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体を繋げた夕べから一週間が経った。
二人の関係はといえばつかず離れず。
もしかすると毎晩でも求められるかと覚悟していたユゥイは拍子抜けした。
あの夜以来、彼は身体に触れることも一切しない。
未だ馴れない気温の為かユゥイの躯はこの処調子が良くない。しかしふとした時に隣の黒鋼に向かって言ってみる。
「黒様。今夜シよっか?」
明瞭で端的な誘い方。
あの日以来、ユゥイは黒鋼を徒名で呼ぶ様になった。呼ばれ初めは眉を顰めたが、今では放置している。
「そんな面でか?自分の状態鑑みろ」
炎天下、鋭い眼光を見据えながら妖しく笑う魅惑の瞳。しかしその顔色は冴えない。不調であることを訴えない所を見るに、相当頑固な性格らしい。
「ヤりてぇんなら他当たれ。こんな淫乱野郎とはな。カマトトぶってやられたもんだぜ」
こうして様子を探ろうと誘ってはみたのだが、当の黒鋼の対応は実に素っ気無いものだった。
どういうつもりであの日自分を抱いたのか。
あれから抱かないというのは良くなかったということか。
こんな風に返される対応に意図を図りかね、金髪をくしゃりと掻き揚げるが、此方も誘っているにしては些か間合が広い。
その距離に、黒鋼は自身が試されていることを見て取った。
どうにか真意を探るべくユゥイは一気に核心を衝く。
「他は遠慮したいなぁ。此処では君が一番いい男だしね。それに、オレたちの関係性ってそういう事、…なんでしょう?」
言ってしまえば、ハイエナの檻に放り込まれた獲物とシェルター。それが二人の関係性。
だがユゥイにしてみれば、それに見合う対価は払わなければならない。
実際、黒鋼の防護壁としての効果は絶大だった。
先日の一件以来、唯の噂であった黒鋼の強さは囚人全ての知るところとなり、ユゥイという情人に手を出したならば待ち受けるのは半死半生の末路だという認識が獄中に定着した。
「・・・チッ」
舌打ちと共に黒鋼はユゥイにさっさと背を向ける。その背中にユゥイは言葉を投げた。
「黒様、どこへ?」
面倒臭げに小さな袋を掲げる。監守の元へ行くらしい。
あっさり言及をかわされ息を吐く。白いこめかみを大量の汗が流れていった。眩暈が近づく。
遠ざかりそうになる意識を取り戻そうと首を振ると、誰かが背後から近づく気配を察した。黒鋼の去るのと替わる様に、空汰が後ろ頭に手を組みながらやって来る。掛けてくる声は相変わらずの調子である。
「おーおー聞いてればえらい勿体無いことしてんな〜。信じられへんわ。ってかアイツ何考えてるんや」
「さてね。オレにもよく解らない」
そう言いながら、金髪は何とか眩暈を散らそうと砂の上に視線を滑らせる。
「ふーん・・・せっかくくっついたと思ったらこれか。大人しく懇ろにしとけばええのにややこしい奴らやな。折角ひとがお膳立てしてやったっちゅーのに」
いけしゃあしゃあと言いたい様にのたまう空汰に振り返る。
しかし焦点を前に合わせる事が出来ない。
自分の体温は充分に高い事は解るのに、全身に寒気が走り遂に吐気を覚え始める。咄嗟に頭を振ってその感覚を払おうとするが足元が覚束無い。
ユゥイの異変に気が付いていないらしい空汰が話しかける。
「せやけどユゥイ、そんな溜まってんならわいと一発…」
「有難いけど間 に合っ、て、…」
間髪入れず断りの笑顔を搾り出そうとしたユゥイの躯からは力が抜け、灼熱の砂の上へと崩れ落ちた。
「おい?!」
慌ててその躯を抱き留めると、腕の中で徐々に激しく荒がり始める呼吸。厚みのあるツナギすら越して伝わってくる高熱。
「・・・こんのアホッ!!
おい、そこのお前!黒鋼呼んで来い!!」
近くを通りがかった囚人に声を張り上げる。高熱に浮かされぐったりと横臥する薄い躯は脱力しきっている。汗に濡れた金糸は頬に張り付き、掻き分けてやっても全く反応がない。尋常で無い発汗量だった。痩せ我慢をし続けていたらしい金髪に思わず舌打する。
ユゥイを抱え上げ日蔭へと運んだ。襟を寛げてやり、様子を看たが一介の囚人に診断がつくはずもない。
既に彼の意識は無いようだ。
「・・・せやけど、即答って・・・」
黒鋼の到着までの暫しの間、苦しげに上下する背に手を当てながらも、空汰は先のやりとりを思い出しては男として同じ土俵で黒鋼に負けた事に半ば本気で落込んだりもした。