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「あーもう本当無理なんです。もうやんなっちゃいました。元々なかった自信が砕けました」

息をするように弱音と愚痴を交互に吐いていたら、隣を歩いていた諏訪さんが「お前なぁ……」と呆れた顔をした。
上司である諏訪さんと共に外回りをしていたのだが、自分でも訳の分からないミスをしてしまって、諏訪さんにフォローさせてしまう事件を起こしてしまった。担当者のお人柄と、諏訪さんの笑い話にしてしまうトーク力でその場はなんとか救われたが、思い出すだけで穴があったら入りたい。

「やっちまったモンはしょうがねえだろ。いつまでもクヨクヨすんな。次に繋げろ」
「それはわかってますけどー!」
「元気が取り柄だろお前は」

そう言って、諏訪さんは私の髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。「諏訪さんセクハラ!」「うっせ!」という会話をしつつ、そのちょっと雑な慰め方が今の私には嬉しい。しかしあまりにも雑すぎて、自分ではどうにもできないくらい髪がこんがらがっている。

「諏訪さん最悪です。髪どうしてくれるんですか。助けてください」
「セクハラになんだろ」
「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ!」

密度の濃いクモの巣のような視界の中から見上げると、ぐ、と逡巡した表情の諏訪さんが、おそるおそる私の髪をほぐし始めた。

「諏訪さんタバコくさ! 近づかないでください」
「なんなんだよお前は。ほらよ!」

べしっと私の頭を軽く叩いた諏訪さんは、やれやれ、とネクタイを緩めた。先程までピシッとしていた姿が嘘のように、スーツがくたくたになっていく。この姿の方が諏訪さんという感じがして、隣にいて落ち着く自分がいる。

「あ、悪りぃタバコ吸うわ」

コンビニを見つけた諏訪さんが、流れるような動作で胸ポケットに入れていたタバコを取り出した。進路を阻むように仁王立ちして、諏訪さんの足を止める。

「なんだよ」
「諏訪さんがタバコ吸う時、待ってる私の身にもなってください。暇なんですよ、すごく」
「はあ?」
「タバコ吸ってる間待っててあげるんで、アイス買ってください」
「がめつい奴……」

はあ、と目を細めた諏訪さんは、財布から小銭を出すと、二〇〇円を私の手に握らせてさっさと喫煙スペースに行ってしまった。私も素早くコンビニに入って、二〇〇円で買える一番高いアイスを物色する。今の気分に合ったアイスキャンディを掴んで、会計時には自分のポイントカードを忘れずに提示してやった。諏訪さんの言う通り、私はがめついのだ。
アイスの包装を破きながらコンビニを出ると、くたびれた姿で遠くを見ながらタバコを吸っている諏訪さんがいた。側から見ると非常にガラが悪いせいか、周りがそそくさと諏訪さんを避けている気がする。アイスにかじりついて近づき、風上に立つ。

「釣りは?」
「やっぱり返さないとダメですか?」
「……いい、やるよ」
「あざっす」

電線に止まる鳥の鳴き声と、車が走る音を聞きながら、私たちはタバコとアイスを小さくしていった。ぼんやりしながら腕時計を見ると、時刻は一六時半。ここから会社までは電車で一時間かかり、定時は一八時だ。たった三〇分のために、一時間かけて帰るだなんてばかばかしい。しかも会社より、ここから帰った方が家に近いので、さらにやる気がなくなってきてしまった。

「諏訪さぁん、帰りたいです……」

しゃぐ、とアイスを噛み砕きながら言うと、諏訪さんも腕時計を確認して、「あー」と気の抜けた返事をした。タバコを吸い終えた諏訪さんは、吸殻を汚い灰皿に落とす。

「うし、ミーティングすんぞ」
「えー。ミーティングって、私のミスを掘り返すんですか?」
「バカ、この時間のミーティングっつったらこれしかねえだろ?」

諏訪さんはにやりと笑うと、指を折り曲げて何かを飲むような動作をした。意味を理解した私は、途端に重力から解放された気分になって、棒にくっついていた残りのアイスを頬張り、ゴミ箱に勢いよく放り込んだ。

「ふわはん、はいほー!」
「食ってからにしろ」

口の中のアイスを全力で溶かしてから、「諏訪さん最高!」と言い直す。みんなが仕事をしている中、酒を飲んで直帰。しかも諏訪さんと。こんなに最高な日があっていいのだろうか。

「諏訪さんゴチです!」
「奢るなんて一言も言ってねえぞ」
「水産系にしましょう! 貝焼いて食いましょうよ!」
「バカ言え、肉だろここは!」

金出す奴が決めんだよ、と続けて言った諏訪さんの言葉で、また私は舞い上がってしまう。

「諏訪さんが上司でよかった!」
「他の奴にぜってぇ言うなよ」
「言うわけないじゃないですかあ」

だってこれは、今後社内恋愛に繋がるかもしれないデートですよ。とは言わずに、「人の金で食う肉は最高ですからね」と言うと、諏訪さんは呆れた顔で私の後頭部を軽く叩いた。

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