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原作妄想
セレス国離脱後〜黒鋼が目覚める前のお話。
侑ファイ、黒ファイ前提

おけーなお方はどうぞ!









「少し、眠った方がいい」
「・・・うん、でもあともう少しだけ」


これと同じようなやりとりが交わされたのは、つい数刻前。繰り返された回数を数えると、もう片手の指がすべて折れてしまうほどになる。片目の魔力を殆ど使い切った魔術師は忍者の眠る隣の部屋で、静かに頭を傾いでいた。時折小狼が訪れて声を掛けると、思い出したように笑みを貼り付け、目を細める。

セレスの国を離脱して、次の日本国に到着しその国の姫によって怪我に治療を施して貰ってから。魔術師はずっとこの調子であった。今までは、違った。今までの旅を通して彼の役はこうではなかった。目を離せばすぐに無理をする写し身の少年に向かって安心を与え、時には柔かに諭していた。それはまるで母親のような優しさで…

小狼は知っている。
彼があの時、閉じ行く国と運命を共にしようとしたことを。

そしてセレス国で見せられた記憶から。
彼は、他人と関わって不幸を及ぼしてしまうことを何よりも恐れていることを―――


セレスを脱出し血にまみれた黒鋼に必死に呼びかけ取り乱す魔術師の様子は、大切なものを失う怖さに、ただただ壊れてしまいそうだった。問題はそれだけではなかった、こうして黒鋼が死ぬことは単なる戦死ではなく、魔術師を「出す」為に絶命するということなのだから。

自分の命とユゥイの自由を、秤に掛けた兄。
結果として自分の命を奪わせるために、ユゥイを塔から連れ出した王。

そして「ファイ」を連れ出すために自らの命を賭した、忍者。―――きっと、彼に言わせてみれば命を懸けるといった思念は微塵もなかったろう。たった独り氷の世界に閉じ込められゆく彼と同等以上の魔力を宿したものをくれてやった。…ただ、それだけのこと。確かに強さは減ったかもしれない。けれど、自分のたった一部と手の届くところで放っておけば確実に不幸に終わる命。黒鋼には比べるまでもなかった。セレスに魔術師を置いたまま脱出していたとしたらきっと、左の掌を見る度死ぬまで黒鋼は弱い自分を呪い続けただろう。

閉じゆく世界に置いてきたのは刀と左腕だけではない。大切なものを護れなかったために左の掌に刻まれた自分への戒めも。過去の「弱さ」も共に、置いてきたのだ。


黒鋼が生きていて、本当に良かったと小狼は思う。
彼が片腕を失ってしまったことに関して言葉が出ないことは間違いないのだけれど。

サクラも、黒鋼も、写し身の小狼も。

皆が生きている、


それだけで。










物音が消え、ふとファイが顔を上げるとふわふわとした感覚に包まれていた。四方八方、一面の闇。否、それは正しくない。視線を落とせば自分の体は見える。そうして気付いた。ここは夢の中だということ。けれど夢見ではないファイにとっては、ここでの柵は多い。サクラを探し、逢うことは不可能だろう。

それに、自分は眠ってはいないはずだ。だが今彷徨っている空間は間違いなく夢の中だと勘が告げた。意図的に引き入れられた夢の世界。それの意味するものは。
そう見当をつけて、自分に話があるのだろう人物を待った。

「ありがとうございました」

口元に緩く弧を描いて、程なく現れた待ち人に向かって謝辞をのべる。忍者が常々魔女と呼び妖艶と謳うに相応しい女性が白い着物に身を包み、そこには立っていた。いつもは堂々とした態度で立つ彼女が、今はどこか薄らと儚い印象を纏っている。

「いいのよ、対価はもらってあるのだから」
「それでも。きちんとお礼を言わせてください。セレスの次の国が安全で、治療の受けられる世界だったからこそ、彼は死なずにすんだから」
「……。それで、”これから”に心は決まったのかしら?」
「ええ。おそらく。でも」
「でも?」
「本当はまだ、怖いんです。彼らが、オレ自身が、オレのこれからを受け入れたとして。それでもやっぱり運命に拒まれたらどうしようって。」
「そう・・・」

そう言って俯くファイのブロンドの髪を、そっと彼女は手でなぞった。
だが髪に手の重みが加わる感触は、感じられなかった。

「沢山考えなさい。何故ならまだあなたには、…あなた達には、まだ多くの未来が待っているのだから」

すっとファイの頬に白い手を差し伸べ、包み込むようにして彼女は笑った。やはり肌同士触れあう感触はなかったが、包み込まれてほんのりと温かい心地がした。

「選ぶことのできる未来は一つではないわ」

そうして二人の間に沈黙が流れた。その優しい空気の中に、ファイはその胸にある願いを吐き出した。

「じゃあ今、ひとつの未来を選びます。…残りのこの魔力と引き換えに、彼に渡せるものを教えてください」
「ファイ…」
「これは自分を犠牲にするお願いじゃありません。これからもまだ戦いは続きます。だから、そのためにも。」
「・・・わかったわ。ではあなたの残りの魔力と引き換えに、黒鋼にはピッフル国の義手を。彼が目覚めるタイミングで届けられるわ。そして、魔力をなくしたままならあなたはこの先も吸血鬼として生きることになる」
「・・・・はい。」

「…ファイ、できることなら。あなたに、まだあの子たちのことを見ていてほしいと思っているわ。これは次元の魔女としてではなく私の願いよ」
「…どうしてオレに?」

「それは。今のあなたが、”これから”を見つめるというのは、そういうことでしょう?」


まっすぐに真紅の瞳に見つめられ、一拍考えてからファイがそうですね、と返答すると、彼女は目を細めて笑った。

「いつもより多弁ですね」
「おかしいかしら?」
「いえ、珍しくて。でもそれがあなたの本心ですね。大切な存在だから。あなたはきっと肉親と同じくらい、彼らの…あの子たちの未来を案じているんだろうなって」
「現世では、わたしは極力関わってはいけないから。夢見としてだけではなく、現世に影響を及ぼすことは好ましくない」
「それは貴女自身が夢、だからですか?」
「ええ…あなたにはもうわかっているでしょう。私は夢そのもの。本来夢見同士は夢の中で逢うことが出来るけれど、あなたは夢見ではない。それでもこうして会うことが出来たのは私がただの夢であるからに他ならない」

「だから夢である貴女が動くのに必要なものが対価、なんですね…」

するとそれに答えるように、次元を自由に行き来できる魔女は寂しげに笑った。それからファイ、と呼びゆっくりと言葉を続ける。

「あの時、あなたが飛王の手中に堕ちた時、あなたを取り戻すに見合う対価を誰も持ち合わせてはいなかった。可能性をもつものは、既に飛王の策略で断たれていたから。知世姫に預けられた黒鋼も旅に同行するまで自分を見失いかけていたけれど」
「彼はもう、十分強いですから。
・・・聞いていいですか、魔女さん。可能性をもつものというのは、ファイを自分の選択で殺したと思い込んでいた、オレの心ですか」
「そう、ね。そのために飛王以外の人間の思惑があなたに介入することは不可能となったわ。セレス国の王すらも。
きっと真実を知ったあなたには、旅を共にする以外の有力な選択肢が生まれたはずだから」

だから誰も告げなかったし告げられなかったのだと彼女は眉を歪める傍ら、ファイは自嘲に口角を上げた。

彼女の言いたいことは分かっている。
おそらくそれを知った時点で、自ら命を絶っていただろう。あの時のユゥイに、ファイ一人だけを逝かせるなんてこと出来るはずがない。

そうしてこうも思った。そういう意味で自分は守られていたのかもしれない。この人たちに。


蒼い瞳に侑子の姿を映すと、亡き王の優しい微笑が脳裏に浮かんだ。哀悼の気持ちがわくと共に目頭にじんわりと熱を感じながらも、もはや癖となっているのだろう、ますます笑みを顔に張り付けて視線を落とす。すると再び白い手が金糸を柔らかく撫でた。その感じるはずの無い温かみが、ファイから笑みを剥ぎ落とした。どんな未来を選ぼうと、自分のやってしまったことがリセットできる訳ではない。呪いによるものとはいえ、彼女の案じている姫に手を掛けてしまったのは紛れもなく自分だった。写し身の彼女を。これから先も過酷な運命が待ち受けていることが分かっている彼女を。だから、言わずにはいられなかった。謝罪の言葉がふいに込み上げてきた。


「ごめんなさい、侑子さん…」
「あなたが、謝ることはないわ。あれは姫が自ら望んで決めたことよ」


全てを受け入れた上で、侑子はファイの瞳を見つめ表情を和らげた。蒼い瞳に映る視界がぼやける。辛そうでいて、綺麗な笑顔がゆるゆるとぼやけて、波打って、そうして霞んでいく。





それでも。





変えてあげられなくて、ごめんなさいね
そしてどうか、幸せな未来を―――









ゆっくりと現実に引き戻される。夜明け前を告げるように先刻よりも空気は徐々に柔らかなものになっていた。

それでもまだ薄い夜闇の中で自分の右の掌を見つめ、それからゆっくりと握りしめる。その時、隣の間の気配が変わった感じがした。もしかすると、忍者の目覚めが近づいているのかもしれない。

夢の中でだけ聞くことの出来た彼女の想い。ファイは、耳に残るいつまでも消えることのない美しい彼女の声を反芻し、さらにきつく拳を握った。


未だ隣室で眠る彼への、今出来る限りの思いを込めて。








***