Crimson sky | ナノ



3

15/43



 着獄した当初、少年は口を利くことすら出来ずに房の隅に立ち尽くしていた。


「おい」

牢の中に横たわっていた男に声を掛けられた。男は、連れられてきた時から地べたに寝そべった体勢で、こちらを凝視しているように見えた。

赤眼の少年は微動だに反応を示さない。誰とも口を利きたくなどなかった。


「おいっつってんだろうが」


遂に身を起こし、汚泥に濁ったような眼光で少年を射抜く。だが後に聞くことになる。その目は光を奪われて久しいのだと。


「へへ。てめえ、聞いたぜ。殺しだろ?派手にやったらしいな」


挑発的な言葉に、カッと眼を見開いた少年は同部屋の男に向かって飛び掛った。触れられたくない心の琴線に触れられ、己に制御が効かなかった。ただ一心不乱に拳を振り上げる。

しかし、そうは言っても彼らの体格差は歴然としていた。未成熟の少年と、巨大とも言える体付きのよい大の男。囚人は筋の発達しきっていない少年の腕を掴むと、そのまま強引に冷たい床へと引き倒した。


「お前、良いことおしえてやろう」


唐突に近づけられた顔に蹴りを入れようと、少年は自分を組み敷く身長に向かって足を振り上げようと試みる。しかし身体全体が押さえ込まれているため、足は空を切り、直ぐにその些細な抵抗すらも難なく押さえ込まれてしまう。


力による制圧。支配。――それによる服従。


強者と弱者。

それが全てだ。





長い牢生活で眼を、身体を病み異臭を放つ男は、思春期のあどけなさの残る少年の首元のにおいをゆっくりと嗅いだ。悪寒に身体を捻り、もがくが男の下から抜け出すことは出来ない。男二人が暮らすには小さ過ぎる冷たい牢で、くぐもった声だけが響く。遂に舌で愛撫を始めたその男に対し、嫌悪感をあらわに鋭い眼光で睨みすえた。

しかし、男はそんな威嚇など意にも介さず鼻で笑った。



「おれと相部屋になるとは運のいいガキだ。だがその前にまず―――」



餌をぶら下げるような愉悦に満ちた表情で、年若い新人に向かって語りかける。だが、光を通さないその瞳は笑ってなどいない。残酷な声色で、刑の執行が言い渡された。「調教して、おかねえとな」と。




其処での秘密の共有は一蓮托生を意味する。

だから秘密の共有を強いる為に。
盲目の男は、その少年を手荒く犯した。
両の腕を片手で束ね手探りに服を脱がせ、膝を立てさせ後ろから、何の用意もなく。挿入の容赦ない痛みに少年は紅い眼を見開き、背中をわななかせる。手足は強ばり全身が悲鳴をあげた。


抗う気など起こさぬように。ここにあっては誰に従うべきか。骨の髄まで刻み込ませるために。

ちんけなプライドなど、持ち合わせることは許さない。

少年の悲痛な叫びが冷たい牢に鳴り響く。



 一方少年は、己の与えられた屈辱に感情が伴っていなかった。

見ず知らずの他人に揺さぶられ、しかしそうしている内凍っていた絶望が再び熱を帯び、胸をじわじわ浸食してゆく。号叫する少年の内に育っていったのは、自分の弱さに対する遣る瀬無さ、歯痒さ、悔しさ。

閃光の様にフラッシュバックする両親の惨殺場面―――眼の前にぼとりと投げ込まれたのは父の逞しかった腕だった。悲鳴を噛み殺し己を包むのは、母の柔らかだった体温。血と涙に濡れながら、そのいつも慈愛に満ちていた漆黒の瞳は、光を失っていく。

あの時ーーー 

誰も、大切な人間を誰一人として、守ることが出来なかった。全ては失った後だったのだ。手遅れだった。己が剣を手に取った時には、もう。

それから視界が紅くなり、気が付けば、彼はその場にいた全ての人間を斬殺していた―――――





 その行為は長時間に及んだ。三度目の放出が終わっても、断末魔のような少年の声は誰の耳にも受け入れられることはなかった。助けなど無かった。

解放された身体は力なく倒れ伏し、冷たい床に頬を当て手足を投げ出していた。焦点の合わぬ紅から生理的に流れる涙を拭う事無くいつまでも荒く息をつく。


絶望を彷徨う中で、やがて一つの決意が灯る。


強くならなくてはならない。

どんなに身を貶めても。たとえこのまま異国の地に朽ちることになっても。
姦計に嵌められながらも決して気高さを失わなかった両親が、唯一つ生かしてくれたこの魂をこれ以上汚すことのないように。

絶対的なる、強さを。










「いつまで寝てやがる」


後頭部を靴先で蹴られ意識を微かに取り戻す。頬に滴った水分は既に乾ききっていた。
だが男に与えられる性など微塵も知る事のなかった少年は、動くことが出来ない。


「仕方のねえやつだな」

溜息をついた男は何時しか木製で小振りの鶴嘴を手に持っている。ガタリ、と音を立てて鉄製の簡素なベッドを動かした。


「・・・?」

退かせた錆付いた寝台の下に大きな穴が顔を出した。かなりの径がありそうだ。微かな反応は示しつつも、未だ虚ろな紅を映す少年を尻目に、囚人は暗い穴に足を踏み入れ足元の土を丹念に擦り始めた。

やがて見当をつけると手に持つ道具で手探りに小さく土を掘る。

白濁した眼球が見開かれる。ああ、と息を吐き探り当てたそれを口へと運び歯を立てた。

再び土にまみれた掌に載せられたのは、鈍く深みのある光を放つ黄色の粒。




――――金、だった。



prevnext





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -