悲しい人形
彼は僕の存在できる方法を見つけ出して、光のもとへ導いてくれた。
恩人であるはずの彼の笑顔はどこか冷たく、その瞳には何を写しているのか僕には皆目見当もつかなかった。
暫くして、やっと僕は理解する。
ここには勝利に貢献できる者しかいらないんだ、と。
まるでいらなくなった玩具のように切り捨てられないように、必死に食らいつく。
そうしなければ僕はまた薄暗いそこへと戻ってしまうのだろう。
余計な感情など、いらなかった。
ただ、パスを繋げるだけ。
彼の指示通りに動く、まるで人形のように。
「君の唇はいつも冷たいね。」
いつからだったか、彼は僕の唇に触れるようになった。
いくらか温かいその唇は弧を描き僕にそっと体温を与える。
やめて、と心の中の自分が叫んでいるけれど、どこかあたたかくなっていく心地好さを拒めなかった。
いっそのこと、冷たい視線でも向けてくれれば良かったのに、彼は何故かいつもより少し優しい笑顔を向けるものだから。
僕は錯覚してしまってもっと熱がほしくなる。
人形は熱なんていらないはずなのに、押さえきれない感情が膨れ上がって自分の中の彼の存在をまた大きくさせる。
「抱き締めて、ください。…熱、を…」
我ながらなんてことを言い出したのかと内心吃驚した。
彼も驚いたようで何度も目を瞬かせていたが、ふ、と笑って。
次にはふわりと僕を抱きしめてくれた。
色素の薄い僕の髪を、僕と然程大きさの変わらない手がくしゃりと撫ぜる。
あぁ、何でだろう。
今すごく泣きたいと思ってしまった。
どうしてこの人はこんなに優しい仕草で凍りついた笑みを僕に向ける?
それはきっと、見えない距離のせいなんだ。
離れていった体温が、更に背を向けて僕ら以外誰いなくなってしまった部室から見えなくなった。
「どうして、涙が流せない…。」
僕は、本当に作り物になってしまったのかもしれない。
だってこの胸の軋んだようなその音は、涙を生まないんだ。
苦しさは感じているはずなのに喘ぐことすらできないなんて。
痛みは、感じない。
感じているはずだったのに今は少しもない。
だってその方が楽でしょう?
僕は、影なんだから。
そんな僕に君は言うんだ。
今日も、誰もいない部室で、その笑顔を向けて。
「君の輝きだって、他の人間よりもずっと綺麗だ。」
嘘つき。
エラー発生。
胸が、イタイ
(僕は今、人間です。)
(シュートだって、ドリブルだって、自分で考えてやっています。)
(ねぇ君、今の僕は輝いて見えますか。)
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君を駒だと思ったことは一度もなかったはずなのに。
人間とアンドロイドで切甘 5題(台詞)
「雲の空耳と独り言+α」題提供
up:20120805