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しらじらと明けていく夜

織姫と彦星はね、年に一回だけ天の川にかかる白鷺の橋を渡って会えるんだって。
でも雨が降っていると川が増水して橋が架からないから会えない。
だからね、七夕の夜に降る雨は「催涙雨」って言うんだよ。

会えない二人が、流した涙なんだって。




そんなロマンチックな話をするやつだっただろうか。
しかも野郎同士、二人きりの部屋の中で、少なくともそんなシチュエーションで話すには酷く不釣合いな話だと思った。

「何が言いたいんだよ。」
「いやぁ、別に何が言いたいとか、そう言う訳じゃないんスけど。」

薄暗い部屋の中で、綺麗に弧を描いた唇が形を変えて俺に振ってくる。
軽いリップ音がいやに耳について、心臓が跳ねる。
外から聞こえてくる祭りの喧騒が遠くに遠くに追いやられていく。
ああ、そうか。今日は七夕だっけ。
唇を重ねながらふとさっきの話を思い出して、今日は雨が降っていなくてよかったな、とこれから輝きだすであろう星たちにそっと思いを馳せてみて、そこでおかしくなって笑ってしまった。
我ながらなんて似合わないんだろう。
このモデル様に脳内まで侵食されてしまったのだろうか、と、そこまで考えて、なんだか癪になったので覆いかぶさる体にパンチを食らわせてやった。

「痛いっスよ、先輩。」
「うっせ。お前が変な話するからだ。」
「ああ、織姫と彦星の話ですか。」

苦笑した顔にさらりと金の髪がかかって、それが不覚にも綺麗だと思ってしまったのでもう一発殴ろうとしたら、先手必勝とばかりに黄瀬の手が先に俺の手をつかんだ。
そのままベッドに縫い付けられる。
さらりとした金が、額を、鼻先をくすぐる。
近くに感じている体温が、匂いが、くやしいけれど好きな人という存在が、もしさっきの話のように遠く離れてしまっていたら。
俺は一体どうしていただろうか。
……ああ、こんなことを考えてしまうくらいには俺はこの後輩のことが好きなのか、と意識して、余計に悔しくなって柔らかく笑う優男を睨んでやった。
この男を、そしてそんな男を好きになってしまった俺自身をしばきたい。
そこまで考えて、至極近くなった体温に思考を奪われる。
淡く融けていくその中で、確かに俺は、黄瀬の少し寂しそうな顔を見た。



【泣いても無駄だよ】

七夕の話を聞いたとき、最初に思ったことは「俺には耐えられないな」だった。
だって大好きな人と一緒にいることは悪いことではないはずなのに引き離されるなんて、そんなことって。
でも、よくよく考えてみて、気づいてしまった。

俺たちの恋愛には、きっと必ず終わりが来てしまう。

高校を卒業してしまうというのもあるけれど、それ以前にもっともっと大きな壁が、俺の前には立ちはだかっていた。
男同士の不毛な恋愛。
世間一般での俺たちの恋愛は、きっとこういう認識だ。
どこかで終わらせなければならないこの愛は、一体いつ殺せばいいというのだろうか。
だって、先輩にはこの先、俺となんか付き合っていなければきっといろんな幸せが待っている。大学に行って、普通に女の子と恋愛して、結婚して、子供ができて。
それが、普通の幸せだ。
俺みたいなガキの恋愛ごっこにつきあわせてしまっていい人ではない。
もちろんおれにとっては「ごっこ」ではないのだけれど。

(……なんで目の前に先輩がいるのに、こんなこと考えているんだろう…。)

浅く呼吸をする先輩の目元に光る涙に口付けて、見た目よりも柔らかい髪の毛を撫でた。
震えている体を抱きしめて、俺より少し低い体温が心地よくてそれに、溺れる。
先輩、ごめんなさい。
やっぱり俺、当分は貴方のことを手放したりなんて、そんなことはできそうにないんです。
先輩が嫌だと言うなら、普通の幸せを掴みたいと言い出したなら、そのときは頑張ってさよならを言いますから、それまではどうか。

どうか貴方の手を掴ませてください。

……また、七夕の話を思い出した。
あの二人は、俺たちの未来の関係よりか幾分かマシなのだと、今度はそう思った。
だって、想い合っていられるからまた会えるんだ。
逢えないなら、いくら涙を流しても無駄なのに……。


【星に願いを、月に祈りを】

寝ちゃったかな……。

小さく聞こえた黄瀬の声を無視して目を閉じたまま呼吸を繰り返すと、勝手に「寝ている」と認識されたのかそっと頭を撫でられた。
壊れ物を扱うように、酷く優しく撫でるものだから少しくすぐったかったけど、それでも心地が悪いわけではなかった。
気だるさが残る体は動けと脳が命令してもまったく動こうとしない。
仕方なくそのままされるがままにしていると、今度はその手が背中に回ってきて熱が密着した。


先輩、俺ね。
織姫と彦星みたいに離れ離れになるなんて耐えられないんです。
先輩は大学に行って、普通の恋愛をするかもしれない。
俺のことなんて忘れて、遠くに遠くに行っちゃうかもしれない。
それが、怖いんです。
でもね、先輩。
俺、先輩の幸せのためだったら、この恋心も、想いも、殺せるはずなんですよ。
だからもし。もし先輩が「普通」を望むんだったら言って下さいね。

俺は、俺を殺しますから。



隣から寝息が聞こえる。
起こさないように起き上がりながら、俺は流れていく涙を拭くことも堪えることもしなかった。
さっき黄瀬が言っていたあの言葉が頭から離れなくて、苦しくなって胸を押さえる。
心臓がまるで何者かに鷲掴みにされているように痛かった。
一人で勝手に不安になってんじゃねぇよ、馬鹿野郎。

「……俺だって、」



七夕は、数分前に終わっていた。

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催涙雨に笑った


title/sab title
3つの恋のお題ったー」題提供
up:20130708


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