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2012/08/19 13:13


 



 俺の性格にそぐわぬほどの丁寧さでゆぅるりと解いてやる。時間を掛けて、丹念に。時折小さく嬌声を漏らす薄い唇に己のそれを絡めてこめかみに張り付く髪を撫で上げながら、俺は滅多にやらないその作業に没頭した。

 そして三度目の口づけをしようと奴に顔を近づけた時だった。

「や、めて・・」

 ようやくだ。
 初めて奴が拒絶の言葉をそこから放った。

 俺は目を離さず辛抱強く続きを待つ。
 だが、それ以上の何の言葉も、それから聞かされることはなかった。それ以上の拒絶すらも。

 なんなんだこいつは。

 何故、少しでも情を込めて扱ってやろうとするとそれを拒もうとする?


「いつもみてえに酷くした方がイイってぇのか?」



「・・・うん」



 紅潮し、眉を寄せながら浮べた笑みは、いつもと違う。こいつの中では複雑な感情が織り交ざっているようだった。
 だが、嬉しそうだと感じた。少しとろけそうな蒼い瞳で。だが、それを必死に押し隠そうと、露にすまいと、口角にきゅっと力を入れているから泣きそうだ、なんて思ってしまう。

 ああ、そうだろう。
 こいつには本来おそらく被虐嗜好なんてもんはねぇ。
 むしろ厭ってすらいるだろう。
 

「お願いだよ、黒様」


 ひどくして、と掠れた声は耳には届かず、唇を動かすだけでそれを表した。それを聞いた俺はゆっくりとその歪められた表情の顔と汗だくの首筋に手を掛ける。そうして歯を覗かせた口元を曝された白い肌に近づけた。奴は観念したように全身の力を抜き、すぅっと目蓋を下ろした。


 しかし壊れものを扱う程に優しく舌を這わせた次の瞬間、驚きに見開かれた瞳は戸惑いを隠せずに筋肉が強張ったのが分かった。俺は無視して作業を続ける。

 ・・・甘えな。甘えよ。俺がそんな懇願聞き届けると思ってんのか。与えられる暴力にさっき我を忘れるくらいに取乱しやがったのは何処のどいつだ?

 やがて、手中の身体が小刻みに震えだした。引きつるようでなく耐えるようなそれはきっと、怯えからのもんじゃねえ。もしかして・・・泣いて、いるのか?ちらりと見遣るが、目を伏せ此方から表情は伺えない。
 そっと頬に手を伸ばして此方を向かせると、そこに涙を流した形跡は微塵もなかった。


 ったく、このザマで何が『泣ける強さもある』だ。

 ついに盛大に舌打ちをした俺はいよいよ愛撫に没頭した。もうこっから先、こいつが泣こうが喚こうが何をしようが聞く耳持つ気はねぇ。俺は、俺のやりてぇようにやる。


 ああ俺が、思ったんだ。
 こいつを、今のこのときだけは。
 
 傷つけたりしたくねえ、と。









 丹念過ぎるほどに溶かした穴に己の滾ったそれを押し当てる。相当な質量のあるもんだから、受け入れる側には筆舌しがたいほどの負荷が掛かるんだろうな。単純で明解な答えがあるにも拘らず、そんなこと俺は考えたようとしたことすらなかった。いつも誘われるままに押し倒してその身を貫く。こっちの好き勝手に動いてやりゃ良かった。それこそ都合のいい玩具みてえに扱ってやりゃよかった。きっと双方の利潤が一致していた。

 だがもう、違う。そうじゃねぇところまできちまった。

 今は俺の昂ぶりを植えつけるにも忍耐強く、じわじわと。いつもよりも何倍もの時間を掛けた。こいつはもう観念したのか、抵抗はしてこねえ。こいつの要求をあっさりと蹴ったからだろう。”酷くはしねえ。”そう一度決めた俺の決心だ。おそらく俺の頑なさは誰よりこいつが解ってるんだろう。この旅では。
 そういう意味では俺たちは少し、・・・・似ている。


 根元まで漸く収まり俺は動きを開始する。やさしくは扱うが、それはまるで一方的なまぐわい。こいつは俺の腕の中で俺の善い様に揺さぶられるだけ。だから奴の些細な無意識的な反射だけを頼りに律動を続ける。まるで鮪状態で面白みの欠片もない今のこいつに萎えない自分が不思議だった。

 もう解っていた。今日のこいつはきっともう、自分からその意思では反応を返さねえ。

 だから、だな。


 俺は凶悪にニッと哂う。ならばと俺の負けず嫌いな性格がここぞとばかりに顔を出す。
 ならば、善いようにやってやる。こいつが一番嫌がるであろうことを。追うのはこいつの快感。
 身体を貪る為で無い、こいつが善いと感じざるを得ないような、そんな交わりを。
 

 やがて耐え切れなくなったのか生理的なものなのか、奴の頬を一筋の滴が伝った。目蓋は閉ざされたまま、その表情は読み取れない。それをべろりと舐めとる。少しの塩味を帯びたそれは枯渇した俺の何時もの凶悪めいた衝動を、不思議と潤したのだった。
 
 奥へ侵入をすればするほど、奴の白い手がぎゅっとシーツを掴む。もっと、もっと。もっと奥へ。暴いて、引き際は中が捲れ上がるほどの重量を掛けて。お前も待ってろ、こうやっていつかその薄ら気味の悪い面を剥いでやる。

 声も耐えている奴はいよいよシーツを鷲掴む掌に力を入れる。それを見て俺は浅くに在るシコリを勢いをつけて強く突く。おそらく中の性感帯。絶頂を目指して戦慄く細い体。―――感じている。此れまでに無いほどに。
 やはりこいつに被虐嗜好はねえ。

 大切にされればされるほど、感じるクセに隠しやがってこの唐変木が。

 全身を撫で上げる。やさしく包んでやるように。この上なく感じているくせに、ふとシーツを掴んだままの手に視線が止まる。


 くそ、気に入らねえ。なんでそんなもん何時までも掴んでやがんだ。もうそんなものに縋る時間は終いだ。ゆっくりと確実に、それを大きな手で剥がしとる。そのまま俺の背中に回させる。荒く息をついたままの魔術師。だらりとしたそれはぼたりと再びシーツに沈む。

 ・・・てめえ。

 むっとして再度、今度は両の腕ごと俺の肩に掛け奴の腰に手を回して身体を持ち上げる。対面座位というやつだ。下から突き上げると、逃れられなくなったやつは大人しくびくびくと身体を震わせ、後ろを切なげに締め付ける。縋るものを求めて奴の掌が俺の背を彷徨ってきた。
 だが、それを抱くことも爪を立てることもなかった。ただうろうろと彷徨わせるばかりなのだ。本当に、頑固な奴だ。そんなとこだけ俺に似てんじゃねぇぞ、コノヤロウ!ふざけんな!

 怒り心頭に達した俺は奴をベッドに押し付けがつがつと突いた。包み込むように抱きしめ上げて。逃げ場を全て塞いだ。
 逃がさねえ。おら。俺に手を伸ばせよ。
 
 掴め!

  掴 め ・・・!



 びくびくと魔術師の全身が痙攣する。また達したのだろう、魔術師の伸ばされた指が空を彷徨い細かく震えている。俺もまた、奴の中へと精の全てを注ぎ込み、はーはーと荒く息を吐く。

 二人分の吐息だけが反響しあう室内。結局俺に縋ってくることのなかった魔術師の手。目的を完遂できなかったまま。どこか虚しさを感じた。

 やがて落ち着きを取り戻した俺は、吸い寄せられるようにその掌をとる。
 簡単なことだった。
 お前が掴もうとしないなら、俺が。俺が掴み取ってやる。確かな意思でそれを包み込む。―――迷子のように彷徨う白い右手を、傷の痕の残るこの左手で。

 ぴくり、と無反応だった掌に俄かに力が篭った。握り返したのだろうか。ついに、と微かな安堵と大きな充足感が訪れようとしたその時だった。魔術師の変貌した様子に俺は息を呑む。








「だ、めだ・・」




 なんだ?蒼い瞳が、ちげぇ―――





「だめ、・・・ユゥ、イ・・・」





 それは 誰だ?





「・・・れは、ユゥイの、手、だ、から・・ちゃ・・・んと、ユゥイが つか ん・・・」






「―――おい…?」




 力が抜け、重力に従いだらりと垂れ下がる腕。兆しを見せた腕は、再びシーツに吸い込まれる。だが掌は離す事無く、俺ががっしり掴んでいる。
 
 だがそれきり、だった。それきり、魔術師からの声は途切れ、意識を失ったのだ。それからどれ程揺さぶっても、頬をはたいても、奴は身じろぎ一つすることはなかった。


 おい、一体そいつは誰なんだ。
 どれがその男の手で、そいつはお前にとって何者だってんだ?

 お前を過去へ磔にしている張本人なのか?

 そして何より、




 お前の手はそいつのものだから、俺には掴むなと言いたいのか・・・?






 わかんねぇことばっかで、俺は腕の中で気絶した魔術師を抱くでもなく、手放すでもなく、呆然と見つめるしかなかった。ただ、こいつが過去に縛られ、他人の手をとることに躊躇し、掴むまいとしていることだけは何となく分かったように思う。
 

 絶望と、愛おしさを隠す事無く切なさを滲ませた蒼いひかり。


 苦しみばかりを湛えていたそれが、一筋の希望を望むかのように見ていたものは、何だ・・・?





 そっからは。小僧たちが帰ってきて夕飯を終えてからも、奴は目覚めることはなかった。身体的にはいつもよりも労わってやったから、そうダメージは受けてねえだろうにも関わらず、だ。此れくらいならば奴なら数時間後には無理をおしてでもひょっこり姿を現しやがる。今回はつまり、精神的な負担がでかかったってことか。

 だが奴はこっちの思惑なぞ何処吹く風。ふらつきながらもようやく起き出したと思ったら、自分が本調子じゃねえだろうにも関わらず、一日の療養にすっかり元気を取り戻した小僧たちに囲まれ、土産を嬉しそうに披露する饅頭たちの様子に満足気に微笑んでいた。

 そして奴からあの今日見せた肝心な部分の記憶ばかりはごっそりと抜け落ちていたと後に知る。
 ったく、どこまでもふざけた野郎だ。


 ふわりと和やかな団欒の空気の中。それは魔術師が心から望むもの。出来ることならば壊したくないと願っていたもの。だがそれは呆気なく終わりを見せるのだ。そうだ。







 この時俺はまだ、

 何も、知らない。







  (end.)

  





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