雇われ者であるからだ。金の為であって自らの信念に於いて任に執心する者など、一人たりとも居はしない。第一級殺人犯である獄囚たちの暴動とも成れば制圧にも命懸けは必至。一刻も早く到着せねばならない。目的の場所へ。その事ばかりが思考を占める。こめかみより一筋の汗が流れた。

「なんや?何時もより一層蒼い顔して?」
「…別に。」

何だこの男は。此方の嫌な部分ばかりを突いてくる。再度頬にまで汗が流れるのが感じられた。再び此方の顔色を観察するように覗き込んでくる。

「心配してんねやろ、彼奴の事。でも屍体で戻ってくる程、ヤワちゃうで」
「…。」

此方の焦燥を黒鋼に対する心配と捉えたらしい。安心させる様にニッと笑みを向けてくる。それを見て彼の疑惑が完璧ではない事にユゥイは安堵する。
それが油断を産んだ。

「時に、前から聞いてみたいとは思ってたんやけど、」

そう前置きしてから黒い瞳が問いを切り出す。

「なんでや?」
「…?」

無垢に向けられる疑問の色に思わず視線が受け取ってしまう。今、それ処ではないと謂うのに。

「黒鋼が、件のあの場処から驚くほど早々に釈放された。それから、…お前、ユゥイの薬を黒鋼が調達出来た理由や。一体どうやったんや?」

危惧していたにもかかわらず、今の今までその男からひとたびも口を衝いて出る事のなかった疑問が今、投げかけられる。逃がすまいと探る様な空汰の視線。
僅かな油断が命取りとなる。背に汗が伝う。面倒な事になった。

「素人目に見たってあれはまずええ加減な薬と違う。間違いなく特効薬や。それをこの短期間に仕入れる事が出来るやなんて、半端な代価では納得いかん」

いっそ、気絶させて先に進むか。

「わいが入獄した時から黒鋼が監守と何や取引しとるのは見て知っとった。それだけの事や。けれど今回はお前が絡んどる。こんな小さい世界、そっとしといた方がええ事もあるけど、些細な疑問があれば暴きたい。そう思わんか?」

「…それならオレじゃなく、本人に聞けばいいと思うけど?」

言葉を選び笑顔を向けつつ相手の隙を探す。

「今のこの状況やで?これからどうなるかなんて想像もつかんわ。せやから、今身近におるお前に聞いてるんや」

「そうじゃないよね?」

「…」

「君は彼を重んじてる。『借り』のせいなのかな」
「……覚えとったか」
「それで彼の害となりそうかオレは試されてるんじゃない?」

「そこまで分かってるんなら、これ以上はアホらしいな。」

そう言うと空汰は首に手をやり、面倒そうに元々寛げていた胸元の襟を更に解する。そうして眼を開いた。


「お前は何を企んどる?」


誤魔化しや遠慮を一切取り払った黒い瞳が真直ぐ聞いてくる声色に、思わずユゥイの後ろ足が金砂をじりりと踏み締めた。



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