Crimson sky | ナノ



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滅多に無い事である。所長自らが一介の囚人を構うのは。

内密の内に召喚された筈が、何処からともなく話は洩れ騒然と噂が飛び交う。前代未聞の沙汰に揺れる獄中。異口同音に黒鋼の釈放が口外された。それとも、骸となり還らざる者に成るか。

不穏な空気を切欠に、囚人たちの増大した野次と鬱憤が噴出した。それは監視に向けられ暴動となり、堰を切ってしまえば鬱屈していた彼らの叫びは益々大きくなりゆく。



好機だった。
今しかない。



皮肉にも、ユゥイにとっては恩人である「彼」が取っ掛かりとなり開きつつある突破口。


置いてゆくのだ。

生きる理由も別れも告げぬままに。



その事に胸の奥につっかかりを感じたが、優先すべきはこの身を生き永らえさせる存在理由以外あり得ない。ユゥイはちらつく影を頭から振り払い、身を翻した。人目に極力触れぬよう細心の注意を払う。
そうして歩を進めながらも、暗澹に沈みゆく胸を抑えた。結果的に彼を利用した。もう、逢う事もない。その事実に胸の何処かが傷むだなどとは唯の、幻。そう幾度も己の胸に言い聞かせる。自分は目的の為に自分はこの機を待っていた筈だ。幾度病に伏せようと、徒に時が流れようと、唯ひと度の、この時を。
他に眼を暮れている場合ではない。目指すべき世界は外。この獄中に未練は、ない。



 実際のところ幾年も待つ覚悟であったが、ユゥイにとって状況は逼迫していた。もはや体力は限界が近づいている。それはユゥイ自身が誰よりも痛感していた。

今を逃すべきでは無い。

そうして頼りない影は計画のスポットを目指して、乾いた金砂を重く踏みしめた。







「おう。えらい事なってんなぁ?」

その時背後から掛けられる、何時もと寸分違わぬ人懐こい声。瞬時に全身の筋が強張る。些細な葛藤に隙が生まれたのか。それはこのタイミングで最も会いたくない相手だった。背に、温いか冷たいのか温度の判別の付かぬ嫌な汗が流れる。


よりによって、この男。
事情は一切知らせていないとは云え此方の気色をつぶさに観察し、気付けば懐にするりと侵入して来るその男は警戒に値する。凍ばる躯を、其奴の近づいて来る歩みに順って緩和させようと試みた。



焦燥を悟られぬ様に。




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