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紙とインクのにおいが篭った部屋は広い空間にも関わらず、物が嵩張り、ひどく狭い印象を受ける。机上に積まれたファイルは崩れ落ちそうで、隅に置かれたペン立てにはあるべき物が一本も立てられていない。空のマグカップには茶渋が浮かんでいて、長年使われていることがわかった。
そんな不動博士の研究室で、皮のソファーに座ったエリスは自分のことを全て話終え、にこりと微笑んで見せた。立ち上がったままの不動博士は長い前髪から覗く瞳を見開くと、力を抜くように苦笑し、使い慣れた椅子に座ると、興味深そうに彼女を見つめた。

「つまり、君は限り無く神に近い存在だと?」
「神に近いなんて、恐縮です」
「じゃあ何て現せばいいか、君のような、この世の出来事を見届けるために何千年も生きているような人間を」

不動博士は空のマグカップを持て余しながら、観測するようにエリスを見た。毛先の揺れすらも見落とさないような眼光はやはり研究者のものだ。いたたまれなくなったのか、エリスは視線を外して身動ぎ、考える素振りを見せた。

「まぁ、限り無く人間に近い何か、でしょう」
「人間ではないのか?」
「いえ、ちゃんと人間に必要なものは揃ってます。ただ、人よりも細胞が丈夫で、若い姿のまま衰えない特長があります」

エリスは十代後半から二十代前半といった、まだあどけなさを残している容姿をしている。

「ああ、それと・・・」
「それと?」
「私は私を産み落とします」

不可解な言葉に不動博士は眉をひそめた。彼女の言動は始まりから全てが不可解だったが、話を進めて行くとそれらは確信へ変わった。それは単に不動博士の世界が並みの人間以上に広かったせいでもあるが、流石にこの言葉の意味は人間の理解を超越している。

「それは、一体・・・」
「私も人間ですし、死にます。だから寿命が来る前に子孫を残します。その子供が私になります」
「要約してくれ」
「つまり、生まれて来た子供は私の記憶を受け継いで、成長すれば今の私と同じ容姿になります」
「重複期間はどうするんだ?」
「私が感じることは全て同じですし、子供は二年ほど無意識のようなものです。差し詰めインストール中、とでもいいましょうか」

淡々と語って来たエリスは、紙コップに注がれたコーヒーを全て飲み干した。直ぐ様不動博士が新しいコーヒーを注げば、エリスは小さく会釈する。

「インストール中に親の君が死んでしまったらどうする?」
「問題ないです。生きていればその期間中の情報は頭に残ってます」
「子が死んでしまったら?」
「それはまだ前例がないので・・・」

わからないです、そう言ったエリスは盛大な苦笑いを不動博士に向けた。年相応なその表情にほっと息をつき、自分のマグカップにコーヒーを注ぐ。

「不躾なことを聞くが、子を孕むということは、処女懐胎なのか?」
「まさか。一応人間ですよ」
「では・・・」
「まぁ、このことは追々」

はぐらかすような微笑をし、再び紙コップに口を付けたエリスは、「美味しいですね」と朗らかな表情をする。不動博士はフッと微笑んで、温くなったコーヒーを啜った。

「一番最初の君は誰が産んだんだ?」
「星の民の人間です。私を生むために産まれてきた哀れな両親でした」
「星の民・・・」
「私に興味が湧きましたか?」
「ああ、私は研究者だからね、その手の話に弱い」
「じゃあそんな私を見付けてしまった不動博士にお願いです。私を暫くここに置いてもらえますか?帰る場所がないのです」
「君は中々、やり方が上手いな」
「長く生きているので」

すまし顔のエリスを見て、呆れたように不動博士が眉を下げる。それから、「見解が纏まるまで勝手にいなくなるなよ」と冗談っぽく笑った。

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