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ホラホラ、これが僕の骨だ
「こんな話を聞いたことはあるかい?」
理科準備室の清掃中、箒の柄の先端に両手を重ねて体重をかけた王子は、これから演劇でも始まるのかと思うほど優雅に首を傾げた。つんと跳ねた後ろ髪が揺れて、元の位置に戻る。
私は床を掃いていた手を止め、掃除をサボろうとしている王子を横目で見つめた。
埃っぽく、どこかひんやりとした部屋の中には、私と王子の二人しかいない。開けっぱなしにしたままの実験室へ続く扉の向こうからは、同じ班のクラスメイトが椅子を移動させる音が聞こえてくる。
王子は私と視線が交わったことを確認すると、それだけで満足そうに口角を上げた。黄ばんだカーテンから漏れる微かな光を後光のように受ける王子の、たっぷりと間を取った話し方には、正直飽き飽きしている。
「何年か前に、ただの模型だと思っていた骨格標本が実は本物の人間の骨だったことが判明したらしい。事件性がない分、厄介な話だと思わないかい?」
フラスコやビーカーの予備が入っている棚が、かたんと音を立てる。窓は全て閉まっているはずだが、足元を抜けていく風が肌を撫でた。
「彼らは望んでその姿になったのか、知らない間に飾られる運命になってしまったのか。きみはどう思う?」
「そんなの、私にはどうでもいいよ。早く掃除して」
「ほら、きみの後ろの頭蓋骨の模型。もしかしたら本物かもしれない」
すっと私の背後を指差され、反射で振り返ってしまった。しかし私の後ろには模型などなく、何に使うのかわからない実験器具が敷き詰めて並べられていた。
「くだらない嘘吐かないで」
「ごめん。きみが乗ってこないからつい」
王子は私と二人きりになると、いつも妙な話をする。それは大抵、私を嫌な気持ちだったり不安にさせるような話だ。
初めは付き合いで王子の話を真剣に聞いていた。それがいけなかったのか、王子は事あるごとに私にそういう話をしてくるようになった。
王子は一度話し始めるとなかなか止まらない。王子は喋りが上手く、穏やかで心地良い声をしているので、語り口に不快感はない。だが王子は私の意見を聞きたいわけではなく、ただ自分の話を聞いてくれる都合の良い相手がほしいだけに過ぎないと気付いてから、私は王子の上品だけど芝居がかった言葉を聞くと、「また始まった」とうんざりしてしまうのだった。
「彼らは裸よりも剥き出しの姿で晒されているわけだけど、魂にも羞恥心があるとしたら気の毒だね」
王子は壁に箒を立て掛け、窓の桟に後ろ手をつく。完全に掃除をサボるつもりらしかった。
理科準備室はほとんど人の出入りがないので、綿埃くらいしかゴミがない。しかし真面目に掃除をしようとしている私までクラスメイトからサボっていると咎められるのは面倒なので、私は王子を無視して掃除を続けることにした。
「彼らは初めからそこにいて、まじまじと見つめられたり、触られたりしたかもしれない。あだ名を付けられて、親しげにされたかもしれないね。けどある日突然、本物の人間の骨だったってだけで敬遠されたら、ぼくならきっと悲しい気持ちになると思う」
少しも悲しくなさそうな表情でそう言う王子は、おもむろに窓を開けた。吹き込んだ風が棚や段ボールの上の埃を巻き上げる。風上にいる王子はそんなことにも気付かずに、桟の隙間で死んだ虫に気を取られていた。
「ねえ、結局何の話なの。どうでもいい話なら掃除してほしい」
そう言うと、王子はエメラルドグリーンの瞳の中に私を映し出した。ぎくりとするほど整った顔が、柔和な笑みを作る。
「そうだね。つまりぼくは、骨になった彼らを憐れに思う反面、ほんの少し羨ましいと感じてる」
「羨ましい?」
「彼らくらい剥き出しになれたら、もっときみと上手くいくんじゃないかってね」
風を孕んだカーテンが膨らんで、やんわりとはためく。不規則な動きを繰り返すカーテンの横で、王子は私だけを見つめている。
「上手くいきたいなら、ちゃんと掃除しなよ。不気味な話もしないで。怖い話、本当は苦手だから……」
そう言うと、王子は目を見開いた。そして「なるほど」と呟くと、窓を閉めて立て掛けていた箒に手を伸ばした。
「きみの気を引くには、小話を調べるよりも部屋の四隅をきっちり掃いた方がよさそうだ」
その言葉に、今度は私の手が止まってしまった。王子は風で散らばった埃を集めながら、そんな私を見て目を細めて、「やっぱりそうだった」と実験が成功した博士のように言ったのだった。


20220529

中原中也『骨』
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