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「此処だけ構造が入り組んでいるだろう?」
どっぷりと更けた夜。勿論外を見る窓もない。冷えた地面が少年から急速に体温を奪っていく。少年に一枚の毛布を放り投げると寝台に腰掛け、男は淡々と説明を始めた。
「見てのとおり、おれは光を失っている。だからここに置かれているのだろう」
そう言って不敵に笑う。声を出して笑う訳では無い。何が可笑しいのか自分の置かれる状況にただ愉しんでいるようだった。
さて、お前はどうしてだろうな?
投げかけてくるその疑問の答えは彼自身、意図されたことを既に悟っているようだった。
何故なら後に男は言った。
『おれの身体は病んでいる。何時くたばるかわからねえから後釜を残したかったんだろう』
そうしてこの部屋は『受け継がれて』いくのだろうだと。
始まりは其処から数年前。人数も過密であったと当時、それまで使われていなかった部屋まで使われることとなった。その時偶々この監守の目に触れにくいこの部屋にあてがわれた内の一人が自分で、共に入れられたバディが入り組んだ特殊な地の利を見て脱獄を目論んだ。
そいつは監守の目を盗み深く深くにまで穴を掘った。同室の自分は盲目だったから何も言わない。と、いうより他人が何をしようが興味も無かった。だがやがて行き詰ったらしい。発見があったからだ。掘られた穴は、金脈を掠っていた。
それでも自由への執着が強かったといえる。一心不乱にそいつは長期に渡って掘り続けた。だが結局その開通は成されることなく、老いに過労が祟ってそいつは還らぬ者となった。
屍の処理にあたった監守が思いも寄らなかった牢の坑に気がついて驚く。無論金にも。
けれど砂漠にあるこの地は異国の管轄下である。故に地元から雇われている監守は考えた。
このままこの地をみすみす没収されてしまうことは無いと。
上に脱獄の経緯と部屋の状態を報告すれば、当然全ては自国に在っても他国のものとなってしまう。金脈が通っているともなれば、大々的にゴールドラッシュが始まるのだろう。そうなれば此処がどうなるかは火をみるより明らかだ。本来排他的なきらいのあるこの砂漠の民は、余所者にこの地を荒らされる事も我慢ならなかった。
それに引き換え最も自らが潤う方法はどうしたことだろう。――― 考えた末、監守は密やかに己の懐に入れることにした。
結果、監守は小さな鶴嘴を同室にいた盲目の男に託し、そのまま素知らぬ振りをした。そして彼に金を取って来させ、僅かな報酬と交換してその利を得る。盲目であれば、無理に穴を掘り進めよう等と無意味なことなど考えまい。脱獄を果たしたとしても野垂れ死には目に見えている。
だがそうした数年の月日を過ごすうち、頼みの囚人ももう長くないことを薄々感じ始めるようになった。病魔が盲人の身体を蝕んでいたからだ。
早急に後継者が必要だった。
その結果、なるべく洗脳しやすく扱い易そうな新人に任を宛がうことにした。
投獄初夜少年がどんなに身に受ける屈辱に声をあげても、聞かぬ存ぜぬと蓋をされていたのはこうした経緯があったからだ。謂わば暗黙の了解。この監獄に一歩足を踏み入れたその時から、少年の運命は定められていたのだった。