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覚えは、ない

入学して間もない頃廊下でぶつかった。
そんな少女漫画みたいな出会いだったが、俺はときめくことは全くなく、むしろ憂鬱な気分になったのを覚えている。
ぶつかったそいつは体格の良い男で、バスケットボール部の創設者だ。






「…無理すんなよ、木吉。」
「お、心配してくれてんのか。」
「違ぇよ馬鹿野郎。」

次の試合出れなかったら困るだろ、と付け加えると「あぁそうか。」と笑った。
チームメイトの俺が言うのもなんだが、本当に食えないやつだと思う。
自分のことを好きだろうが嫌いだろうが、それをも考慮してゲームメイクしてくるこいつは敵から見たら相当厄介だろう。
ただ一人で抱え込む節があり、無理をして、去年は怪我で試合を断念した。
7番が欠番だなんて、ホントいい度胸だ。
そんなんが今年、やっと帰ってきたんだからそりゃあ心配もする。
しかも完全には治っていないときた。
無理をさせるわけにはいかないだろう。
そんなことこいつ相手に素直に言えるわけないけど。

暗くなってしまった道を歩く。
沈黙。
特に話すことも見当たらず、俺はそれを必死で探していたが簡単に見つかるはずもなく。
そういえば昔は、俺はこいつには口を開けば文句を言っていた気がする。
それを笑って流され続けて結局丸め込まれたっけ。
思い出して、おかしくなって小さく噴き出すと、不思議そうな顔をした木吉が俺に視線を向けた。

「なんだ、どうした?」
「なんでもねぇよ。」

クツクツと喉を鳴らして、それからなんだか懐かしくなって木吉の背中をあの頃のようにばしん、と叩いた。
掌がじんじんする。
その感覚から、あぁ、やっぱり戻ってきたんだなこいつ…と改めて実感した。
いれば何故か安心する、そういう奴なんだよ。
それは試合中もそうだけど、こうやって毎日を過ごすうえでも俺にとっては。
…と、いかん。
なんか俺らしくない。
試合は役に立つけど一緒にいればイライラするし、別にいなくても困らない。よしこれだ。
自分でも何が「よし」なのか分からないけどそういうことにしておこう。

隣を歩く足音。
木吉の方が歩幅は大きいはずなのだが、歩調が合っているということはこいつが合わせてくれている、ということだろうか。
なんで俺なんかに合わせて歩いてんだ…あ、一緒に帰ってるからか。
ってか、別に頼んだわけでもなければ約束したわけでもないのに一緒に帰ってるんだっけ、俺ら。
確か一年の時もこんな感じで勝手にこいつがついてきてたっけ。
あの時は本当に嫌だった、というかキモかった…。
どこに行くにも何をするにもこんな大男に付きまとわれたらたまったもんじゃないだろ、マジで。
でも、今はそれが普通で。
それほど嫌ではなくなったのは一体いつ頃からだったっけ?
入部してからも頼んでないのに色々と世話を焼きたがっていた(首を突っ込みたがる、の方が正しいだろう)こいつは、今も自分のことよりもチームのことを考えている。

…多分、俺はそういうところに惹かれた。

言ったら調子に乗るだろうし、第一癪なので絶対に言わないけど。
その考えに至ったとき、頭にぽん、と大きな手が乗せられた。
木吉の手は外気に触れていたくせにあたたかくて、でも頭を撫でられているという事実がどうにも気に入らない(フリをしなければならない)俺は幾分かあたたかくなった頭のてっぺんの体温を睨んだ。

「……んだよ。」

低く唸るように声をあげると、いつものように笑った奴の顔が見えた。
吐く息が白く空気に滲んでいく。
俺は今どんな顔をしているんだろう。
まぁ顔が赤くても寒さのせいにできるけど、変な顔とかしてたら嫌だなぁ…。
なんて、心配するくらい、意識してしまっていると自覚するくらい、心臓が高鳴っている。

「変わってないな、日向は。」
「あ?」

何が、と言おうとしたが、結局言葉として口から出ていくことはなかった。
嘘だろおい、ちょ、顔、顔近い。
知らずか、唇が震える。
え、何これ。
大きな手に顔を挟まれて、その視線の先には優しい顔した馬鹿男。
ありえないだろ。
女でもないのにこの状況で緊張してんの俺。なんで体動かせねぇんだよ。
ふわり、と吐く息が空気中に白い花を咲かせて消えていく。

「お前は、いつもそう。ぶっきらぼうだけど優しくて、いつもみんなのこと考えて。」
「……んなこと、ねぇよ。」
「あるよ。」
「馬鹿か。俺は俺がやりやすいようにやってるだけだ。」
「素直じゃねぇな。」

本当のことだって。
だって俺は主将だから。
みんなが連携とれてて仲良い方がまとめやすいし、楽しく部活するならみんなのこと知ってて損はないし。
俺は、やりたいことやってんだよ。
大体、お前が主将やれば良かったんだろ。そっちの方が適任だと思うし。

なんでお前はいつもそうなんだ。
自分で始めたくせに肝心な役は自分でやらなくて、肝心なところでいなくなって。
みんながどれほど心配していたか分かってんのかよ。
何でもかんでも隠す癖やめろよ。
不安になる。
帰ってくるのも遅いし、完治してないだと?
誰かこいつの脳みそとっ替えてやってくれよ。

馬鹿野郎。

…言ってやりたいことはいっぱいあるのに、なんも出てこねぇ。
やべ、なんで涙出そうなんだよ。

そんな俺に気付かず、お前は言うんだろ?

「だから俺、お前のことが好きなんだ。」


んなの、多分俺の好きの方が勝ってんだよ、だぁほ。
木吉はにっこり笑って、赤くなった鼻の先にキスをひとつ落とした




なついてくる大きな獣

俺は好かれるようなことをした覚えはないのに。


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眼鏡の奥で揺れる瞳は
お前の本心を映している
そうやって自惚れたっていいだろ?


sub title
雲の空耳と独り言+α」題提供
up:20120825


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