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話を繋げると話はこうだ。
後釜を探していた監守が耳にした、稀に見る少年囚。聞けば両の手を使っても足りぬ程の数多の人間を、一度に惨殺したと言う。役目を請け負わせる為にはその少年に先ず、服従を強いる必要があった。
男の世界において最も手っ取り早い手法。それが凌辱だ。それを暗に持ちかけられた時、盲目の囚人はニヤリと嗤いを噛み殺しただけだった。彼にとっては有り余る時間の暇潰しに過ぎなかったのだろう。
『安心しろ、おれは女が好みだ』―――陵辱の夜から、幾つの夜を超えても警戒の色を解かない少年に、盲目の男は言った。まあ必要には応じるがな、どこまで冗談か分からない戯れ言を言い、何が可笑しいのかクツクツと肩を震わせた。それは性行為はあれが最後だったのだと、暗に仄めかせている様でもあった。そして実際、少年を犯したのは初めの夜だけだった。
同室の陵辱者は全く不思議な男だった。
あれだけの事をした少年の決意を敏感に酌み、鍛錬に手を貸す。いや、正しくは自分にかかってくる少年を容赦なく返り討ちにするだけなのだが、それを愉しんでいる節があった。
何より、強かった。
盲目であるのに気配に敏く動きは的確で、時に実は全て見えているのではないかと疑いたくなる程だった。彼程の力があれば、初日の行為は実は全くの無意味であったと感じざるを得ない。そいつにとって、少年をねじ伏せることなど容易い事だったのだから。行為は監守の思惑によるものであったが実のところ、彼にとっての目的はむしろ、別にあったのではないかとすら思わせた。
―――何時しか男は、少年にあらゆる事を教えるようになっていた。その復讐心を否定しない侭に。むしろその気概すらも心底悦んでいるかのように。だがそれも、おそらく男にとっては単なる暇潰し。
それでも外で生きていく術、殺し、裏の世界の成り立ち。此処にあっては何の役にも立たない技術ばかりを、有り余る時間の中、昔語りをするように少年に話して聞かせたのだった。
そしてやがて。変わらず虎視眈々と男に牙を向き、打倒の機会を狙っていた少年であったが、反発しながらも同じ男として徐々に魅かれていく事を禁じ得なかった。幽かにしかし確実に、ややすれば育ってしまいそうになる憧憬を、心中で必死に叩き潰し、虫酸の走るその余裕めいた顔を見ては最期まで、全力で噛みついた。
最期まで。
ある日、男は泡を吹いて倒れた。理由は手に入れた薬を服用した為。その薬が毒薬であることを少年は知らなかったが、盲人は知っているようだった。何故ならば薬を口に持っていくと何時もの調子で不敵に笑んで言ったのだ。
「おれは自由だ」と。
監守がその様なモノをよく「仕事」のある男に手渡したものだ。だがその死は少年にこれからの仕事を明確に教えていた。
悶絶して白濁した眼球をびくびくと震わせる男を、どうすることも出来ず、放心のていでただ見つめる。
ノ コ サ レ ル
一つの言葉が少年の脳裏を掠めた。
また一人、深く関わった存在が失われていくのだ。
決してこの男に対して気を許した訳ではない。執着があった訳でも無い。
だがそれまでの全てを失い精神が不安定であった中で、最も多く触れ、長き刻を共に過したのが彼だった。
ああきっと、自分はただ超えたかったのだと頭の何処かが理解する。そうしながらも命の灯火が消えていくその情景を、感慨なく見守った。
その一瞬は特にあっけなかった。びくんびくんと躯を大きく痙攣させ、濁った瞳は見開かれたままその生気を失っていく。
近づいてもまた失う
全ては脆い
すぐに壊れる
どんなに強いものであっても
そう、こいつはあんなにも
あんなにも強かったのに―――
だから、
関わってはならない
また、 一人になる。
残される
――――遺される
喪われゆく灯を繋ぎとめていくことなど、何人たりにとも出来はしないのだ。
「超えたい」
それだけだった。
そう切に願った大きかった存在が無残にその命を散らしていくさまに、入獄以来打ちたてていた誓いがバラバラと崩れ墜ちてゆく。
散ってゆく。
粉々になった破片の残滓の零れゆく音が。
独りの少年の耳に、遠く遠く、響く気がした―――――