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この五キロのお米を食べ終わったら、諏訪くんに告白する。そう決めてから数ヶ月が経ってしまった。そもそも、朝ご飯は基本食べない、昼は麺派の一人暮らしの女が五キロの米を一ヶ月やそこらで消費出来るわけがないのだ。わかっていたつもりだが、こうしている間に諏訪くんに彼女が出来たらどうしよう、私の決意が揺らいだらどうしようなどと焦り始めて、隙あらば後輩たちに夕飯を振る舞った。おかげでようやく米櫃の底が見え始めて、私のこの数ヶ月の間に練りまくった作戦を実行することになったのだ。

喫煙所に一人でいる諏訪くんを見掛けて、私は深く深呼吸する。今日の作戦が失敗したら、再び米を五キロ食べるか、この方法を諦めるしかない。諏訪くんの明日の予定などはすでにリサーチ済みで、タバコを吸い終わったら帰るか、ラウンジに行くか悩んでいるだろうことも知っている。周りをキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認。何気ない足取りで諏訪くんに近づく。

「諏訪くん、ちょうどいいところに」
「おー名字、どうした」

我ながら白々しいな、と思いながら手を振ると、諏訪くんは私に気を遣ってか、タバコを灰皿に押しつけた。緊張で声が震えそうになる。

「ちょっとお願いがあって」
「お願い? 何だよ」
「実はうちの米がもうなくなるんだけど、重いし他にも買いたいものがあるから、運ぶの手伝ってほしいなぁって。お礼に今日の夕飯作るから、ね?」
「パシリかよ」

はは、と諏訪くんが笑いながら歩き出した。ということは、作戦が成功したんじゃないだろうか。内心踊り出したい気持ちをぐっと抑えて、諏訪くんの後について行く。諏訪くんは私の家を知っているので、その途中にあるスーパーに寄りたいというのもなんとなくわかっているのだろう。
歩速が少し速い諏訪くんについて行きながら、たわいもない話をする。さっきから鼓動が激しすぎて、耳の裏の脈まで感じ始めた。すると先行していた諏訪くんが振り返り、私の顔を見て驚いた顔をした。

「どうした、息切れてんぞ」
「あ、え? あ、諏訪くん、歩くの速くて……」
「言えよ!」

本当は緊張からの動悸息切れなのだが、咄嗟に吐いた嘘を信じて歩く速度を私に合わせてくれた。諏訪くんは盛大にため息を吐いて、呆れ顔で言う。

「おめーはほんとそういうとこあるよな」
「面目ない」
「つーか、米も今時通販とかあんだろ? そっちのが楽じゃねーか」
「いやぁ、いつもはそうなんだけど、最近後輩たちにご飯をご馳走してたら、急になくなっちゃって、びっくり」

いきなり核心をつかれて、あらかじめ用意していた言い訳を並べる。こういう時に限って勘がいい。私の気持ちには微塵も気がつかないくせに。

諏訪くんはモテない。自己申告なので本当かどうかはわからないけど、今のところ大学でも女の子の影はない。今時珍しいヤンキーみたいな風貌だし、好きなものはビール、タバコ、麻雀と、いかにも男くさいところがいまいち乙女心をくすぐらないのだろう。諏訪くんの人柄を知らないと真顔が不機嫌そうに見えるのもモテない理由かもしれない。でも基本女の子には優しいし、面倒見が良くて私は好きだ。不用意に身体に触れてこないところも好感が持てるけど、本当は頭を撫でられたい。最近そういう夢ばかり見る。
スーパーに着き、カートに常備野菜を入れていく。

「諏訪くん食べたいものある?」
「肉」
「範囲が広すぎる」

諏訪くんは上着のポケットに両手を入れ、カートを押す私の横をついて来る。それだけでニヤけてしまいそうだ。

「和食、洋食?」
「おめーの得意なのは?」
「よく作るのは煮込み料理かな。楽だから」
「そういや前に米屋がおめーが作ったタコライスが美味かったって言ってたな」
「煮込み全然関係ないじゃん」

それはご飯消費のためのメニューだ。それにしても米屋、そういうハードルを上げるようなことを触れ回らないでほしい。

「男の人って彼女に肉じゃが作ってほしいって本当?」
「それよく言うよな。好きな女が作ったもんなら何でも食いてぇだろ」

好きな女、か。自分で話題を振っておいて、勝手に傷つく。いや、これから告白するつもりなんだから、こんなことでへこんでどうするんだ。献立に悩んでいるフリをしながら、本日一番の目的である米を取ろうとしたら、諏訪くんが代わりにカートの下に入れてくれた。心の底から付き合いたい。

「あ、豚汁食いてぇ」

よっこらせ、と身体を起こした諏訪くんが思いついたように言った。

「いいよ。豚汁って味噌汁なのに、メイン張れるポテンシャルあるよね」
「だよな。最近ラーメンと焼肉ばっかだったから和食だな」
「でももう一品メインほしいな。んー、豚肉で被っちゃうけど、生姜焼きとか?」
「米が進みまくるやつじゃねーか」
「ビール買う?」
「買う。……いや、今日はやめとくわ」
「そう?」

珍しいこともあるものだ。
目的の食材を集めて、ついでに三日分の自分のための食材を買ったら、そこそこの量になってしまった。牛乳は今日じゃなくてもよかったかもしれない。レジに通したものをエコバッグに詰めていると、関心したような顔で見られる。

「なに?」
「名字って結構家庭的だよな」
「えっ?」

エコバッグを持っているだけでそんな風に言われるなら、何個でも持ち歩いてやる。
素直に照れてしまったことが恥ずかしくて、「節約したいだけだよ」と笑って誤魔化した。
諏訪くんが片手に米袋を抱えて、私はパンパンに膨らんだ二つのエコバッグを両手に持つ。ずっしりと重くて、徒歩なのが恨めしい。歩き出そうとすると、諏訪くんが「一個寄越せ」と空いていた手を出した。

「えっ、いいよ。いつもこんなだし」
「両手塞がってたら誰がおめーん家のカギ開けんだよ」
「一回置けばいいじゃん」
「だーっ、早くしろ」

急かされて軽い方を渡すと、諏訪くんは「パシるんならとことん利用しとけ」と言って出口に向かった。
これ以上好きにさせないでほしい。こんなに好きなのに、付き合えなかったらつらすぎる。
昔、男の子を取っ替え引っ替えしている同級生の女の子が、「ちょっと好きだなって思ったら、それ以上気持ちが大きくなる前に告白する。大好きな時に付き合えなかったらキツいじゃん。何か違ったら別れればいいし」と言っていたのを思い出した。その時はそれってどうなの、と思っていたけど、あの子の言った通りなのかもしれない。私はもう後に引けないくらいには、諏訪くんのことが好きになってしまった。
無事に自宅のアパートに着き、リビングで適当に過ごしてもらっている間に料理を始める。盗み見ると、諏訪くんはベランダでタバコを吸っていて、私の姿なんか見ていなかった。見られながら料理をするのは緊張するので別に構わないが、気にされていないのも悲しい。矛盾だらけだ。
先にお米を研いで、早炊きのスイッチを押す。袋に生姜焼き用の肉と玉ねぎ、調味料を入れて放置する。今日は漬けておく時間が短いので気持ち濃い目に。その間に豚汁の具材を切っておく。ついでにキャベツの千切りも作って、メイン用の皿に載せる。

「匂いだけで既に美味そうだな」

ごま油で豚肉を炒めていると、タバコを吸い終わった諏訪くんがぶらっとキッチンに寄って来た。どきりとして菜箸を落としそうになる。

「まだ出来ないからテレビでも見ててよ」
「ニュースしかやってねーんだよ」
「じゃあ本でも読んでて。この前行った映画の続編の新刊あるよ」
「ああ、まだ読んでねぇな」
「そのまま借りてってもいいよ」

この前の映画とは、諏訪くんと堤くんと一緒に行った映画のことだ。二人きりで誘う勇気がなかったので、その場にいた堤くんにも声を掛けた。後でこそっと、「当日病欠しましょうか?」と打診されたけど、「インフルエンザでも来て」と伝えた。何気にバレていることにその時気がついた。
リビングでつけっぱなしのテレビの音と、私が料理をしている音だけがしている。諏訪くんはソファーで本を読んでいて、振り返ると背もたれから後頭部が見えた。何度も遊びやご飯に行ったことはあるけど、こうして二人でいることは夢みたいだ。思っていたよりもリラックスしてくれているのが嬉しいけど、最初で最後かもしれない。とにかく後悔しないように、出来る限りのことはやろう。

「お待たせ、できたよ」

テーブルに生姜焼きが載った皿を二枚並べると、諏訪くんが顔を上げた。集中していたみたいで、私の顔を見て瞬きをすると、「おう」とだけ返事をして本を閉じた。

「運ぶの手伝ってくれる?」
「了解。腹減ったわ」

ご飯をよそって諏訪くんに渡す。この家にはお盆なんて気の利いたものはないので、お客さんを動かしてしまう。豚汁をよそっていたら、ふいに諏訪くんが背後に立った。

「諏訪くん?」
「あ、ワリ」
「全然」

思っていたより近くにいて心臓が跳ねた。気にしていないフリをする。

「七味いる?」
「いる」

豚汁を持って行ってもらい、箸と七味、何に使うかは未定の小皿を持ってテーブルにつく。家に着いた時に出していたお茶のポットは汗をかいていて、今の私みたいだ。少なくなっていた諏訪くんのコップにお茶を注いで座り直す。

「いただきます」

ぱん、と箸を持ったまま手を合わせた諏訪くんは、生姜焼きを一度白米の上でワンクッションさせ、大きく口を開けた。

「うめぇ」
「よかった」

ほっと胸を撫で下ろして、私も食べ始める。緊張で味がしないかもと思っていたが、そんなことはなかった。代わりに胸が詰まって、たくさんは食べられそうにない。
ボーダーや大学のことなど、たわいも無い話をしていたら、あっという間に食事の時間は終わってしまった。諏訪くんはご飯を二回おかわりして、私が食べ切れなかった生姜焼きまで食べてくれた。
ベランダでタバコを吸っている諏訪くんの後ろ姿を見つめる。戻ってきたら何て言おう。好き、付き合ってほしい、触れてほしい、一度だけでもいいから。
ガラガラとベランダの窓が開いて、諏訪くんが戻って来た。口から心臓が飛び出そうで、息が上がる。思わず俯く。

「名字?」
「諏訪くん……」

様子がおかしい私を心配してなのか、諏訪くんが私の前にしゃがみ込んだ。

「諏訪くん」

とん、と頭を前に倒すと、諏訪くんの胸にぶつかった。メンソールのタバコの匂いがする。諏訪くんの身体が硬直しているのがわかった。引き剥がされるかと思ったけど、諏訪くんは私に触れてこない。

「どうした」

緊張した声色の諏訪くん。私の額から、少しだけ速まった諏訪くんの鼓動が伝わってくる。けど、私の鼓動の方が何倍も激しくて、バカみたいだ。

「抱いて……」
「っ!」

口を衝いて出るとはこのことなんだと、言ってから後悔した。食事の直後に何言ってんのとか、はしたないとか、告白するんじゃなかったのかとか。自分で言っておいて混乱してしまって、弁明する言葉も出てこない。泣きそう、いや泣く。

「お、っまえな……!」

怒気を孕んだ諏訪くんの声がして、びくっと身体が跳ねる。そして、がしっと頭を鷲掴みされて、上を向かされた。真っ赤な顔をした彼がいた。

「順序が、おかしいだろ!」
「いたたた!」
「バカだろマジで! おめーはなあ……!」

恥ずかしさと情けなさでぼろっと涙が溢れる。諏訪くんは私の涙に一瞬怯むと、がしがしと自分の頭を乱暴に掻いて、私の頭を胸に押しつけた。

「少なくともな、女の家に呼ばれて期待しねー男はいねぇ! けどあんまナメんな名字」
「ごめん……」
「その前に何か言うことあんだろ」
「……好きです」

言わせたくせに、ぐっ、と諏訪くんが真っ赤な顔で歯を食いしばる。私はもう何が起こっているのかわからなくて、流れに身を任せるしかなかった。とにかく、諏訪くんの返事を聞きたい。混乱した頭でなんとか言葉を繋いでいく。

「諏訪くんは、私のことどう思ってる?」
「……名字にそう言われてワリィ気する奴なんかいねーよ」
「う、好きではないってこと?」
「っだから、おめーは文脈読め!」
「え? も、もうわかんない……」
「あー、ったく、好きだっつの」

投げやりに、あやす様に言った諏訪くんは、私の頭を撫でて、さっきよりも強い力で私の頭を胸に押しつけた。タバコの匂いだけじゃない、温度のある諏訪くんの匂いが強くする。

「とりあえず、泣くな」
「むりだよ……」
「勘弁してくれよ」

大袈裟なため息を吐かれる。もう本当に、何が起きているんだろう。私の告白は受け入れられたのだろうか。諏訪くんが好きって言ってくれたような気がしたけど、都合のいい幻聴だろうか。そうだったら何故、諏訪くんの匂いがこんなにするんだろう。

「名字?」

優しく名前を呼ばれて、諏訪くんから離れて顔を上げる。照れた表情の諏訪くんが、私の肩に手を置いて、彼の少しカサついた唇が私の唇に触れた。ぱち、と目が合う。これ以上諏訪くんの近くにいたら爆発する。

「逃げんな!」
「むり、むり!」
「っざっけんな! さっき抱けとか抜かしやがったくせに!」
「ひえっ」

後ずさる私の手を引いて、捕まえられてしまう。諏訪くんは暴れる私をガッチリ固定して、少し乱暴に唇を重ねた。今度のキスは長くて、抵抗も出来なくなる。私が落ち着いてきたのを見計らい、諏訪くんが手を離した。ちゅ、と音がして、改めて私と諏訪くんがキスしているのを実感した。ずっとこうしていたくて、諏訪くんの服をぎゅっと掴む。諏訪くんは私の頬に手を添えると、親指で涙の跡を拭ってくれた。しばらくして唇が離れる。名残惜しい。

「もっとしたい」
「あんまそういうこと言うんじゃねぇ」
「だって、ずっとしてほしかった」
「煽んな、ヤりたくなんだろーが」
「す、諏訪くんならいい……」
「今日はしねぇよ」
「なんで?」
「……身体目的だと思われたくねーからだよ。ったく、言わせんな」

人間、これ以上熱くなることがあるんだろうかと思うくらい、身体中が火照っている。おそらく今、五十度くらいの熱があるに違いない。
諏訪くんは照れ臭そうに立ち上がると、キッチンへと向かった。

「皿洗っとくから、おめーはちょっと頭冷やしとけ」
「はい……」

流し台に置いたままだったお皿を洗い始めた諏訪くんは、私の家のキッチンには不釣り合いで、妙な感覚がする。
水が流れる音と、バラエティ番組の司会者のコントのような会話劇が意識の外側で流れている。諏訪くんの耳はまだ赤くて、それが今起きたことが現実だということを物語っていた。



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