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2011/10/10 01:34


欝蒼とした闇が訪れ世界を覆う。夜の世界と謳うが相応しい、取引の街。物件を借りるには余りに陰気で、長居は物憂いと感じさせる。だが他ならぬ姫の望みの物がこの街にはあった。それを手に入れるまではこの世界から退く訳にはいかない。---彼女がそれを望むのであれば。

それに。

雨が塊を破らぬ程のやわやわと心地よい世界では、今の自分たちにとって不相応でしか為り得なく思え、流石魔女の魔法の誘う巡り合わせだとこの世界に降り立った矢先に魔術師は一人苦しげに眉を顰めたものだった。

今の彼にはもう、誰にも見られていない処で笑むゆとりなんてない。


一行は詮無く、或るホテルのワンフロアを念入りに隅々まで物色してから腰を据えることにした。それから既に二週間余りが経過している。

図らずも誂えられた家具や着衣の黒い色調は寧ろおのおのに傷ついた心の痛みを凪いだ物へと導いていた。それぞれが胸に焦燥と願いを秘め、それを口に出すことはない。悲しい沈黙。

この世界のそれはいつか戦による不穏さを醸していた夜魔の国とはまた異質の闇だった。静寂の中に不定期に聞こえてくるネオンの瞬く不快音が否が応にも彼らの警戒を駆り立てる。

吸血鬼と餌となり、今ではあの時とは随分変わってしまった。互いへの壁がゆるゆると解け始めた半年間とは明確なる対だった。あの世界の闇が淡い光に向かう為のものならば、ここでの闇は更なる渾沌へと身を沈める為のもの。インフィニティの闇がようやく培ってきた安らぎを浸食してゆく。滞在時間に比例して、まるで酸がその内部までもを溶かしていくように。じわりじわりと。

やがては手当ての届かない程に深くまで。





血を飲む行為はまさにファイにとって酸そのものだった。望みもしない命を長らえるために太く逞しい腕に唇を当てて流れゆく生血を啜る。

悔しいことに、甘美な味だった。

力強い彼の、生命の味。手首に舌を這わせ、その真紅を拭いきると己の指に付着したそれも綺麗に舐めとる。一滴たりとも無駄に流したくはなかった。流させるしか術が無いのならばせめて。---これ以上誰も傷つけさせない為の、糧にできるように。


丁寧に自らの掌を舐め続ける金色の旋毛、そしてその下に蠢く小さな紅い舌を見つめ、紅い瞳は何を思ったか彼から離れた。それに気づいたファイは視線を向ける。血を与えた後の何時もの彼とは何処か違う。やがて取り出してきたものはピッフルで使用したものと類似した機器。あの国ではそれはたいてい丸みを帯びて明るい色彩を纏い、オートで飛び回っていた。けれどファイは花のように綻んだ笑顔を自らの手で画に収めたくて、掌にフィットするサイズの手動のものを入手し同行する愛らしい少女のさり気ない仕草などを飽くことなく撮影していた。それはこちらまで幸せが感染してしまいそうな位、やわらかな表情を浮かべて。

黒鋼が調達したらしいこの国のそれは黒く四角く無機質で、それによって残されるものもさぞ味気のないものになるだろうと予感させた。脚立に固定し再びファイの近くへと戻ってくる。先程まで口を寄せていた大きな手が伸ばされたかと思うと胸倉を掴んで引っ張られた。落とされた先は白いベッドの上。突然の行動に驚きながらも黒く四角い存在に思わず視線を向ける。すると無表情なレンズが此方を寸分ぶれずに見据えている事に取り残された蒼を見開く。押し倒されながら手首がシーツに縫い付けられる感触にすらひんやり冷気を覚えた。映され、心を曝した揺るがぬ証拠として何かが映像として残される可能性を悟り、その恐怖に背筋を凍らせた。掴まれている手がかすかに震えてしまうがそれすらもファイは許してはならない。意図的に息を浅くし、思わず籠っていた全身の力を必死に抜く。力を抜け落ち着けと自分に言い聞かせる。状況だけにそうそう時間を置くわけに行かず、それでも何でも無い風を装って落ち着いた蒼い瞳で真っ直ぐに問いかける。取り乱すわけにはいかない。


「…黒鋼?」


「嫌なら、全力で 嫌がれ 」


低く妙に力の篭った一言が合図だったように、彼の行動は一瞬にして獣と化した。呆気に取られるファイの衣服の隙間から手を入れボタンを弾き鎖骨に唇を這わせる。

「ぇ、・・・あッ?」

喰らうように噛みつき、胸までゆっくりと辿りつくと冷えに粟立ち小さく主張を始めた撫子色に近いそれを嬲るように舌を這わせた。黒鋼の発言の意図が咄嗟に理解出来なかったファイは荒い愛撫に徐々に感じて薄い身体を跳ね上がらせる。

お構いなくどんどん黒鋼の愛撫はエスカレートしファイの上衣を完全に肌蹴させベルトのバックルに手を掛ける。やおら前を寛げると手を滑り込ませファイを強く握った。緊張と直接に性器を鷲づかまれた衝撃とであくあくと唇が空気を求め、足が慄く。

「ぁッ、・・・や」

「めろ、」と言葉を続けそうになってそこでファイは慌てて口を閉ざす。

「…止めなくていいのか?」
「・・・・く」

坦々と問い、下肢と胸への刺激を続けながら紅い眼が堪えて歪む蒼を覗き込む。気づかれていたのだ。此方が気取られまいと懸命に隠していたつもりであったのに。だから彼は油断ならない。思わず睨み付けそうになるがそれも此処では耐えなくてはならなかった。

拒否。拒絶。怨み。怒り。生かされた事に関してそれを彼に感じている訳じゃない。あるのは諦めと受容。けれどファイを雁字搦めに束縛しているあらゆるものを見せるわけにはいかない。そうなれば、彼はまたきっと見境なくこの呪われた身と距離を縮めようとするのだろう。自分の身に喩え厄が降りかかろうとも。

この男に対して幾許たりとも感情をぶちまけ本音を見せてはいけない。若しそんな事をすれば、これから開いてゆかねばならない距離の差を、再び近づけてしまうことになる。

だから。





無理に薄ら笑いを浮べた。感情を裏返した、彼の厭う最高に薄っぺらい笑顔を。その途端に紅い瞳が怒りに強張り眉間にぐっと皺が寄る。ああ如何して自分はこうして距離を置こうとすると、何時も彼を怒らせる。鋭い眼光でファイを睨みつけた後、黒鋼は意外にも震える眉間を圧し留めるようにゆっくりと目蓋を落とす。いつだって己の感情のまま動く彼に、らしくもないそれを強いているのは自分なのだという切なさにファイは思わず眉をぎゅっと寄せる。

だけどもう、此方から歩みよることはしてはいけない。勿論今の彼の本当の要求を受け入れる事も。

やがてそれが開く頃合を見計らって、現れた紅を見つめながら自らの上唇を舌でなぞり、軽く彼の頭を引き寄せ、耳朶をちろりと舐める。なるべく淫蕩に見えるように。

真顔に戻った黒鋼は吸い寄せられる様に薄い唇に自分のそれを重ねる。緩やかだったその口づけは何時しか喰らい尽くす如くに荒々しく角度を何度も変えて口腔を貪る。徐々に息を上がっていくファイには、先程の表情からは彼が何を考えているのか分からなかった。

いつもの彼の行動はファイからすると実に分かり易くて。好戦的で優しさを隠した所があって、だけどひねくれていて、負けず嫌い。そんな風にある程度の事は読み取れていた筈なのに。けれど今は、胸が何かに握り潰そうとされているかのようにただ苦しいのだ。苦しい。どうして。この身には一つのイノチ以外何一つとして、望む事を許されてはならないはずなのに。心が、軋みながら飢えを訴える。

その口づけは余りに激しく。やがてファイの白い頬をゆっくりと伝い流れる唾液混じりの血はどちらのものだったか。それさえも解らないほどに熱く舌を絡めてファイはその生き血を貪った。激しくくちづけを仕掛けては時に応じながら固く固く吸血鬼の象徴である金瞳を閉ざし、揺すぶられて絆されそうになる胸の内に鍵を掛け直す。またも生き存えてしまった居た堪れなさを隠せるように。目的を遂げなければならない現実から今だけは目を逸らせるように。

そして、自分を生かした優しくも愚かな男に対する愛しさだけは最後まで隠しとおせるように。



蚊の鳴く様な不快な機械音を立てながら魂の通わぬそれは命に背かず薄いカードに焼き続ける。心が完全に擦れ違ってしまったままに一つに繋がる二つの身体を。

何の感慨もなく。





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