愛した、愛して
別に好きで始めたわけではなかったけど、俺を必要としている人がいて、そんで適当にやってれば大体勝てたから、ただそれだけの理由で続けていた。
高校で出会ったあの男は、どこか考えが読めなくてどうも苦手だ。
アメリカからの帰国子女らしいそいつは、なるほど、確かに他の奴と比べて少し上手い。
でも、普通だ。
プレイをみてそう思った。
少なくとも中学の時周りにいたのよりかは、上手くない、と思う。
まぁ峰ちんとか赤ちんとかと比べるのはよくないか。
あいつらは傍から見れば化物なんだと思う。
かくいう自分もその化物の部類に入るのだけれど。
「敦はさ、」
その男ー室ちん(氷室だから、室ちんだ)は俺のことを赤ちんみたいに「敦」と呼ぶ。
名前で呼ぶのが癖らしい。
まぁ別にいいんだけどね。
「バスケ、好きか?」
何度かされたその質問に返す言葉はいつも変わらないのに、なんてしつこいんだろう。
俺はため息をついて室ちんを見やった。
「別に好きじゃないよ。周りにやれって言われるからやってるだけだし。」
その質問何回目、と文句を言うと苦笑いして室ちんは謝る。
謝る気がないのがミエミエだった。
繰り返されるその質問にうんざりしながら、けれど心のどこかで、今日も室ちんからの質問を待っている自分が生まれたのは、WCが終わった、あの日だった。
一日一回、むしろ習慣のようになっていたその問答に、よくもまぁ飽きないなぁと思っていた問答に、突然終わりがきた。
負けたその日は、聞く余裕はなかったのかもしれないけれど、あれだけ毎日だったのに、と少し思う。
「…今日は聞かないんだね。」
言うと、室ちんは苦笑した。
「負けたその日に聞くのは、なんだか気が引けるだろう?」
ふぅん、そういうものなのか。
俺だったら聞きたければ相手がどうであろうと聞くけどね。
敦らしいな、と室ちんが笑う。
「それに、今日答えは見えたからね。」
「? 何が?」
室ちんは、何も言わなかった。
ずるいなぁ、いつも自己完結して大事なことは言ってくれない。
うん、いつも、だ。
この男は本当に何を考えているのかさっぱり分からないし、秘密主義者だし…だから今日、あんなにも熱くなっている室ちんを初めて見たんだ。
びっくりしたし、なんだか少し羨ましかった。
…羨ましかった?
なんで、俺が室ちんのことを羨ましがってるんだろ。
考えて、そして気づく。
今日は珍しくバスケに本気を出して、負けて、悔しかったのにちょっと楽しかったなぁ。
なんて、俺らしくない。
でも確かに、今日はいい試合だったんだと、思った。
俺は以外にも、バスケのことが好きがったらしい。
そのことに気づかせたのは紛れもなく目の前にいるこの男だった。
さらりとした綺麗な黒髪が風に遊んでいる。
冷気のせいで赤く色づいた頬と鼻先が、吐いた白い花に見え隠れしていて、ちょっと綺麗だと思った。
「……?」
綺麗、だと思った。
確かにそう思ったんだ。
「…敦?どうした?」
急に歩みを止めた俺に、室ちんが振り返る。
「あ…なんでもない。」
俺は呟いて、それから空を見上げた。
日が落ちるのが早くなったらしく、空はもう濃紺に塗りつぶされていた。
早く帰ろう、と室ちんの声がする。
今日自覚してしまったこの想いを果たして言うべきなのだろうか。
いつもだったら思っていたことはすぐに言葉にするのに、今日は躊躇ってしまって、結局喉を振るわせることはなかった。
He was in love
with a human being
and ruined myself.
(彼は人間に恋をして)
(身を滅ぼした)
自分らしくない。
俺は心の中で呆れて笑った。
--------------------------
負けた彼が、何故か格好良く見えたんだ
それは内緒だけど
sab title
「雲の空耳と独り言+α」題提供
up:20120903