Crimson sky | ナノ



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「「……!」」



と、そこで二人の瞳に瞬時に緊張が走る。

息を潜め、鋭い目付きで暗くなりもはや見えなくなっている辺りを窺う。互いに目配せするでもなく近辺を睨みすえると、軽い調子で空汰が言う。



「さて。囲まれたみたいやで?ここまでしつこいやなんて、あんたほんまモテすぎやで」

「………それは、本気で嬉しくないね」

「はは、で、どうする?」

「…もちろん」


目配せするふたり。

空汰が前にあったドラム缶を蹴って転がし、その隙に二人同時にその場から駆け出す。



「――っと」


しかし、連中の標的は鼻から一人だった。軽い身のこなしで逃れようとするが、ぐい、とユゥイの腕がつかまれる。


「つれねぇな。こちとらお前さんのためにこんな処まで出向いてやってんだぜ」


捕らえた獲物ににやりと笑う。
力を込められ腕にピキリと痛みが走りユゥイは顔を顰めた。――今朝、外れた腕だ。

しかしすかさず体勢を低くして足を薙ぎ払う。虚を突かれた反撃にバランスを失った男に、腕を掴まれたまま体当たりをする。足が縺れそうになるが、そのまま走り出す。

そこにまた別の手がその腕に伸ばされた。

負傷に気づいた囚人たちは、その腕にばかり攻めの焦点を合わせている。次々に避けるがついに腕に手が掛かり引っ張られる。乱暴に逃れようとすると頸髄に衝撃が走り、鈍い音と共に、膝を突いた。



「ユゥイ!!」


踵を返し、捕まった彼を逃そうと空汰は駆け寄るが、そちらに注意を取られる剰り別の囚人の接近に気付かず、後ろから羽交い絞めにされる。


「くそ!」


後ろからの捕縛に身動き出来ず舌打ちを漏らす。そんな空汰を取り押さえている者以外の囚人たちが、土に押し付けられている状態のユゥイに近づいていった。

下卑た笑い。取り囲まれる。周囲の陰にユゥイは眉を寄せる。



万事、休す。
そんな言葉が脳裏を過った。








「何してやがる」


暗闇から低く響いた一声は静かに状況を一転させた。






房の方角に浮かぶ二つの眼光に、囚人の内の誰かの生唾を飲み込む音がする。現在実力に於いて、此処の囚人が幾人束になっても敵わないと噂されているその男が、目の前に立っていたからだ。


夕食を終えてから、新人を襲える機を窺っていたが、どうやら直ぐに気づかれたらしい。金髪に野外へ逃げ出されたのを悟った。しかしそれは食堂で共にいた紅眼の男――警戒すべきこの男の目が届かず、むしろ好都合。そう意気込んで、抜け出したその背を追いかけ、忍んで後を尾けたのだった。

だが、予想以上に人の気配に敏感だった新人は何度もその追跡に気づき、もう少しで完全に撒かれてしまいそうになった。それでも複数人で捜索し、漸くその姿に行き当たったのだった。


 生きる甲斐も愉しみも見出すことのない此処での生活のやるせなさは投獄された囚人全てが感じていること。そして唯一の憂さ晴らしとも言える新人への陵辱。

――ここで引き下がれる訳がない。

じりり、と囚人たちが砂を踏みしめ、その行路を妨害するように、黒鋼から新人への一直線上へとにじり寄る。


「黒鋼…遅いぞ」


後ろから押さえられ軽く睨み付けながら、空汰が言う。視線を受けた男はそれには答えず、代わりに鋭い紅眼で、新人の周囲にたむろう囚人一人一人を睨み据えた。


「もう一度聞く」

「な…、てめえには関係ねえ…!」

「それが大アリでな」


にやりと笑った黒い影は、はっきりと肯定を示す。
真っ直ぐと前進し、行路に立ち塞がった数人の囚人たちを押し退ける。男たちは感じた腕力に只ならぬ圧迫を感じ、動けず脂汗を流した。

やがて地べたに圧し付けられ身動きの取れない姿勢の金髪の元へと歩み寄ると、そいつを後ろから組み敷いていた囚人の襟首を掴み、引き剥がした。


「てめえ、横取りする気か…!」

すぐ傍にいた別の囚人が憎々しげに言い放つ。周りの囚人たちも同様の表情を浮かべ、それを合図としたように、二人を中心に取り囲む。

「ああ?何言ってやがる。コイツは最初から、俺のお手つきだぜ」

「なんだと…!」


その場に居た全員が一斉に眼を見開いて黒鋼の方を見る。中でも信じられないとばかりに夜闇の中、大きく瞳を見開いたのは当の金髪本人だ。

だがそれも束の間。

すぐにそれが今を掻い潜る最良策だと判断すると、新人は何とも胡散臭い笑顔を浮かべた。


「そう。オレもうこの人とやっちゃってるからー」


ごめんね?と首を傾げ、くふんと笑った。


「ざっけんな!そんなの関係ねえ!古株だか何だか知らねえが、調子こいてんじゃね・・・ぶっ」


皆まで言うことも出来ず、その男は拳打を腹部に受け後方へと吹き飛ばされる。身体は宙に弧を描き、落下してゆく。着地と共に口から耳障りな苦鳴を漏らした。

興味無さげにそいつを見やると、黒鋼は鬼と形容するが相応しいその表情を薄い笑みで歪ませた。


「言っておく。俺ぁ中途半端が嫌えだ。

かかってくるなら、てめえら全員覚悟しろ」



生来の深き緋色が瞳に宿り、火焔の如く燃え盛った。


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