瞼を上げると同時に周りの音が耳から頭の中へと流れ込んでくる。

(・・・もう昼休みか)

廊下から聞こえてくるにぎやかな物音を聞きながら再び机に突っ伏した。いつも五月蝿いくらいににぎやかな前の席から全く声が聞こえないところをみると、購買にでも行ったのだろう。

「・・・くん。夏目くん?」

あのにぎやかな二人組ではない、高くて、それでいてやわらかい声がおれを呼んだ。同時に甘い香り。苺だろうか。かき氷とかにかかっているシロップのような甘い香り。顔を上げれば細くて、白い指と桃色をした菓子が目に入った。

「お土産。」

春色が敷き詰められた箱がやさしく机の淵に置かれた。眠たくてまだぼうっとしていたので、しばらくそれをじいっと見つめているとその女の子は少し寂しそうな顔で「苺きらいだった?」とおれに尋ねた。

「あ、いや、そういうわけじゃない!いただくよ。」

慌てて言葉を紡いで、淡い春色のそれを手に取ると口に頬張った。甘い香りがふわりと口内に広がった。しばらく(といっても数秒だが)甘い香りに浸っていると、ふとあることに気がついた。知らないのだ、彼女の名前を。ここに転校してきてまだ2日たらず。クラス全員の名前を覚え切れてないのは仕方のないことなのかもしれないが、お土産をくれた彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「ありがとう。えっと・・・、」

「みょうじよ。みょうじなまえ。」

「ああ、ありがとうみょうじ。美味しかったよ。」

「それは、よかった。」と春めいた笑顔を残してみょうじは他のクラスメイトの所に走っていった。おれは一人、春だなあと呟いてまた机に突っ伏した。どうしようもないくらいの眠気に再び身を任せた。もうすぐ、夏だ。


(少し遅れて春がやってくるでしょう)

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