車内はすごぶる快適だった。ふかふかの座り心地のいいシートに、よく効いたエアコン。しかも決して冷えすぎてはいない。そんな心地よさに身を預けて、隣の運転手−名取周一に視線を向けてはすぐに逸らす。そんなことを何回か続けていた。彼は気配とかには敏感な人だから、すぐに私の挙動不審な動作に気づいて、いつもの胡散臭い笑顔をこちらに向けた。そして、「どうかした?」なんてわざとらしく聞いてくるものだから「なんでもない。」と私はまた車窓の外に目を移した。

ただの元恋人。たったそれだけだ。今日だって、仕事帰りにたまたま会って、食事して、それだけだ。別れたときだって別にそんなに気まずかったわけでもない。もとはといえば付き合い始めだって随分いい加減だった気がする。

でも今日は久しぶりに会ったせいかすこしだけ気まずい、気がした。

「元気にしてたかい?」

「毎朝事務所の受付で顔合わせてるくせに。」

お互いに視線は合わせない。周一は「それもそうだな。」と微笑をうかべた。赤信号で車が止まる。

「なまえ、」

「何?」

はじめて視線がぶつかった。

「私はね、」




信号が青に変わると周一は勢いよく車を発進させた。そして私のマンションの前で止まった。「ありがとう。」と一言言って車を降りる。カツン、とヒールが地に着く音が聞こえたのとほぼ同時に周一は口を開いた。

「なまえ、さっきの話ちゃんと考えておいて。」

周一はそれだけ言うとすぐに走り去って行った。



(だからもういちど、)



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