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暗がりの中で、白い煙が立ち昇る。その煙を隔てた先にいる二宮さんは、何を考えているのかわからない顔で肉を焼いている。肉から出た脂が炭火の上に落ち、じゅわじゅわと音を立てて蒸発する。ジンジャエールが入ったコップが結露し、たらりと水滴が流れる。
二宮さんと、二人焼肉。それも、私の誕生日に。
こんなことになってしまったのは、全て犬飼くんのせいである。
ボーダー内で偶然会った犬飼くんと話している時に、私が手に持っていた荷物が誕生日プレゼントであることを知られてしまったのだ。

「えっ、今日エリスさん誕生日なんだ。おめでとうございます。この後何か予定あるんですか?」
「友達とランチした時にお祝いしてもらったから夜は特にないよ。なに、祝ってくれるの?」
「あはは、おれでいいなら喜んで。でも、おれじゃない方がいいんじゃない?」
「どう言う意味……」
「またまた〜」

にやにやする犬飼くんをじろりと睨むと、「言っちゃっていいんですか?」と意地悪く言うので、「何を」と強がってしまった。

「おれじゃなくて、二宮さんがいいでしょ」

きゅう、と目を細めて犬飼くんが言う。犬飼くんは私が二宮さんに想いを寄せていることを知っている。私から相談したわけではないが、ある日突然言い当てられてしまった。犬飼くんは面白がっているだけだと思うが、時々こうしてアシスト紛いなことをしようとしてくるので心臓に悪い。

「犬飼くん、絶対にお節介はやめてよ」
「何でですか? 二宮さん、お祝いに焼肉連れてってくれますよ?」
「だからだよ! 二宮さんと二人で焼肉なんて、死んじゃう!」
「エリスさんって二宮さんのこと、好きなのか嫌いなのかわからないですよね」
「とにかく、誕生日ってことは秘密にしてね!」
「誰が誕生日だって?」
「だから私が……」
「あ、二宮さん。お疲れさまです」

気が付いた時には遅かった。犬飼くんの声ではない、もっとずっと低い声が会話に乱入してきて、振り返るとそこに二宮さんがいたのだ。さあっと血の気が引く。対して犬飼くんは必死に笑いを堪えている。
二宮さんがどこから話を聞いていたのかわからないが、結構やばいことを話していたので気が気じゃない。私が黙りこくっている間に、犬飼くんは二宮さんに私のことをぺらぺらと喋り始めた。

「エリスさん今日誕生日らしいですよ。今日この後予定もないらしくて。おれもお祝いしたいのは山々なんですけどちょっと用事あるんで、よかったら二宮さんご飯に連れて行ってあげてくださいよ。誕生日の夜に一人じゃつまんないですし。ね、エリスさん」

にこり、と犬飼くんが私に笑い掛ける。さっきはおれでよければ喜んでとか言っていたくせに、用事があるなんていけしゃあしゃあと嘘まで吐いた。絶対この状況を楽しんでいる。

「い、犬飼くん……? 二宮さんも忙しいんだからそんなこと言うもんじゃないと思うけどな。すみません二宮さん、忘れてください」
「俺は別に構わない。行くぞ」
「へ……?」

幻聴かと思ったが、二宮さんは手に持っていたコートを羽織ると、私を置いて廊下を一人進んで行く。困惑して立ち尽くしていると、歩みを止めた二宮さんが眉を寄せて「早く来い」と催促した。

「楽しんで来てくださいね」

この時の犬飼くんの顔を、私は一生忘れないと思う。

「焼けたぞ、さっさと食え」
「あ、ありがとうございます」

二宮さんはトングで私の方に肉を寄せると、自分の分の肉をタレに付けて食べ始めた。私も同じようにして肉を食べるが、緊張して味がよくわからない。
二宮さんは見掛けによらず、こうしたお祝い事をきちんとしてくれるタイプだというのは犬飼くんから聞いていたが、まさか肉まで焼いてくれるとは思ってもみなかった。年下だから私が焼きますと言ったのに、トングすら触らせてもらえなかったのだ。おまけに注文までしてくれた。ほとんど二宮さんセレクトだが。
それにしても、二宮さんと二人でご飯だなんて、一体何を話せばいいんだろう。二宮さんも口数が多い方ではないから、周りのテーブルの会話と肉が焼ける音がやけにうるさく聞こえる。
確かに私は二宮さんのことが好きだが、自分からぐいぐい行けるタイプではなく、影から見守るタイプだ。いきなりこんな状況の中に放り込まれて、うまく立ち回れるわけがなかった。だが沈黙し続けるのもつらいので、なんとか会話の糸口を探す。

「に、二宮さん。今日本当に大丈夫でしたか?」
「何がだ」
「急にご飯とか、その、二宮さんも忙しいですし。あっ、でも私はすごく嬉しいですし、ありがたいんですけど!」
「…………」
「(えっ、何この沈黙)」

まるで行きたくなかったみたいな口振りになってしまったので慌ててフォローしたが、二宮さんが黙り込んでしまった。二宮さんの整った顔立ちによる圧に、冬だというのに背中に汗がにじむ。すると二宮さんはトングを手に持ち、肉を数枚網に載せながらぼそっと言った。

「嫌いなのか」
「へ、肉ですか? 好きですけど」
「さっき話していただろうが」

噛み合わない会話に、二宮さんが舌打ちをする。さっきとは、一体何のことだろうと記憶を遡る。
『エリスさんって二宮さんのこと、好きなのか嫌いなのかわからないですよね』
犬飼くんのセリフが頭の中でリフレインする。二宮さんは、あの時の会話を聞いていたらしい。だとすると、『二宮さんと二人で焼肉なんて、死んじゃう!』辺りも聞かれていた可能性が高い。これはまずい。

「ちっ、違います誤解です! そういうのじゃなくて!」
「手を出すな」

慌てて誤解を解こうとして手をぶんぶん振っていたら怒られてしまった。二宮さんの表情からは相変わらず何も読み取れない。だが、二宮さんは私に嫌われているかもしれないと思ったのに、焼肉に連れて来てくれた。このまま勘違いされ続けるのも嫌なので、もう白状するしかない。

「本当に誤解です。二宮さんのこと嫌いとかじゃなくて、その、むしろ、と言いますか……。ええと、緊張しちゃうので無理、みたいな」

二宮さんはぺらりと肉をひっくり返しながら、私の話を聞いている。

「そう、緊張しちゃうんです、二宮さんと二人は。それを犬飼くんにからかわれてただけで。本当は誕生日に二宮さんとこうしてご飯食べてるなんて夢みたいというか、人生のボーナスステージ? 全部の運使っちゃった? みたいな。もう今後一生いいことないかもしれないし、明日雨降るかも」
「もうその辺にしろ」

はあ、と二宮さんがため息を吐いた。そこで私は初めて、自分が何を口走っているのかを理解した。炭火の熱気が私の顔に当たる。
喧騒と、肉が焼ける音。それを打ち破ったのは二宮さんだった。

「二四日は空けておけ」
「にじゅ……?」
「今度はエリス、おまえが店を選べ。行きたい場所があるなら早目に言え」

二四日って、何だっけ。十二月二四日。

「クリスマス!?」
「イヴだ」
「なっなっなっ、なんで……」
「嫌いじゃないんだろ?」

そう言った二宮さんは、どことなく笑っているように見えた。ジンジャエールの氷が溶けて、からんと音が鳴る。
今年の冬は、ゲレンデどころか私が溶けてしまうかもしれない。そんな予感がしている。


20211204

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