×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


朝起きて、まず諏訪くんに連絡をするようになった。おはようの挨拶と、その日の予定を確認するためだ。諏訪くんは決して連絡がマメなタイプではない。既読をつけてから返事が返ってくるタイミングもまちまちだし、単語だけで返ってくることもある。長くなりそうな時はすぐ電話が掛かってきて、やり取りを楽しむというよりは、物事をスムーズに決定させる連絡の取り方をする。スタンプなんてほぼ使ってこない。
それを友人に話したところ、寂しくないの、と言われた。恋人らしい、イチャイチャしたやり取りをしたくないのかという意味だ。それを言われた私は、はて、と首を傾げてしまった。だって、大好きな諏訪くんとほぼ毎日連絡を取っているのだ。寂しいはずがない。むしろこんな幸せでバチが当たらないかとさえ思う。付き合う前はメッセージを送るのに、これでもかというほど悩んだし、結局送れないこともあった。それが今、「今日は家に来る?」なんてすんなりと送ってしまえるのだから、私も中々成長している。
夢にまで見た諏訪くんとの彼氏彼女の関係は今のところ良好で、目立った喧嘩もしていない。私が諏訪くんを好きすぎるあまり、よく呆れさせているけど、そんな私のペースに合わせてくれるので、さらに好きになってしまった。ふとした諏訪くんの気遣いに気がつくたび、死ぬほど付き合いたいと思うが、その都度「そういえば付き合ってるんだ……」と思い返したり、自分の家に諏訪くんの私物が置かれているのを見るたび、にやにやしてしまうのはそろそろやめたい。
大学に行く準備をしていると、スマホが一瞬振動した。手を止めてすぐに確認すると、やはり諏訪くんからで、「保留」と返事がきていた。
諏訪くんは今日、確か講義が五限までで、同じものを風間くんも取っていると言っていた。もしかしたら、その流れで二人で飲みに行くのかもしれない。私は四限までだし、諏訪くんと被る講義はないので、顔を見ることはなさそうだ。残念な気もするが、そういうことだって今後いくらでもある。防衛任務もないので、久しぶりにゆっくり過ごそうと決めて、「了解」と返信した。

本日の講義を全て終え、夕飯の買い出しのためにスーパーに向かう。昨日冷蔵庫の余り物を全て片づけたので、買うものはたくさんありそうだ。
諏訪くんにエコバッグのことを言われてから、肉のパックが偏らずに入る、マチが広いものを買い足したので、持てる範囲でなら色んなものが買える。別に家庭的だとか思われたくて、エコバッグを増やしたわけではない。いや、嘘だ。本当は少し、ううん、かなり言われたいかもしれない。
今日の特売は何だったか、と思い出しながらスーパーまで歩いていると、向かいから見慣れた三人組が歩いて来るのが見えた。向こうも私に気がついたようで、大きく手を振っている。

「なまえちゃん先輩!」

笑顔で駆けて来た緑川が、私に飛びついて来た。よろけつつ受け止める。

「緑川、危ねーだろ。名字さん大丈夫ですか?」
「大丈夫。出水と米屋も偶然だね。学校帰り?」
「そうなんすよ。さっき緑川ともそこで会って、これからランク戦しよーぜって。なまえさんもどう?」
「いや、私は夕飯の買い物あるから」

そこに、とスーパーを指差すと、米屋は飲んでいたパックジュースを飲み切り、「そういや」と私を見た。

「なまえさんのメシ最近食ってねーな。このところ誘ってくんねーじゃん」
「あ、確かに」
「名字さん最近忙しいんすか?」

例の米を消費するために、この三人には非常にお世話になった。もしかすると私が諏訪くんと付き合えたのは、この三人のお陰かもしれない。諏訪くんと無事に付き合ってからはタイミングの問題もあったが、そういう機会を設けていなかった。

「よかったら今日食べていく? あ、でもランク戦するんだっけ」
「やり〜。ランク戦また明日にしようぜ」
「なまえちゃん先輩、オレ今日タコライスっていうの食べてみたい。米屋先輩が前に言ってたやつ。オレ食べてないんだよね」

何の気なしに言った言葉だが、三人はあっという間に乗り気になり、私を置いてスーパーに吸い込まれていった。一気に弟が三人出来たみたいだと思いながら私も後に続き、カートにカゴを二つ積む。

「あ、今日材料費オレら持ちでいいんで」
「そんな悪いよ」
「いやいや、作ってくれるんだから当然です。前にご馳走になったし」

出水はそう言って、私の手からカートを奪うと、ふらふらしている米屋と緑川に「いいよな?」と声を掛けた。二人も当たり前のように頷く。年下にお金を出してもらうのは悪い気もするが、よくよく考えるとこの三人は私よりも稼いでいる、と思ってしまうのは浅ましいだろうか。しかしこう言ってくれているのだから、無理に断るのも悪い気がする。

「じゃあ今日はお言葉に甘えちゃおうかな。出水ってしっかりしてるね」
「そうすか? あー、母さんと姉ちゃんが色々うるさいんで、そのせいかもな」
「仲良いんだ」
「どうかなー」

カートを押してくれる辺り、出水の家庭内の立場が何となく想像がつく。「ありがとう」と言うと、出水は少し照れて「いやいや」と首を振った。並んで歩く私と出水の少し前を歩いていた米屋が振り返る。

「そういやなまえさん、買い物って今日の分だけじゃねーっしょ。必要なもの入れていっすよ」
「いやそれは流石に……」
「いーって。それにこんなに荷物持ちいるんだぜ?」

にやりと笑って、米屋は手近にあったリンゴの袋をどさりとカートに入れた。リンゴは特に必要なものではないが、一人暮らしだと果物を買う習慣がないので、久しく食べていない。

「じゃあこれも」

出水が三門みかんをカートに入れる。そういえば以前、出水はみかんが好きだと言っていた気がする。本人たちが買うと言うのだから、今日は甘えてしまおう。リンゴは食後に剥いて出してあげれば、腐らせる前に食べ切れるだろう。
自宅には野菜もほとんどないので、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、キャベツ等、使用頻度が高いものをカゴに入れていき、タコライスに必要なレタス、トマトを入れていく。その途中で、普段なら絶対に買わないロマネスコを「なんだこりゃ、おもしれー」と言いながら米屋がカゴに入れたのを皮切りに、緑川と出水も、私が必要でないものを選び始めてしまった。

「なまえちゃん先輩とり肉使うよね!」

特売でも割引でもないもも肉を入れる緑川。

「豚肉っていくらあってもいいって言ってたな。違いがわかんねーけど、高い方が美味いってことか?」

国産のブランド豚の薄切りをニパック入れる出水。

「やべー! オレ初めて肉屋っぽいやつの肉買ったわ」

スーパーの中に入っている肉屋で、ショーケースに入った量り売りの肉を興奮気味に持ってきた米屋。
これは何のご褒美なのだろうか。お金を一切気にせず、自由に買い物をする彼らを遠目に、ひっそりと心の中で合掌する。まだ実家暮らしで、買い物し慣れていない彼らは遊び感覚なのだろうが、今週の夕飯はかなり豪華なことになりそうだ。本来の目的である挽き肉とチーズを手に取り、いっぱいになったカゴにそっと載せる。
ふと時間が気になりスマホを取り出すと、ホーム画面に一件の通知がきていた。タップすると諏訪くんからのメッセージで、そこには「今日行くわ」と書かれていた。
一瞬周りの音が聞こえなくなって、さっと血の気が引く。講義が終わってからスマホを開いていなかったので気がつかなかったが、このメッセージは一時間も前に届いていた。

「肉だけじゃなくて魚もいります?」
「なまえちゃん先輩、すごそうなトイレットペーパー見つけた!」
「なまえさん家の洗剤ってどれ? オレん家これ」

カゴ二つでは足りなかったため、新しいカートを押してきた三人が、実に楽しそうな表情で思い思いの品を手に集ってくる。大変なことになってしまった。

「ごめん、ちょっと待っててくれる?」

カートを預け、邪魔にならない場所で諏訪くんに電話を掛けるが、電波が悪いところにいるか、電源が入っていないという無機質な女性の声がして連絡がつかない。慌ててメッセージを送ったが、慌てすぎて「きょ後輩たちがクルカラムリカモ」と誤字だらけのメッセージを送ってしまった。
このままでは、三人と諏訪くんが私の家で鉢合わせしてしまう。しかし今更、あんなに楽しそうな彼らに「今日やっぱりダメだった」なんてとてもじゃないが言えないし、あの量の商品を戻すのも大変だ。
諏訪くんとは連絡がつかないが、先日合カギを渡してしまったので、カギを掛けても私の部屋に入って来てしまうし、ドアガードで締め出すのも気が引ける。そして諏訪くんは以前飲み会の前に、「めんどくせーから他のやつに言うなよ」と私たちの関係を言いふらしたくない素振りを見せた。堤くんにまで口封じをさせたのだから相当だ。そのため、おそらく一緒にいるであろう風間くんに連絡することも出来ない。絶体絶命とは、このことだ。

「名字さん、どうかしました?」
「えっ、あっ、いや。大丈夫、かな?」

心配そうに寄って来た出水に、あはは、と力なく笑い掛ける。不思議そうな顔で「ならいいけど」と言う出水に、大丈夫大丈夫と、自分に言い聞かせるために呟いた。

さて、本当にどうしよう。四人で両手いっぱいの荷物を抱えて自宅に戻り、冷凍する肉などを仕分けている間、三人にはリビングでくつろいでもらうことになった。この間に、諏訪くんが来てしまった時の言い訳を考えまくる。とりあえず諏訪くんに事情を説明したメッセージを追加で送ったけど、電源が入っていないということは、おそらく充電が切れていると見ていい。
私は付き合っていると公言してもいいが、諏訪くんがああ言うのだから、付き合っていないけど、家に遊びに来る間柄というアピールをするべきだろうか。何も知らない諏訪くんが来た時に、上手く誤魔化せて、なおかつ事情を察してもらえるようなセリフを考えなくては。告白時のお米作戦だって何ヶ月も練ったものなのに、こんな短時間で頭が回らない。私は戦術を考えるのが大の苦手だ。
ちらりとリビングを見ると、三人は机に宿題を広げていた。何もわかっていなさそうな米屋と緑川に、出水が呆れている。このメンバーの中に諏訪くん、どう考えても不自然だ。もういっそ、風間くんと木崎くんを呼ぼうか。いや、ただでさえ三合炊きの炊飯器では足りないので、土鍋でも米を炊こうとしているのだ。これ以上人数が増えたら手に負えないし、部屋に入りきらない。
今まであまり意識したことがなかったが、諏訪くんはこの部屋に入って来る時、何て言うだろうか。ただいまって言ってしまったりして。それはそれでニヤけるほど嬉しいが、この状況ではまずい。ああ、もう本当に頭が回らない。とにかく、私は夕飯を作るしかない。
帰宅して一番に準備した土鍋ご飯を火に掛け、野菜を洗う。炊飯器は既にセットしてあるので、いい頃合いに炊き上がるはずだ。ロマネスコの扱いに困りながらレシピ検索をしてサラダを作る。次にタコライス用の野菜類を切っていた時、今までリビングにいた緑川が近寄って来た。

「宿題終わった?」
「まあね。なんか手伝うことある?」

なんていい子なんだ、こんな弟がほしかった。お礼を言ってレタスを切るようにお願いすると、「最近家庭科の授業で調理実習したんだけど」と楽しそうに話してきた。調理実習だなんて懐かしい響きに心温まりながら、みじん切りした玉ねぎとにんにくを香りが立つまで炒め、タコミートを作るために挽き肉を炒める。諏訪くんの分も用意しているので、五人前の挽き肉を炒めるのは中々大変だ。じゃっじゃっとほぐしながら炒めていた時、玄関のドアが開く音がした。ぎくりと心臓が跳ねる。

「名字、ワリィけど充電器貸してくん……あ?」
「あれっ、諏訪さんじゃん」

諏訪くんが開口一番に言ったのは、なんと充電器のことだった。そしておそらく、玄関先の靴を見て言葉を止めたのだろう。レタスを切っていた緑川が、廊下を覗いて驚いている。おそらく、諏訪くんも。火を扱っているためこの場から動けない。どうしたもんかと手を動かしながら、額に浮かんだ汗を拭う。緑川に招かれるようにしてリビングに入ってきた諏訪くんは、目線で「どういうことだ」と訴えていた。私はもう、苦笑いだ。

「え、諏訪さん。どうしたんすか?」
「諏訪さんもなまえさんのメシ食いに来たんすか?」

宿題をしていた出水と米屋が顔を上げて諏訪くんを見る。

「そう、さっきやり取りしてて! 諏訪くんもよかったら来たらって! ね?」
「は、おめー、」

ジリリリ、と諏訪くんの言葉を遮ったのは、土鍋ご飯のタイマーだ。デザイン重視で買ったものの、あまりにもうるさい海外製のそれ。土鍋ご飯が失敗すると大変なことになるため、すかさず火を止めると、諏訪くんは心底呆れたような表情で、小さく「わーったよ」と呟いた。

「おめーら、そろそろ机片せ。んで拭け」
「うっす」
「名字、充電器借りるわ」
「ど、どうぞ」

出水と米屋が片づけている間に、迷いなく私の充電器の場所を探し当てる諏訪くん。私は手が離せないため、向こうでどんな会話が繰り広げられるのかわからないが、おそらく状況を察して話を合わせてくれるだろう。諏訪くんが聡い人間で助かったし、三人とも深くは突っ込んでこないからよかった。ばくばくとうるさい心臓を落ち着かせて、料理に戻る。

「なまえちゃん先輩」
「うん?」
「…………。レタスこんな感じでいいの?」
「うん、うまいね。次はトマトお願いしてもいい?」
「オッケー」

笑い掛けると、緑川は得意げな顔になって、ボウルにレタスを移動させた。

それからの私は、かなり必死だったと思う。とにかく会話の雲行きを管理しなければならないと、いつも以上に喋ったし、あれがないこれがないに対応した。諏訪くんもたくさん食べるけど、三人は育ち盛りなだけあって物足りなさそうにしていたので、買ってもらった肉を追加で焼いた。その間、四人はボーダーで話しているのと何ら変わらない様子で会話をしていて、ここは本当に私の家なのだろうかと思ったくらいだ。
デザートの果物まで綺麗に平らげた四人を見る。やはりこの顔並びは異常で、心臓に悪い。彼らは一体どんな心境で過ごしているのだろう。諏訪くんは珍しく一回もタバコに行っていないし、かなり気を遣ってくれている。外も大分暗くなっており、中高生を遅くまで滞在させるのは親御さんに悪い。

「そろそろ帰らなくて大丈夫?」
「ああ、もうこんな時間かー」
「長く居座るのも悪いしそろそろ帰ります。洗い物とか投げっぱでアレですけど」
「いやいや、色々買ってくれたから。ありがとうね」
「ごちそうさま〜」

荷物をまとめて立ち上がった三人を、私と諏訪くんで見送る。あれ、これでいいのか、と思ったのも束の間、靴を履いた三人はにっこりと笑い、声を揃えて言った。

「じゃ、お幸せに!」

ひらひらと手を振って、三人はドアの向こうへと消えた。へ、と間抜けな声が出る。

「やっと帰ったぜ、あのガキども」
「え、えっと……。あれ?」
「あいつらとっくに気づいてたぞ」

お疲れさん、と私の頭に手を置いて、諏訪くんがリビングに戻る。呆気に取られた私はしばらくその場から動くことが出来なかったが、次第に複雑な感情が波のように押し寄せてきた。

「待って、諏訪くん! 気づかれてたって、いつ、本当に?」

タバコを咥えてベランダに出ようとする諏訪くんの腕にしがみつく。諏訪くんは何でもないような顔で「ああ」と短く言い、私を連れてベランダに出た。何てことだ、と慌てる私を他所に、諏訪くんはタバコに火をつけると、ふっと短く煙を吐き出した。

「お前がメシ作ってる時に言われた」
「え、え……」
「なのに必死になって隠そうとすっから、こちとら笑い堪えんのに必死だったぜ」

にやりと意地悪く口角を上げた諏訪くんの言葉で、顔が真っ赤になっていくのがわかった。

「待って、緑川も?」
「おー」
「じゃあ、私がバレないように必死に色々してたの、バカだなーって見てたの……?」
「そこまで思ってねーよ」

くつくつと喉を鳴らして笑う諏訪くんのせいで、いよいよ羞恥心が最高潮に達した。この場にいられなくなり、部屋に逃げ込もうとした私を「おっと」と捕まえて、諏訪くんがタバコを持つ手を上にやる。

「やだもう、離して! むり、何で言ってくれないの!?」
「ワリィワリィ」
「そうやってみんなして、一人で勝手に焦ってる私を見て笑ってたんだ!」
「だから、悪かったって。暴れんな!」

タバコを持っていない方の腕でがっちりと私の頭を閉じ込めた諏訪くんは、それはそれは楽しそうに笑っている。私は初めて諏訪くんに対して怒りのようなものが込み上げてきて、その衝動に身を任せ、軽くスネに蹴りを喰らわせた。

「いって! おまっ!」

まさか蹴られるとは思っていなかったのだろう。ひどく動揺した諏訪くんは、私を捕らえていた腕を緩めた。その一瞬をついて諏訪くんから逃げ出し、部屋に戻る。腹の虫がおさまらず、衝動的にベランダのカギを掛けると、諏訪くんは呆気に取られて、また一人で爆笑し始めた。悔しくて、カーテンを閉めてしまおうと思ったが、さすがに何かあると嫌なので、窓越しに諏訪くんを睨みつける。
諏訪くんは相変わらずにやにやしながら呑気にタバコを吸っている。私はベランダに背中を向けて、その場に座り込んだ。恥ずかしくて爆発しそうだ。諏訪くんだけじゃなくて、あの三人にも同じように見られていたのだと思うと尚更。次に会った時、一体どんな顔をすればいいのだろう。
ちらりと後ろを見遣ると、諏訪くんは二本目のタバコを吸っていた。閉め出されて焦るかと思っていたが、全く気にしていないらしい。諏訪くんは、私の背中を見ながら何を考えているのだろうか。こんな風に諏訪くんに対して振る舞ったことがないので、嫌われていないか不安だ。軽くとはいえ、暴力を振るったことも謝らないといけない。
しばらくすると、コンコンと窓をノックされた。大人しくカギを開けて、諏訪くんを迎え入れる。

「気が済んだかよ」
「済みました。ごめんね……」
「おう、気にすんな」

くしゃりと頭を撫でられて、タバコの匂いが鼻先を掠めた。諏訪くんは灰皿を定位置に置くと、ベランダを施錠してカーテンを閉めた。その動作一つ一つを目で追いながら、改めて好きだな、と感じる。

「本当に、子どもみたいで恥ずかしい……」
「だから気にすんなって。拗ねてるお前新鮮で可愛……」

はた、と諏訪くんが口を噤んだ。え、と諏訪くんの顔を覗き込むと、バツが悪そうに「んでもねーよ」とそっぽを向かれた。
おそらく今、諏訪くんに初めて可愛いって言われた。普段そんなこと、絶対言わないのに。

「え、え。諏訪くん、何て言った?」
「あーっ! うるせ!」
「聞きたい、ねえ。ちゃんと言って?」
「ぜってー言わねー……」

纏わりつく私を手で払い除けながら、諏訪くんがソファーに座る。その隣に腰掛けて、諏訪くんをじっと見つめた。居心地が悪そうな諏訪くんは、私を視界に入れないようにテレビに夢中なフリをしている。どうしよう、嬉しくて抱き締めたい。今日くらいは大胆になってもいいだろうか。

「諏訪くん、好き!」
「へえへえ、あんがとよ」

ぎゅっと腰回りに抱きつくと、諏訪くんは未だテレビに視線をやったまま、私の頭をぽんぽんと叩いた。胸が優しく締めつけられる。付き合う前に頭を撫でられたいと夢にまで見ていたけど、今日だけで何回してもらったのだろうか。幸せすぎてどこかへ飛んで行ってしまいそうだが、そうならないように、諏訪くんに抱きつく力を少しだけ強めた。

しばらくゆっくりした後に、諏訪くんが皿を洗うと言ってキッチンへ向かった。鍋やフライパンはコンロにそのまま置いてあるが、普段の倍以上ある洗い物は流し台を埋め尽くしていて、少し手間取っているようだ。おそらく皿だけで水切りカゴいっぱいになってしまうだろうと思い、私もキッチンへ向かう。

「座ってろ」
「ううん、お皿いっぱいあって大変だから手伝うよ。諏訪くんが洗ったやつを私が拭くから」
「ワリィな」

一度に全てを洗えないため、まず上の方にある皿を洗い、濯いだものを手渡される。私はそれを乾いた布巾で拭いて、傍にどんどん積み上げていく。二人でキッチンに並んで作業をするのは初めてで、なんだか緊張してしまう。アパートを選ぶ時に、自炊をしたかったのでそれなりにキッチンが広い物件を選んだが、それはあくまで一人暮らしを想定しているので、二人並ぶとやはり狭い。だからこそ、こうして諏訪くんを身近に感じて、私の家に諏訪くんがいるということを実感出来る。

「作んの大変だっただろ」
「んー、大変じゃなかったって言えば嘘になるけど、全部食べてもらえたから作ってよかった」

そう言うと、諏訪くんは私を見て微笑し、手元に視線を移した。それからはほとんど無言で作業をして、普段よりも時間が掛かったが全ての洗い物を片づけた。二人でリビングに戻り、ソファーに座る。
子どもみたいに拗ねた私を、可愛いと言ってくれた諏訪くん。初めて可愛いって言ってもらえて、本当に嬉しかった。普段からそう思ってくれているのかはわからないが、少なからずそう思う瞬間があるということを知れたのは収穫だ。

「なに見てんだよ」

見つめすぎたのか、居心地が悪そうに諏訪くんが顔をしかめた。ニヤけるのを我慢して平静を装うが、すぐに見破られる。諏訪くんは逃げるように立ち上がり、机に置いていたタバコの箱を取ろうとした。シャツの裾を軽く引っ張って引き止める。

「んだよ……」

目を細める諏訪くんを見上げる。こういうことを言う瞬間は、いつだってどきどきしてしまう。

「今日、泊まっていく?」

諏訪くんの片眉が上がる。私の顔はおそらく真っ赤になっているだろう。目が合って慌てて逸らすと、諏訪くんはくっと笑った。

「今日は泊まんねぇ」
「あ、そっか……。明日任務だっけ?」
「夜勤」

なら泊まってもいいのにと思ったが、諏訪くんにだって用事があるので、これ以上は何も言えない。泊まるという行為に夜の誘いを含めたつもりだったので、変な汗をかいてしまった。
諏訪くんと初めて身体を重ねた時は、恥ずかしかったがそれ以上に嬉しかった。諏訪くんは常に私を気遣ってくれたし、諏訪くんの体温や、息遣いをすぐ側で感じてとても満たされた。
一回目をとても焦らしてしまったせいか、二回目の行為はすぐだった。その時も心臓は壊れそうなほどに早鐘を打っていたが、私が口癖のように言っている「爆発」などしないと最初に証明してしまったので、多少強引だったが押し倒されて行為に及んだ。それから何回か営みを繰り返しているが、緊張は常にしている。しかし今日はもう帰ってしまいそうな雰囲気なので、私の勇気は一人相撲だったようだ。
すると諏訪くんはにやりと笑って、ソファーに腰を落とした。今日は諏訪くんの意地悪な顔をよく見る。気まずくなってソファーの端に寄ると、諏訪くんはその分距離を詰めてきた。

「どうした名字」
「な、なんでもないよ。諏訪くん、近い……」
「じゃあ離れっか?」
「意地悪……」
「言いてーことあんならさっさと言っちまわねーと、マジで帰んぞ?」
「うう……」

さっきの仕返しとばかりに追い詰めてくる諏訪くんは実に楽しそうだ。そして、意地悪をされているのに、きゅんとしている自分がいるのは何故だろう。
もしかして、私はそういう性癖があるのだろうか。それとも、諏訪くんだからだろうか。
頭の中で色んな言葉がぐるぐると回る。どの言葉が一番口に出しやすくて、なおかつ意図が伝わるだろう。ここぞという時の語彙力には全く自信がない。告白だってまともに出来なかったのだから、諏訪くんもそれをわかっているはずだ。なんとか言葉を捻り出して、おそるおそる口に出す。

「ベッド、行かない?」
「行って何すんだ?」
「えっ」

逸らしたばかりの視線を諏訪くんに向ける。相変わらずにやにやしているが、その中に欲情が混じっているのが見て取れた。身体の中心からぞわぞわしたものが広がってきて、息が上がってくる。諏訪くんは私を閉じ込めるようにソファーの肘置きに手をつき、逃げ場をなくした。顔を見られたくなくて、口元を拳で隠す。

「す、諏訪くん……」
「ん?」

羞恥心で泣きそうだ。でも私がどうしたいのか言わないと、ここから先に進めそうにない。まだ触られてもいないのに身体に熱がこもって歯痒い。私はぼんやりした頭で、何を言うつもりなのかわからないまま口を開いた。

「えっちしよ……?」

すごく直接的なことを口走ってしまった、と思った時にはもう遅かった。諏訪くんから表情が消えたと思った瞬間、引き寄せられて抱き締められる。どきどきしている暇もなく口内を諏訪くんの舌に荒らされ、服の上から胸を揉みしだかれた。呼吸の合間に溢れる嬌声は、本当に私の声なのだろうかと思うほどに甲高い。いやらしい女だと思われたくないのに、私の手はいつの間にか諏訪くんの硬くなったものをさすり上げていて、早く諏訪くんの全部で羞恥心ごとめちゃくちゃにされたくて仕方がなかった。
上顎を舌で突かれるのが気持ち良くて、ぞくぞくと肌が粟立つ。捲し立てるように舌を吸われ、離れたと思ったら唇を食べるように包まれて、口の周りは唾液で濡れてしまった。
ソファーに押し倒されて、服をたくし上げられる。そのままブラジャーも外されて、胸がまろび出た。直接揉まれて、指先で乳首を弄られる。押し潰されたり、弾かれたりするたびに腰がうねる。普段の労わるような手つきとは程遠い、貪るような愛撫が興奮を煽って、言葉が勝手に出てきてしまう。

「んっ、諏訪くんっ、きもちいい、あっ」

諏訪くんが私の胸を食む。指とはまた違う、ぬるぬるしている舌が私の硬くなった乳首の周りをなぞり、時々頂きをかすめた。

「あっ!」

軽く噛まれて、大きな声が出てしまった。慌てて口を塞ごうとしたら、諏訪くんが私の手首を掴んだ。

「声我慢すんな」
「やっ、すわくんっ!」

掴まれた手首を頭の上で固定され、脇を舐め上げられる。されるがままびくびくしていると、諏訪くんは私の服を脱がしに掛かった。今日の服はボタンが多いので自分で外す。私に跨った諏訪くんは、ベルトを緩めてシャツを脱ぎ捨てた。何も纏っていない上半身を重ねて、キスをする。
今日の私は少し変だ。諏訪くんの下着の中に手を忍ばせて、諏訪くんの硬くなったそれを手のひらで包む。諏訪くんはぴくりと反応して、舌の動きを止めた。

「諏訪くん、舐めてもいい?」

酔ってもいないのに、こんなことを言える自分がいるなんて知らなかった。諏訪くんの喉仏が上下する。すると諏訪くんは私のボトムスと下着に手を掛けた。私がしてあげたいのに何故脱がされてしまうのだろうと思っていると、身を起こした諏訪くんが自身のボトムスを脱ぎ、私を引き寄せて言った。

「名字、上乗れ」

言葉の意味を理解して、思わず唾を飲み込む。

「こ、ここじゃ狭いよ……」
「じゃあ向こう行くぞ」

手を引かれて寝室に向かう。靴下だけの私に対して、下着を履いている諏訪くんはずるい。リビングから寝室は離れていないが、こうした気まずさだけは一生慣れない気がする。だから最初にベッドに行きたかったのに、と思いながら、諏訪くんの刈り上げを見つめる。
寝室の電気をつけようとした諏訪くんをスイッチから離れさせて、ベッドに座ってもらう。私の身体はもう隅々まで知られているが、それでも明るいところで晒すのは未だに抵抗がある。
靴下だけ履いているのが嫌だったので、私もベッドに腰を落として脱ごうとすると、諏訪くんが無言で私の足を取った。手際良く両足の靴下を抜き取られる。

「あっ!」

膝の裏を持ち上げられて、内腿を諏訪くんの舌が這った。そのまま付け根に到達するが、鼠蹊部で止まる。もどかしさのあまり足の間から諏訪くんを見ると、少し笑って腕を引かれた。短いキスをしてから、諏訪くんの下着に手を掛ける。全て脱がせて、諏訪くんのものを両手で優しく握る。先端に透明な液体が溜まっていたので、舌先ですくい取った。亀頭全体に口づけて、裏筋に舌を這わせる。全体を唾液で濡らし、先端を唇で咥える。舌を動かしながら諏訪くんを見ると、眉間にシワを寄せて険しい顔をしていた。気持ちが良い時にする表情だ。嬉しくて必死に奉仕していると、諏訪くんの手が私の頭を撫でた。きゅう、と胸が甘く締めつけられる。

「名字」

諏訪くんに上を向かされる。おそらく体勢を変えろという合図だ。口を離すとやはりそうだったようで、諏訪くんが寝転んだ。躊躇いながらお尻を諏訪くんの顔の方へ向けて跨る。諏訪くんのものを口に含めようとした瞬間、諏訪くんの腕が私の足の付け根に巻きついて、強制的に腰を落とされてしまった。

「ひぅっ」

諏訪くんの指が私の秘部を開いた。すでに相当濡れてしまっているであろう部分を軽く撫でられ、子宮が収縮する。私も諏訪くんのものを口に沈めて、ゆっくりと上下させる。諏訪くんの乱れた呼吸が私の秘部に掛かり、それがまた私を興奮させた。

「ふっ、んっ、ん!」

陰核を舐められて、身体がびくりと跳ねた。待ち望んでいた快感なのに、逃げ出したい衝動に駆られる。無意識のうちに腰を上げてしまったが、巻きついたままの腕で強引に戻される。またしつこく舐られて、諏訪くんのものを咥えたまま喘いでしまう。

「はぅ、ふ、っ、あんっ」

指をナカに捻じ込まれて、口を離してしまった。再び奉仕しようとしたが、陰核をいじられながら抜き差しされてしまい、それどころではない。

「あ、はあっ、んん、あっ」

気持ち良いのにイけない絶妙な触り方をされて、私は四つん這いの体勢を取れなくなってしまった。横に倒れて呼吸を整える。諏訪くんはそんな私を仰向けにして足を開かせ、焦らすように割れ目を優しく撫でた。どのタイミングで陰核を撫でられたり、指を入れられるのかがわからないので、対応が全て後手に回る。
想像以上に乱れている自覚はあるが、あまりの快感で正気に戻れない。それどころか、早くイきたくて仕方がない。普段なら挿れる前に一度イかせてくれるのに、今日の諏訪くんはそのつもりがないらしい。ゆっくり触られているのに、ずっと気持ち良くておかしくなってしまいそうだ。

「諏訪くん、あ、やだあ……」
「ん?」
「ふ、ん、んん……」

濡れた親指で陰核の表面をこすられ、言葉を紡げなくなってしまった。肩で息をする私を、諏訪くんはじっと見ている。耐えられずに両手で顔を隠す。

「んあっ!」

諏訪くんの二本の指が、膣内をぐちゃぐちゃと掻き回した。肩が跳ね、顔から手が離れてしまう。指の動きはすぐに止まってしまって、代わりに上側の部分を圧迫するように押された。意識的に長く息を吐き、シーツを握る。

「すわくんっ、もうイきたい、おねがっ、ひっ」

指が引き抜かれる。どうしたらイかせてもらえるのかわからない。はあはあと浅い呼吸を繰り返してなんとか上半身だけ起こし、私の秘部を触っている手を離れさせた。諏訪くんの勃ち上がった陰茎に手を添える。

「こうたろうくん、いれてっ……」

涙の膜が歪んで諏訪くんの表情がよく見えない。気がついた時には背中がシーツに触れていて、諏訪くんの先端が私の濡れたそこに宛てがわれていた。挿入されるのを待ち構えていたが、諏訪くんは「クッソ」と小さく呟いて枕元の避妊具の箱に手を伸ばした。

「ちょっと待ってろ」

諏訪くんが素早く避妊具を装着する。包装をゴミ箱に入れる余裕なく、ベッドの上に放置したまま諏訪くんが体勢を整える。密着させるために腰を諏訪くんの方に引きずられて、期待通りに一気に奥まで挿入された。諏訪くんは上体を起こしたまま激しく腰を前後に動かした。

「はっ、名字、おめーは、いつもいつも。あんま煽んな。んっ」
「あっ、んぁ、だって、今日意地悪っ」
「うっせ」
「あっ! あっあっ、あっイくっ」
「っ、ん」
「諏訪くん、やっ、あ、好きっ、あっんん!」

私が一番感じるところを激しく突かれて、頭が真っ白になり呼吸が止まった。全身に力が入って、下半身が痙攣する。数秒経ち、なんとか息を吐き出してぐったりとベッドに沈み込んだ。諏訪くんは余韻に震える私の膝に手を置いて、口角を上げた。

「今日すげーな」

どこか嬉しそうに言う諏訪くん。息を整えながら、その目を見つめる。

「だって、嬉しくて……」
「あ?」
「諏訪くんに可愛いって言ってもらえて、嬉しかったから……」
「……可愛いだろ、おめーは」
「すわ、っんぁっ!」

諏訪くんが私の両膝を肩の近くまで持ち上げた。私に覆い被さって、上下に腰を打ちつけるようにして動かれる。余韻が残っていたのと、また可愛いと言ってもらえたことで、私の理性がどんどんなくなっていく。諏訪くんの身体にしがみつきながら、肩口にちゅうっと吸いつく。汗ばんだ肌に舌を這わせれば、諏訪くんは私の耳をべろりと舐めた。気持ち良すぎてもうわけがわからない。

「あんま締めんな、イっちまう」
「いいよっ、諏訪くんっ」
「っ、よくねぇよ」

律動が止まったかと思えば、抜かれて四つん這いの体勢を取らされた。お尻を掴まれて、ゆっくりと馴染ませるように挿れられ、一番奥に到達した時には唸り声のようなものが出てしまった。

「息吐け」

言われた通りに息を吐く。バックは恥ずかしいし、諏訪くんの顔が見えないのであまり好きではない。でも諏訪くんは好きなようで、高確率で要求される。
ぱんぱんと身体がぶつかる音と、くちゃくちゃと鳴る水音。ふいに撫でるように腰を両手で掴まれ、その手にぞくぞくして背中をしならせると、諏訪くんの動きが一層速くなった。背中に倒れてきた諏訪くんが私の耳に噛みつき、片胸を鷲掴みにされる。ぎゅう、と膣が締まったのが自分でわかった。熱い舌が耳の縁を滑り、諏訪くんが息を吸い込むたびに濡れた耳が冷える。忘我するほどの快感だった。

「なまえ」
「あっ」

耳元で諏訪くんの声がして、ぶるりと震えた。自分でもわからないうちに、どうやら私はイッてしまったらしい。乱れた呼吸を整えるために蹲る。諏訪くんはそんな私の背中を押し、ベッドにうつ伏せで寝転ばせた。身体の背面全てに諏訪くんの体温を感じ、手首をベッドに縫いつけられる。

「うぅっ、んっ、はあ、はあ、あっ」
「なまえっ」
「すわく、っ、きもちくてつらいっ、あぅ、んっ」

手首を握る手に力がこもる。つらいと言っているのに、諏訪くんの動きはどんどん速くなって、耳元で荒い呼吸が聞こえた。

「イく」
「やっ、あっ、諏訪くんっ、顔見たい、っあ」
「っ、はあ、はっ……」

私の要求は通らず、諏訪くんは私を背後から抱いて吐精した。息が詰まって苦しかったが、肩で息をする諏訪くんにそんなことは言えないので、腕の中でじっと耐える。やがて諏訪くんの呼吸に落ち着きが戻り、ゆっくりと身体が解放された。

「諏訪くん……」
「あ?」

胡座をかいて後処理をしている諏訪くんはすっかりいつもの表情に戻っていて、切り替えの早さに私だけ取り残される。本当は終わった後もくっついたりしていたいのに、諏訪くんは行為が終わるとすぐタバコに行ってしまうことが多いので少し寂しい。そもそも今日はタバコに行こうとしたところを引き止めてしまったので、すぐ行ってしまうかな、と思っていたら、「名字、ワリィ……」と諏訪くんが言った。

「タバコ……?」
「いや、シーツやっちまったっぽい」

どういうことだろう、と思って身を起こし、手探りでシーツを触ると、一部分がぐっしょりと濡れていた。引き掛かっていた熱がぶわっと顔に集まってくる。諏訪くんがベッドを下りて電気をつけた。明るさに目が眩む。薄目を開けて見ると、シーツにうっすらシミがついているのがわかった。

「あ……」

確実に汗ではないそれ。見た目以上に濡れているので、このまま寝るのは憚られる。いつの間にこんなことになってしまったのだろう。おそらく諏訪くんは気づいていたはずなのに、あえて何も言わないでくれたらしい。新しいシーツを出さなければ。
冷静になってきたせいで、私が口走った言葉や行動が蘇ってきた。どうしよう、絶対に淫乱だって思われた。

「あー、なんだ、あんま落ち込むな」

諏訪くんが気を遣って私の頭を撫でた。おそらくシーツのことでへこんでいると思われているが、訂正するのも恥ずかしいのでこくりと頷く。羞恥で泣きそうな顔を見られたくない。すると、諏訪くんがベッドの下に落ちていた避妊具の箱を拾い上げて、その中に入っていた一つを切り取った。え、と思っている間に、新しいものが装着される。

「す、諏訪くん……?」
「ここまできたらもう一回も二回も変わんねぇだろ」

後頭部に片手を添えられたと思ったら、優しく押し倒されてしまった。

「待って、えっ、するの……?」
「おー、ヤんぞ」
「やっ、電気、待っ」
「待てねぇ」
「あっ」

すんなりと挿入され、諏訪くんが私の顔の横に手をついた。確かに諏訪くんの顔が見たいと言ったが、そういう問題ではない。それに、もう体力がほとんど残っていないし、煌々と電気がついている。

「やだ、諏訪くん、もうむりだよ、んっ」

ゆらりと諏訪くんの腰が動く。諏訪くんはいつの間にか興奮を取り戻していて、瞳がギラついていた。下から寄せ集めるように胸を持ち上げられ、乳首をきゅっと摘まれる。身を捩ると、「逃げんな」と片足を持ち上げられて、諏訪くんの肩に掛けられてしまった。諏訪くんはもう片方の私の足の上に跨り、探るように腰を入れる。
ふるふると首を振るが、諏訪くんは険しい表情のまま抱えていた私の足を撫で、ゆっくりと腰を動かした。目を開けていられないほどの快感に襲われる。諏訪くんの手が私の手に重なり、それを必死に繋いで与えられる快感に耐える。

「すわくっ、すわくんっ」

たんたんと一定のリズムで奥まで突かれて、あっという間に絶頂を迎えた。それなのに諏訪くんは動きを止めてくれず、混乱したまま連続でイッてしまう。
どれくらいそうしていたのかも、何が起きているのかもわからなくて、諏訪くんが果てたことにも気がつかなかった。それくらいにめちゃくちゃになっていた。

「名字、大丈夫か?」

汗で張りついた髪を掻き上げられただけなのに、びくりと身体が震えた。諏訪くんは面食らった顔をしたあと、目を細めて下唇を突き出す。

「ワリ……」

私は何も言えずに、びくびくしながら呼吸をすることしか出来なかった。今なら諏訪くんに何をされても全て快感に変わってしまいそうだ。

「今日やっぱ泊まるわ。そんな名字置いて帰れねー」

こくりと頷けば、諏訪くんも「ん」と頷いた。

「水飲むか?」

口の中がカラカラだったので頷くと、諏訪くんは下着を履いて寝室を出て行った。すぐに帰って来て、水が入ったコップを差し出されるが、うまく身体が動かせない。見兼ねた諏訪くんは、水を一度自分の口に含めると、私の後頭部を支えながら口移しで私に飲ませた。諏訪くんの口内で温くなった水が、ゆっくりと口の中に入ってくる。諏訪くんがこんなことしてくれるなんて、と思ったが、そうでもしないとダメなくらい、諏訪くんから見た私はぐったりしているのだろう。
やりすぎたと思っているのか、諏訪くんは焦った様子で甲斐甲斐しく私の世話を焼こうとする。その姿がなんだか愛おしくて、ふふ、と笑ってしまった。

「諏訪くん、優しいね」
「こういうのは優しいって言わねーよ……」

諏訪くんは居た堪れなさそうに首の後ろに手を当てて、大袈裟なため息を吐いた。
もう少し体力が回復したら、シーツを変えてお風呂に入りたい。そう伝えれば、全て諏訪くんが準備してくれるのだろう。今までそういうことをやらせるのは悪いと思っていたが、今日くらいは甘えてもいいだろうか。

「諏訪くん、湯船浸かりたいな……」

控え目に言うと、諏訪くんはすんなりと「待ってろ」と私の頭を一撫でして、寝室を出て行った。遠くでシャワーの音がするので、バスタブを洗ってくれているのだろう。ベッドで横になりながらその音を聞いていると、瞼が重くなってきてしまった。このまま寝てしまったら、きっと諏訪くんは私を起こさない。私は眠らないように、少しだけ身を起こして、諏訪くんがお風呂を洗う音をじっと聞いていた。


back