Crimson sky | ナノ



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扉が 開かれた ―――













白い光が瞼に隠れる紅を刺す。強すぎる突然の刺激は痛みに近く、黒鋼は躯の表層を瞬時に覚醒させた。未だ頭は重い。光の中からの無機質な声が、漸く黒鋼の五感を今へと引き戻した。


「#1059、出ろ」


疎ましい外界へと導くための事務的な宣告に、脳内に怠惰な思考が止め処なく流れ始める。このまま大人しく闇に在りさえすれば、長すぎる無意味な刻を止めたまま過せたと謂うのに。

それに何の弊害がある?――それでもやはり、此処に在る時間は少しでも短い方がいいと思うのは感傷的過ぎるだろうか。

あの時本当に全てを失って、身体一つ独り放り込まれた世界。どこまでも続く暗闇は、ただ、長かった。

何も、何も無かった。


回避を選んだのは無意識だった。昨夜見つかった時に下した咄嗟の判断は、結果として金髪の新人にも秘密の共有を強いた。

だからもう、後には引けない。


"継いだもの"

一ヶ月間の闇の後、触れそうな気をどうにか現世に繋ぎとめられたのは、この手に残ったそれの為だった。決して奴に、あの男に、直接託された訳ではない。
けれど唯一つ、これが今まで自身の命を繋いできた楔だったのだ。決して他者と同一ではない黒鋼と云う存在が此処に在ったという証。


一つ息を吸い込むと、漆黒の髪の弾く白をゆらりと曲げた。









 一方、照りつける陽射の中で汗に濡れた碧眼を細め、金髪の彼は待っていた。自分の身代わりに捕縛されたかの囚人を。
ほんの一つの決意を胸に秘めて。

つい今しがた暗闇から解放たれた紅眼の囚人は、仕事に復帰する為に道具を手に作業場に足を踏み入れた。変わらず広がる砂の世界。燦燦と降り注ぐ光が頬を灼く。


「おかえり」


その姿を認め近寄ってきていたユゥイは唇で弧を描き、綺麗に微笑んで見せた。しかし煌めく金糸の陰にある瞳は、決して笑ってなどいない。

「どう?一晩経って外に出た気分は」

「ああ、最低だ」

「つれないねぇ。折角出してあげたのに?」

「・・・ふん」


黒鋼は、仮面の様に浮べられるその整った笑顔に一瞥だけくれると、不機嫌を隠そうともせずにその背の直ぐ先に身を構えて穴を掘り始める。

この背に向けられているのは拒絶なのか、連帯なのか―― その曖昧な距離に、ユゥイはもう一度より笑みを深くする。


そう、この男は一晩罰として、闇の牢に閉じ込められていた。長く在れば人格すら崩壊してしまいかねないというその場所に。長期に渡る無の世界は、イカれた精神すらをも蝕む。それは此処の囚人達に最も恐れられている処罰だった。空汰が予想し、教えたそれが事実だと知っているのは、ユゥイ自身が例の監視に確認したからだ。

黒鋼は連れられて行くあの時に言った。


『解放できるものが俺の房にある。寝台の下の道具を使え。後は今朝の監守に』


だから空汰に黒鋼の房の場所を聞きだし、朝方点呼の始まる前に忍び込んで寝台の下を暴き出した。其処にあった鶴嘴で金を掘り起こした時には流石に驚いたが、それで前日の小袋の中身の謎が難なく解決をみた。

金粒と数本のシガレット。余りに不均衡な取り引きだと呆れた。

けれどそれが蔑まれるべき自分たちの立ち位置。

決して対等などでは無い。
それを改めて知らしめられユゥイは自嘲に笑んだのだった―――


 作業を進めるその広い背を、蒼い眼の端で認められる位置に身を置く。逃れる様に去った昨日とは打って変わって時に遠ざかろうとするそれを自らの足で追う。確かめるかの様に広い背はわざと距離を置こうとするが、それをまた態々に詰める。

そうこうしながら二人、その日は作業を進めた。



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