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釣った魚に餌をやらないという言葉がある。簡単に言えば、付き合う前は手を替え品を替えアプローチをしてきたくせに、付き合った途端に何もしてくれなくなることだが、二宮匡貴という男はその典型かもしれない。

二宮は高校時代の後輩なのだが、その頃の私たちには接点がまるでなかった。しかし二宮は当時からその風貌や一匹狼な雰囲気で目立っており、恋愛ごとに疎い私にすら知られているような存在だった。なのでボーダーで二人で話す機会があると、毎回「あの二宮匡貴と話してるなんて変な感じだなぁ」と思ったりした。その「変な感じ」が違う意味の「変な感じ」に変化したのは、二宮とよく話すようになって少し経った頃だった。
二宮は、わかりにくいけどわかりやすい、という妙な特徴を持っている。今思えば二宮が私に話しかけてきたり、さり気なく一緒に帰ったり、食事に誘ってきたのは全て私への好意によるものだったに違いない。なのに二宮の仏頂面や、真面目な会話の内容から、その時の私は二宮からの好意に全く気付かず、「二宮って意外と気さくなんだなぁ」なんて思っていた。しかしふとした瞬間に、「もしかして好かれているのでは?」という疑問がふってわいて、二宮の行動を意識して観察してみたところ、二宮は明らかに私への好意を示していた。それを犬飼に相談すると、奴は「気付くの遅すぎません?」とにんまり笑った。
付き合う寸前の関係まで進んでいた頃の二宮は、こっちの身が持たないくらい優しかった。今は優しくないというわけではないが、その時はわかりやすく優しかったのだ。
強風で乱れた私の髪をさり気なく直してくれた時なんかは最高にドキドキしたし、私の話に耳を傾けて口の端を上げる回数も多かった。二宮は滅多に笑わないので、友人から「あんたと一緒にいる時の二宮って表情あるよね」と言われたのはすごく嬉しかった。
二宮の告白はとてもシンプルにただ一言「好きです」だった。その日は私の誕生日で、以前から私が行きたがっていたオシャレなカフェの窓際の席を二宮が予約してくれていた。そういった経緯があって交際するに至ったのだが、それが二宮の口から出た最後の「好き」という言葉になるなんて去年の私は知らなかった。

正面で涼しい顔をしながらお酒を飲む二宮をじろりと睨み付けると、彼は一瞬だけ目をすがめて、特に何も言及することなく私から視線を外した。
今日は私の誕生日で、交際一年記念日だ。去年と同じカフェでお祝いをするつもりだったのだが、生憎店の定休日と二宮の任務が重なり、こうして私の家でささやかに祝う運びとなった。そのことに不満があるわけではない。お酒も食事もケーキも二宮が用意してくれたし、プレゼントだってもらった。プレゼントは私の好きなブランドの靴で、サイズもぴったり、デザインも色も私好みで完璧だ。私のことをちゃんと見ていてくれているんだなと実感する反面、私はただ一つの不満により、先ほどから二宮と攻防を続けている。

「ねえ、今日くらい言ってくれてもよくない?」
「何をだ」
「わっ、しらばっくれてる」

私は二宮に「好き」と言ってほしくて、先ほどから駄々をこねている。
お酒が入っていたとしても二宮が軽々しくそういう言葉を言わないタイプの人間だというのは重々承知。元々口数が多くない二宮が、私と付き合うために会話を頑張っていたのも、二宮の感情が言葉よりも態度の方に出やすいというのも全てわかった上で、私はもう一度二宮の「好き」という言葉が聞きたいのだ。

「今日私誕生日だよ?」
「知っている」
「そうじゃなくて!」

机の上を軽く叩くと、二宮はム、と眉をひそめた。

「私二宮から『好き』って言ってもらったこと一回しかありませーん。私は二週間に一回くらい言ってまーす」
「……酔ってますね」
「はい出た敬語! 面倒くさがってる時に必ず出る!」
「はあ……」

俯いた二宮の前髪がさらりと揺れる。思わず「かっこいい……」と呟くと、二宮は微妙な表情でグラスに口をつけた。
付き合ってしばらくして敬語が取れた二宮だが、ボーダーの人が周りにいる時と、私のことをあしらう時に敬語が出る。正直に言うと二宮の敬語は結構好きなので、わざと引き出す時もあるくらいだ。今も半分わざとだ。

「…………」
「え、おつまみ食べ始めたんですけどこの人……」
「…………」

私のお願いを無視して黙々とおつまみを食べ始めた二宮にツッコミを入れると、目だけを私に向けて軽く舌打ちをされた。
一見冷たくされているように見えるが、実は照れているだけだということを私は知っている。これが「わかりにくいけどわかりやすい」部分だ。しかも二宮も少し酔っているので、余計にわかりやすくて吹き出しそうになってしまった。

「二宮」
「何だ」
「好きだよ。いつもありがとう」

にこりと笑いながら言うと、もごもごと動いていた口がぴたりと止まった。そして何事もなかったように再び咀嚼を始めた二宮の耳が少しだけ赤くなったのを確認して、抱き締めたくなる気持ちをぐっと堪える。二宮は私よりも数段大人びているが、こういう時に年下彼氏のかわいさを実感してしまう。
やっぱり「好き」って言わせるのは無理か、と思いながらグラスを手に取ろうとした時、二宮が椅子から立ち上がった。その様子を目で追っていると、二宮が私の椅子の背もたれに手を置き、ぐっと体重をかけた。キスされるな、と思った瞬間、二宮の口を手で塞ぐ。

「何か言いたいことは?」

にっこりとわざとらしく微笑む。こんなことをしたら機嫌を損ねるかもしれないが、これが私の最後の手段だ。
二宮は私の手を引っぺがすと、小さく舌打ちをした。

「好きだ」

そして小さな声でそう言うと、その一言を揉み消すように強引なキスをしたのだった。

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