story | ナノ


あぁなんて不幸な

絶望していた。

僕の指示に従う皆を僕はまるで別の世界の出来事のように見ていた。
いつからこうなったのかは覚えていないが、いつの間にか従わせることが当たり前になり、何の疑いもなく周りはついてきた。
いや、本当は疑いや不満がある者もいただろうが名乗り出ることはなかった。
僕に従わない者は切り捨てていった結果だろう。
前はそんなことはなかったのに、自分に従わないのを見ると無性に苛々して、気づけば殺してしまおうかとすら思っているのだ。

そんな自分に嫌気がさす今日この頃。
思うのだ。
自分は歪んでいて、端から見れば異常。
気持ちが悪い。

こんな僕に生きる価値は果たしてあるのでしょうか。










「ねぇ赤ちん。俺は、赤ちんに従うよ。」

最初に僕に従うようになったのは、そういえば敦だったなぁとこの時ぼんやりと思い出した。
敦は、僕が完璧な勝利に執着するのと同じように、僕の命令をきくことに固執する。
その関係はさながら主人と犬のようだと思うんだ。

「…敦はどうして、僕についてきてくれるんだい?」

敦は、きょとんとした顔で僕を見た。
僕がなんでそんな質問をしたのか、さっぱり解らないって顔だ。

「俺が赤ちんに従うのに、理由は必要だった?」

敦にとって俺に従うのは当たり前のことらしい。
そんな恐ろしい事実にも僕は驚くこともなく、ただ平然と納得してしまっていた。
そうだ、当然のことなんだ、と。
心の奥底で、それに自分が拒否反応を起こしていることも分からずに。
僕は最近、吐き気を催すことが多くなってきていた。
本当は知っている理由は、意識の奥底にまだ隠れているまま。
気持ちが悪い。
今日何度目かのトイレの中で、僕は嗚咽をこぼす。
きっと休憩時間は終わっているはずだから、練習に戻らなければいけない。
皆の練習を見て、次の試合の構想を立てなければ。
思って、でも力は入らない。

「…赤ちん。」

不意に、個室の外から声がした。
敦だ。
練習中トイレに行ったままなかなか戻ってこない僕の様子を見に来たのだろう。
しかし、今僕はトイレから出ることができない。
立ち込めるすっぱい臭いに顔を顰めながら、僕は口を開いた。

「…すまない。すぐ戻るから、先に行っていてくれ。」

個室の外では、沈黙。
けれど敦が出て行った気配はない。
ただじっと個室の前に立っている、そんな気がした。

「……敦?」
「…赤ちんさぁ、」

やはり戻ってはいなかったらしい敦が、口を開く。

「何をそんなに吐き出したいわけ?」

言っている意味が分からなかった。
否、理解しようと、巡らせようとした思考を止めた。
それを分かってしまったら僕は人の上に立つことができない。
そうしたら、僕の価値は一体どうなってしまうのだろうか。
柄にもなく、恐怖、というものを感じているらしかったが、それすらも信じようとはしなかった。

「休憩のたびにトイレに篭って、内臓でも吐き出すつもり?」
「ははっ、それもいいかもな。」

僕は水を流して、個室から出る。
なんとも複雑な顔をした敦が、そこに立っていた。

「悪かったね。練習に戻ろうか。」

蛇口をひねる。
至極透明に近い液体が流れるが、僕はどうにも、それに手を伸ばすことができなった。
あぁ汚い、気持ち悪い。
自分を含めた世界のすべてが腐ったゴミのようだった。
勝利は空気と同じで、常にそこにあるものだ。
なんてつまらない。

「赤ちんさぁ、今、何か俺に命令してよ。」

唐突に後ろに立っていた敦がそんなことを言うものだから、鏡越しにそちらを見ると、見たことのない、泣きそうな笑顔が見えた。
僕はおかしくなって喉をくつくつと鳴らしながら、敦に振り返る。
随分と背の高い、忠犬だと思った。

「そうだな、」

僕は、この世界を壊してみたいらしい。
発した声は、敦の腕の中で、静かに響いた。




please kill me.

その腕で僕を
絞め殺してみてよ



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俺も丁度、ここに飽き飽きしていたところなんだ


up:20120902


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