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三門市立大学の学食のカレーは、何故かライスの上にフライドオニオンが標準でトッピングされている。
人を選ばないメニューであるカレーに、好みが分かれそうなフライドオニオンをわざわざかけているのを前々から不思議だなぁと思っていたが、対面に座る風間くんにとっては大した問題ではないようで、大盛りのカツカレーを口いっぱいに頬張っていた。私の奢りだからといって風間くんは遠慮など一切しない。だからこそ風間くんを誘ったので、気持ちのいい食べっぷりだと素直に関心する。しかし私は風間くんの食べっぷりなど正直どうでもよく、遠く離れた席に座る諏訪くんのグループに気を取られていた。
風間くんはカレーをごくりと飲み込み、水を一口飲むと、「それにしても」と言って諏訪くんの方を見遣った。

「おまえが心配するようなことはないと思うが」
「それはわかってるんだけど……」

諏訪くんを含めた五人のグループを薄目で見る私に呆れたのか、風間くんは「くだらんな」と言ってカツをスプーンで切り分けようとした。しかし上手く出来なかったようで、結局一切れを一口で食べてしまった。
現在諏訪くんは、グループワークの発表のために同じ班の人たちと打ち合わせをしながら昼食を食べている。本当にただそれだけなら何も心配しないのだが、問題はそのグループの中の一人の女の子だ。
今もちゃっかり諏訪くんの隣に陣取っている彼女のあの問題発言を聞かなければ、私だって見張り紛いなことなどしなかった。
はあ、とため息を吐くと、あっという間にカツカレーを食べ終えた風間くんが、やや呆れた表情で言った。

「確かに諏訪はモテないが、あれで浮つくような男じゃないのはおまえも知っているだろう」
「知ってるけど……。あっ、ほらあれ諏訪くんに一口ちょうだいって言ってない? え、やだ……」
「諏訪からおまえは嫉妬しないと聞いてたが、随分話と違うな」
「うう、すみません……」
「俺に謝ってどうする」

唸りながら諏訪くんと彼女のやり取りを遠く眺めて、私は泣きそうになっていた。
彼女と私は同期なだけで学部は違うため、話したことはない。だから相手がどんな性格の女の子なのかわからないし、彼氏がいるのかすら知らない。しかし唯一知っていることがある。それは、以前彼女が学食で友人と話していたセリフだ。

「モテない男子に気がある素振りして、告られたところでバッサリ振りたーい」

その時はすごいことを言うな、と思っていたのだが、私とは別次元に住んでいる子だからと気にしなかった。しかし彼女は別次元どころか、諏訪くんと同じ学部で、同じグループにいた。そしておそらく、彼女は諏訪くんに告白をさせてバッサリ振るために、わかりやすいくらいアピールをしている。椅子の位置もわざわざ近くに引き寄せていたし、必ず諏訪くんの隣に座る。そして諏訪くんを下から覗き込んだり、笑いながら腕に触れたり、自分に触らせようとしたりするのだ。
幸か不幸か、インパクトがあったので顔を覚えていた。だからこうして警戒しているが、知らないところで諏訪くんに近付かれていたかと思うとひやりとする。

「お願い諏訪くん靡かないで……!」
「見ろ、どう見ても靡いていない」
「本当? もう怖くて見たくない」
「だったらやめればいいだろう」
「でも知らないところで何かあるのも嫌……」
「はあ、諏訪のことになるとおまえは見苦しいな」

歯に衣着せぬ風間くんの物言いがグサリと刺さるが、本当のことなので何も言い返せない。
せめて諏訪くんの前ではいい彼女でいようと心がけているけど、実際の私はこんなものだ。諏訪くんが知らない女の子と話しているとモヤモヤするし、今みたいな状況は気が気じゃない。
自分が誰よりも諏訪くんのことが好きな自信はあるし、諏訪くんが私のことを好いてくれているのもわかる。だが嫉妬心というのは、日頃積み重ねた信頼すら簡単に揺るがしてしまうものだ。
ちらりと諏訪くんの方を見る。諏訪くんは結局彼女に一口あげたりせず、彼女から差し出された一口も断ったようだ。さり気なく距離を置いているのも見て取れる。
でもああいう子は、落とせると思っていた相手が自分の思い通りにならないと、ムキになって思わず本気になってしまったりするのではないだろうか。わからないけれど、なくはない。少女マンガで読んだ。

「わっ、諏訪くん……!」
「そんなに気になるなら牽制してきたらどうだ」
「そんな勇気ないし、諏訪くんに嫉妬してるって知られたくない。だからこうして風間くんを買収してまで見張ってるのに」
「俺は別に見張ってない」

食器を下げに風間くんが席を立つ。一人残された私は、自分を落ち着かせるために諏訪くんとの連絡のやり取りを見返す。素っ気なさは相変わらずだが、「なまえ」と書かれているのを見て、諏訪くんってちゃんと私のフルネームの字を把握しているんだな、なんて当たり前のことにニヤけそうになってしまった。
少しだけ気持ちが軽くなったので見張りを続行していると、風間くんが帰って来た。風間くんは椅子に座ると、諏訪くんではなく私の方をじっと見てきた。

「そういうおまえはどうなんだ?」
「何が? 諏訪くんのこと?」
「違う。東さんのことだ」
「え、何でそこで東さんが……」
「ほう、しらを切るつもりか?」
「えっ、待って。何か知ってる?」
「俺には人より耳がいい部下がいるからな」

しん、と私たちの周りの空気だけが静まり返る。どっどっどっ、と鼓動が悪い意味で速まる。まるで時限爆弾のようだ。

「…………このことは、どうか」
「皆まで言うな。他人に言うつもりはない」

風間くんが知っているということは、最低でも菊地原もこのことを知っているに違いない。出来れば当事者だけで終わらせたかった話だが、ボーダーという組織は本当に厄介だ。
風間くんの興味は完全に諏訪くんから私の話に移っていた。話したら東さんに申し訳ないと思うが、今まで一人で抱え込んでいた秘密をついに誰かに打ち明けられる日が来たことに、私は心のどこかで安堵していた。

「内部通話に切り替えませんか?」
「生身だぞ」

そうだった。人に聞かれるリスクは極力避けたかったが、生身なら仕方がない。私は意味もなく身を屈めると、声を潜めて事の顛末を話し始めた。

実は私は、諏訪くんと付き合う二ヶ月くらい前に、東さんから告白されている。
東さんと私は同じ学科で、時々講義の内容や課題について教わっていた。もちろんその頃から諏訪くんのことが好きだったので、諏訪くんに勘違いされるような行動はしていない。二人で会うのもボーダー内だけだったし、飲みに行く時は複数人だった。
東さんは私にとてもよくしてくれて、課題以外にもボーダーのことや私生活の相談などにも乗ってくれた。東さんは年長者だし、他の隊員にも平等に接していたので、まさか私に気があるなんてその時は全く気が付いていなかったのだ。

「名字は諏訪に告白しないのか?」
「へっ?」

それはボーダーのラウンジで課題を教えてもらっていた時のことだった。
打ち明けたこともないのに諏訪くんのことを好きだと言い当てられて動揺する私に、東さんは「見てればわかる」と笑った。東さんは戦闘だけじゃなくて、プライベートもお見通しか、なんて思ったものだ。
東さんは頬杖をついて私をじっと見た。私の心の内を探るような視線に、わけもなく緊張してしまう。

「もう随分前からだろ」
「そうですけど……。どうして急にそんなことを訊くんですか?」
「それはおまえのことを気に入ってるからだな」
「へ?」

うまく咀嚼出来ない言葉に、ぽかんと口を開ける。東さんは目を細めて微笑んで、私のことを見つめ続けた。
東さんってそんな風にからかう人だっただろうか。いや、そんなことはない。きっと本気で言っている。
みんなに慕われているから私も同じように東さん東さんと慕っていたけれど、東さんはただの面倒見のいいお兄さんではない。東さんも学生で、普通の男の人なんだ、というようなことを頭の中でぐるぐる考えた。しかしやはりどこか信じ難く、少しだけ疑ってしまう。

「あの、発破かけてるとかではなく……」
「そう取られても無理ないか」
「え、っと……」
「結構本気だぞ」

どっ、と心臓が跳ねた。みんなの東さんが、私に好意を抱いていたなんて。一体いつからそうだったのか見当もつかない。そんなこと知らなかったから、何も考えずにこうしてわざわざ時間を取ってもらって課題を教わっている。しかもコーヒーも奢ってもらっている。

「もし諏訪を諦めてるならどうだ?」
「あっ、わ、私……。私、願掛けしてるんです」

東さんは「願掛け?」と首を傾げた。私は「はい」と頷いて、膝に置いた拳をぎゅっと握り締める。

「今食べてるお米を全部食べ終わったら、諏訪くんに告白するっていう、願掛けっていうか、決意表明、みたいな」
「ああ、それで最近米屋たちが名字の手料理の話をしてたわけか」
「そうです。だから諏訪くんのことを諦めてるわけじゃなくて、は、弾みをつけてるんです……」
「なるほどな」

はは、と東さんは笑うと、コーヒーを一口飲んだ。つられて私もコーヒーに口を付ける。すっかり温くなってしまったコーヒーは、緊張のせいか何も味がしなかった。

「それなら仕方ない。突然悪かったな」
「いや、そんな。私なんかに恐縮です。全然気付いてなくてすみません」
「はは、本当に気付かなかったな。それじゃあ諏訪とのこと頑張れよ」
「う、頑張ります……」

東さんはにこりと笑うと、荷物を片付けて「それじゃ」と席を立った。一人残された私は、激しく脈打つ胸に手を当てて、深呼吸を繰り返していた。
この件があってから私は東さんに対して若干気まずい思いを抱えていたのだが、対して東さんは至って普通の態度で接してきた。そんな大人な対応をされたら気にしている方が失礼なのではと思うようになって、私も今では表面上は普通にしている。
しかし前に諏訪隊の作戦室で諏訪くんと東さんが一緒にいるところに行くのはヒヤヒヤした。それに、東さんがおそらくわざと私に話しかけてきた時、諏訪くんが「東さんはシャレになんねーんでやめてくださいよ……」なんてことを言うから、何か知っているのではないかと思ってさらに肝を冷やした。
結局諏訪くんは私たちの間にあったことを知らないようだったが、諏訪くんが東さんに対してそういう意識を持っているのは、さすがに勘が鋭過ぎる。

全てを話し終えると、風間くんは「ほう」と眉を上げた。どうして風間くん相手にこんな話をしているのだろう。風間くんは他人の恋愛ごとに興味なんてないくせに、こういう時だけ聞きたがるなんて意外とミーハーなのだろうか。しかしどこか胸がすっとしている自分もいて、すみません東さん、と心の中で謝る。

「大丈夫だと思うけど、他言無用でお願いします」
「ああ。カレーを奢らせる時の揺すりのネタとして使う」
「本気なのか冗談なのかわからない……」

微かに風間くんが笑ったので、きっと冗談なのだろう。わかりにくい人だ。諏訪くんと親しくなければ、風間くんと仲良くなるのに時間がかかっただろうなと思いながら、頬杖をついて諏訪くんたちの方を見る。
あっちも食事が終わったのか、食器を下げ始めた。これから本格的に打ち合わせでもするのかな、と思っていると、ふいに諏訪くんがこちらを見た。ばちっと目が合う。「あ?」という表情をしているので、確実にバレてしまった。なんとか笑顔を作ってひらひらと手を振る。
ここから向こうまでは常人では話し声が聞こえる距離ではないので、今までの会話は聞かれていないはずだがやはり気まずい。別に後ろめたいことではないけど、余計な心配をされたくないので出来れば黙っていたい。
そう考えて、諏訪くんも私と同じことを考えているのかもしれないと気付いた。
諏訪くんは私といる時、あの子に絡まれていることを全く悟らせなかった。こっちが勝手に気付いてやきもきしているだけだ。それなのに風間くんまで巻き込んでくだを巻いていた自分が恥ずかしい。
諏訪くんは食器を下げると、そのままグループの席には戻らずこちらに向かって来た。

「おめーら何してんだ?」
「え、普通にご飯だよ」
「諏訪が迫られているのが気が気でないと言うから見張りに付き合ってやっていた」
「風間くん!」
「ンだよそれ」
「ちがっ、違くないけど」

なんで言っちゃうの、と風間くんを睨み付けると、ふんと鼻で笑った風間くんは、「俺はもう行く」と言い残して学食を後にした。

「あー、別に何もねーから安心しろ」

がしがしと後頭部を掻いた諏訪くんは、私の隣の席にどっかりと腰を下ろすと、気まずそうに、しかしどこか嬉しそうな顔をした。

「にしても、おめーも嫉妬すんだな」
「するよ、普通に……」

知られたくなかっただけ、と付け足す。火照った頬に手のひらで風を送っていると、諏訪くんが立ち上がった。そして上から押さえ付けられるように撫でられる。

「今日何限までだ?」
「この後一コマ空いて四限まで」
「じゃあ待ってっから終わったら連絡しろ。メシ食いに行こうぜ」
「う、うん」

そんな話をしていると、「諏訪ぁ、話し合い進めるよー」と例の子が諏訪くんを迎えに来た。そして私を見て一瞬目を見開いた後、少し萎えたような表情になる。どうやら私たちの関係を察したようだった。

「じゃあ後でな、なまえ」

にや、と諏訪くんが口の端を上げて笑って、グループがいる方へ向かって行った。ダルそうに歩く後ろ姿を凝視する。
私のためなのか、あの子に聞かせたかったのかわからないが、今のは絶対にわざと私の名前を呼んだ。名前呼びだけで、私が特別な相手だということを知らしめた。ドキドキして、ぎゅうっと胸の前で手を握る。
諏訪くんには敵わない。さっきまであんなに不安だったのに、私の胸からは一切の不安や嫉妬がなくなっていた。


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