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小ネギを小口切りにして、続けて手作り惣菜コーナーにあった市販の焼き豚を細かく刻む。いつもならこの前にレタスを切るところだけど、今日のレシピには使わない。
チャーハンに使用する油はサラダ油派とごま油派で分かれるが、私はどちらかというとごま油派だ。しかし今日はあえてサラダ油を選択する。熱した油に小ネギ、焼き豚、チューブタイプの生姜を入れて炒めていく。軽く炒め終わったら、温かいご飯と溶き卵を入れ、更に炒める。卵が固まってきたら、各種調味料を入れて、混ぜ合わせる。これを四つに分けて、ラップに包んでしっかりと握れば、チャーハンおにぎりの完成だ。
自分の夕食を昨日の残り物で済ませ、そろそろ行くかとスマホを手に取ると、諏訪くんから連絡が来ていた。「着いたら勝手に入って来ていいぞ」という文面に続き、「待ってる」とメッセージが書かれている。ときめきと同時に、緊張が襲ってくる。私は無駄に前髪を直し、よしと気合を入れて「今から行きます!」と元気よく返信した。忘れ物がないかを確認して、ボーダーへと向かう。
今日は夜勤の防衛任務が入っている。今夜の任務は自分の隊ではなく混成部隊のため、基地に着いたら改めて誰と一緒になるのか、シフトを確認しなければならない。
今まではあまり混成部隊での任務をしてこなかったが、もう少しお金を稼ぎたいな、という欲が出てきたので、最近のシフトは少し多めだ。私は特別な力を持った強い人間ではないと自負しているので、ボーナスの類いは期待出来ない。なので、こうした地道な活動の方が向いていたりする。
任務の時間よりも早く家を出たのは、諏訪隊の作戦室で麻雀会が開かれているからだ。メンバーはいつも通り冬島さん、東さん、太刀川くんが来ているらしい。どうやら徹夜覚悟の麻雀らしく、諏訪くんは昨日コンビニでエナジードリンクを買い込んでいた。その気合の入り方に笑ってしまったが、男の子特有の遊び方だな、と思う。夜勤が終わった頃には、全員疲れ果ててボロボロになっていたりするのだろうか。東さんのボロボロな姿はかなりレアなので、少しだけ見てみたい。
私は麻雀はおろか、ドンジャラすらやったことがない人間なので、混ざりに行くわけではない。ボーダーに行く予定があるからと、差し入れの約束をしたのだった。しかしこれには一つだけ問題がある。それは麻雀メンバーが、私と諏訪くんが付き合っていることを知っている、ということだ。
諏訪くんと付き合い始めてから、ボーダーの人間の前で諏訪くんの彼女として振る舞うのは今回が初めてになる。ボーダー内で私と諏訪くんの関係を知っている人はじわじわと増えてきたけど、組織の中で恋人の雰囲気を出すわけにもいかない。以前そういったことで問題があったらしく、あまり良く思われていないというのもあるが、単純に恥ずかしいという気持ちが強い。それに、周りに気を遣わせるのはお互いに本意ではない。そのため、私たちは特別意識しているわけではないが、ボーダー内では付き合う以前と何ら変わらない接し方をしていた。
しかし諏訪くんは、このメンバーには私と付き合っていることを話している。そして彼らは任務ではなく、オフの日にボーダーに集まっているだけなので、懸念している部分は気にしなくていいと言われてしまった。差し入れをすると言い出したのは私だが、改めて彼女としてあのメンバーが一堂に会する場所に行くのは、なんとなく勇気がいる。
諏訪くんはどうやら、私と付き合っていることを隠したいわけではなく、風間くんに付き合っていることを知られたくなかったらしい。だからあの飲み会の日に、私と堤くんに口止めをしたそうだ。酔っ払っていて気がつかなかったが、あの時木崎くんと寺島くんにはバレたらしいので、時々諏訪くんとのことを聞かれるようになってしまった。
諏訪くんと風間くんは仲が良いんだか、悪いんだかわからない。よく連んでいるくせに、「あいつはうっとうしい」と言ったり、付き合っていることを隠したりする。男の子の友情は謎だ。

諏訪隊の作戦室の扉を前に、深く深呼吸する。何食わぬ顔をして入ってもいいのだろうが、やっぱり緊張はしてしまう。それに迅くんではないが、冬島さんと太刀川くんにからかわれる未来が視える。からかわれても構わないけど、私が諏訪くんに対してデレデレしている様を、そこまで深い交流がない人に見られるのは、かなり恥ずかしい。諏訪くんがどこまで話しているのかわからないから尚更だ。さすがに迫ったことは話していないと願いたい。私はもう一度深呼吸し、意を決して一歩を踏み出した。

「お邪魔します」

おずおずと作戦室に入ると、部屋に入って左手にある麻雀卓を囲むように、右から時計回りに東さん、諏訪くん、太刀川くん、冬島さんが座っていた。諏訪くんの後頭部の先で冬島さんと目が合ったので、ぺこりと頭を下げる。すると冬島さんは、麻雀牌を伏せ、にやりと笑った。

「諏訪、嫁が来たぜ」
「なっ……」

一瞬何を言われたのかわからなかったが、脳内で冬島さんの言葉がリフレインする。

「な、なっ、なっ、嫁っ!?」

だんだんと音声がしっかりとした言葉の形を帯びてきて、つい叫んでしまった。そんな私に特別驚くわけでもなく、挨拶をされる。

「うーす。早かったな」
「お疲れさまです。マジで名字さんって諏訪さんの彼女なんだな」
「名字、お疲れ」

顔を真っ赤にして動揺している私が目に入っているはずなのに、何故スルーされているのだろう。もちろん冗談だというのは重々承知しているが、彼女どころか嫁呼ばわりされるとは思っていなかったため、心臓がばくばくする。もしかして聞き間違いだったのだろうか。「嫁」じゃなくて、何か別の言葉だったのかもしれない。頭の片隅でそんなわけないと思いながら、あえてそう思い込む。そうでもしないと、まともに諏訪くんの顔を見られない。
みんなは麻雀牌をぱたりと伏せ、各々タバコを吸ったり、飲み物を飲んだりし始めた。私のせいで麻雀を中断させてしまって申し訳ない。差し入れを渡したらすぐに出るつもりだったので、慌てて諏訪くんの隣に駆け寄る。

「こ、こんばんわ。お疲れさまです」
「おー」

どぎまぎしながら話し掛けたところ、諏訪くんにどこか素っ気ない返事をされてしまった。いつもならこの後に軽い雑談が入るけど、諏訪くんは返事をしてすぐにタバコを吸い始めた。その違和感のせいで冷静になってきた私は、まじまじと諏訪くんを観察する。
本人は何でもない顔をしているけど、もしかしたら諏訪くんは、この状況に照れているのではないだろうか。その証拠に、目が合わない。諏訪くんは照れていると、必ずと言っていいほどこちらを見ないのですぐにわかる。
東さんはいつも通りの穏やかな表情だが、冬島さんと太刀川くんは、にやにやしやがら諏訪くんのことを見ていた。それでも諏訪くんは我関せずといった顔をして、怠そうにタバコの煙を吐いている。
正直に言うと、こういう態度を取られるのは想定内だった。自分の中の諏訪くんの行動が的中したことに、ニヤけたい気持ちを堪えて紙袋を渡す。

「これ差し入れ」
「おう」

諏訪くんは紙袋をひょいと持ち上げると、麻雀牌を避けて卓の端に中身を出していった。

「麻雀っていったら中華かなって思って、チャーハンおにぎり作ってきたよ。よかったら食べてください」
「っかー手作りか。ありがとな名字ちゃん」
「いえいえ、お口に合えばいいですけど」

卓に置かれたチャーハンおにぎりを一つずつ回してもらう。その間に、諏訪くんがもう一つの差し入れを取り出した。

「あと小さいカップ麺のセットがあったから、それもどうぞ。ケトルないかもと思って、うちの隊室から持ってきた。よかったら使って」

これはここに来る前、コンビニで見掛けて買ったものだ。麻雀をしているから片手で食べられるようおにぎりにしたのだが、炊飯器の関係上、一人一つしか作れなかったので、物足りなかった時用にと思って購入した。

「ワリィな」
「好きでやってることだから気にしないで」
「はあー」

すると突然、冬島さんがわざとらしくため息を吐いた。ケトルをソファーの横に置きながら、諏訪くんの対面に座っている冬島さんを見遣る。冬島さんは足を組むと、悩ましげにこめかみに手を当てた。ドッグタグのようなネックレスが揺れる。

「諏訪ァ、さっきから黙って聞いてりゃなんだよその態度は」
「んだよおっさん」
「俺は前々から諏訪に言ってたよな。ボーダーで嫁にすんなら名字ちゃんだって」
「へっ?」
「それをこいつ、掻っ攫っていったどころか、いけしゃあしゃあと報告してきてよ。それだけならまだしも、手作りの差し入れもらってその態度はねぇだろ、なあ?」
「……冬島さん、もしかして酔ってますか?」
「ここに来る前に引っ掛けてきたみたいですよ」

チャーハンおにぎりを頬張りながら太刀川くんが言う。咀嚼し、「美味いなこれ」と笑ってくれたので、「あ、ありがとう……」と返した。

「名字ちゃん、諏訪じゃなくて俺にしとけ。苦労させねぇからよ」
「人の女口説いてんじゃねーよ」
「ひえっ」
「お前に名字ちゃんは勿体ねーのよ」
「おっさん、もしかして親に結婚の心配でもされてんのか?」
「おいやめろ」
「はっはー、いい歳だもんなぁ?」
「こいつ……!」

人の、女。私、諏訪くんの女なんだ。いや、そうだけど。そうなんだけど。身体が燃えるように熱い。でも独占欲を出してくれたことがこんなにも嬉しいだなんて思っていなかった。諏訪くんと冬島さんの言い合いを聞きながらぼーっとしていると、手前に座っていた東さんが声を掛けてきた。

「名字、差し入れありがとう。ちょうど小腹が空いたところだったから助かる」
「い、いえ。よかったです」
「前々から名字の飯は美味いって評判だったからな。味わっていただくよ」
「わあ、誰が言ってるんですかそれ。嬉しいですけど」
「おい諏訪、東も口説いてるぞ。いいのか?」
「東さんはシャレになんねーんでやめてくださいよ……」
「はは、うかうかしてらんねーな」

私の話をしているのに置いてけぼりを食らっているが、この際どうでもよかった。それよりも諏訪くんが私のことを話している姿が嬉しいし、いじられているのが居た堪れない。むず痒い気持ちのまま立ち竦んでいると、チャーハンおにぎりを食べ終えた太刀川くんが言った。

「まーでも諏訪さんに彼女が出来たんじゃないかってのは結構噂になってたからな」
「ぁん、噂?」
「たまに諏訪さんの髪からいい匂いするよなって」

諏訪くんが吹き出す。その匂いの正体は明らかに私のシャンプーだ。お泊りの翌日を示唆する言葉に、諏訪くんは額を押さえた。

「おい太刀川、そういうことは思ってても本人に言うんじゃねーよ」
「はは、すみません」
「ふふっ」
「名字も笑ってんな」
「ふっ、ごめん。ふふっ」
「あー、くそっ」

諏訪くんに小突かれるが、笑いが止まらない。私が使っているシャンプーは花系の甘い匂いがする。諏訪くんの髪からその匂いがしていたと思うと、似合わなさすぎておかしいし、それに気づかれていたという事実がツボに入ってしまった。初めに気がついたのは誰なんだろう。やっぱり諏訪隊の子だろうか。次に諏訪くんが家に来た時に、自分用のシャンプーを買って来るような気がして、また私は吹き出してしまった。

「ったく。名字、そろそろ任務だろ」

苦い顔をしたまま、諏訪くんが席を立つ。どうやら外まで送ってくれるらしい。

「ん、ふふっ。そうだった。そろそろ行きますね」
「もし諏訪に愛想尽かしたらいつでも面倒見るぜ〜」
「おいおっさん」
「私が諏訪くんに愛想尽かすのはないですよ。逆に愛想尽かされちゃうかも」

へらりと笑って言うと、諏訪くんは「おめーなぁ……」と顔をしかめた。

「おお、諏訪さん愛されてる」
「よかったな諏訪。名字、何かあったら頼ってくれ」
「ありがとうございます。それじゃあおやすみなさい」

ぺこりと頭を下げ、作戦室を後にする。
夜のボーダーは静かで、作戦室があるこの階は特に人の気配がない。靴の鳴る音を聞きながら、諏訪くんをじっと見つめる。
嫁。諏訪くんはあの言葉を聞いた時、何て思ったんだろう。

「あ? んだよ」

そういう未来を、少しでも想像してくれたりしただろうか。まだ付き合って半年も経っていないから、不用意に考えたりはしないかもしれない。

「おい、何か言え……」

正直に言うと、私は諏訪くんと同棲したいし、なんなら結婚だってしたい。諏訪くんが私の家に出入りすることにようやく慣れてきたところなので、まだ早いというのはわかっているけど、願望くらいは心の中に秘めていても許されるだろう。

「あー、クソ……。わーったよ」

絶対にないとは思うが、例えば諏訪くんに借金があったとしても、一緒に返していきたいと思うくらいには、私は諏訪くんのことが好きだ。
そんなことを考えていると、ぐんと手を引かれて、自動販売機の物陰に連れて来られた。壁に背中を押しつけられ、何だろうと思っていると、私の顔の横に手をついた諏訪くんの顔が近づいて、唇を押しつけられた。タバコの匂いに混ざって、私のシャンプーの匂いが鼻先を掠める。

「これで満足か?」
「……へ?」

少し顔を赤くした諏訪くんが、首の後ろに手を当てて気まずそうに目を逸らした。心臓が一気に暴れ出して、思わず口元を押さえる。

「諏訪くん! なに、なにっ!?」
「おめーがして欲しそうな顔で見てくっから……」
「なっ、そんなこと思ってないよ! 私はただ、嫁って言われて諏訪くんはどう思ったのかなって!」
「は……はあー!? おまっ、紛らわしいんだよ!」
「諏訪くん! さすがにだめだよ! こんなとこ誰かに見られたら」
「名字の言う通りだな、諏訪」
「ひっ」

横から諏訪くん以外の声がして、驚いて見ると、そこには隊服姿の風間くんが無表情のまま立っていた。諏訪くんは飛び退くと、「か、風間ァ……」とどんどん顔色を悪くしていった。
風間くんは静かに呆れた表情をして、腕を組んで諏訪くんをじろりと睨みつけた。

「俺だったからよかったものの、他の隊員だったらどうするつもりだ。後輩にも示しがつかない」
「ぐっ……」
「名字もそろそろ任務の時間だろう」
「はい……」
「諏訪は場所を弁えろ。名字、行くぞ。今日は俺と合同だ」
「はい……。じゃ、じゃあね諏訪くん……」

つかつかと進んでいく風間くんの後について行きながら振り返ると、諏訪くんは壁に手をついて項垂れていた。かろうじて私の声は聞こえたのか、反対の手を力なく挙げてくれた。
付き合っていることを知られたくないと言っていた風間くんに、よりによってボーダー内でキスしているところを見られてしまって、諏訪くんの感情は今頃ぐちゃぐちゃになっているだろう。諏訪くんに外でキスをされたのは、飲み会の後と今日の二回だけだ。日頃弁えているからこそ、今回のことは堪えているに違いない。
勘違いをさせて申し訳なかったと思いつつ、まさか諏訪くんに壁ドンされる日が来るとは思わなかったので、のぼせて倒れそうだ。一人だったら確実にはしゃぎ回っていただろうが、風間くんの前なので、なんとかじっとしていられる。

「名字、口元がだらしないぞ。任務までになんとかしろ」
「ごっ、ごめんなさい……」
「はあ。諏訪とはうまくやってるようだな」

まるで付き合っているのを知っているかのような口振りだ。いや、しかし太刀川くんが噂があると言っていたから、風間くんも誰かから聞いていた可能性がある。

「お陰さまで……」
「あれが壁ドンというやつか?」
「わあ! 風間くん、言わないで……」

ふふ、と風間くんが意地悪く微笑む。風間くんも壁ドンとか知っているんだなと思いつつ、変な汗が止まらなくなってしまい、ぱたぱたと手で仰ぐが何の意味もなかった。私に対してもこんな風にいじるのだから、諏訪くんは次に風間くんに会った時は相当覚悟した方がいい。
こんな気持ちのまま戦えるだろうか。ボーダー内の恋愛がよくない理由がよくわかった。私は浮き立つ気持ちと羞恥心をなんとか鎮めるために、「トリガーオン」と呟いた。


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