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太郎を眠らせ、
ストーブの前で、陽太郎がうたた寝をしている。枕代わりになっている雷神丸は、ぼうっと吹くストーブの風に当たりながら、ぼんやりとどこか宙を見つめている。
窓の外には雪がちらつき、粉砂糖のように土の上に積もっていた。冷たい川に吸い込まれた雪は、音もなく溶けていく。支部の床下にはこの川が流れているため、暖房をつけていても底冷えしてしまう。そのためこの季節になると、昔ながらの湯たんぽが一番効果を発揮する。
沸かしたお湯を湯たんぽに注いで、火傷をしないように外袋に入れた名前は、むちゃむちゃと口を動かしている陽太郎を見た。陽太郎は雪が積もるかどうかをどうしても確認したいのだと言って、この時間まで起きていたのだが、本来ならばとっくに眠っている時間だ。

「ヒュース、陽太郎抱っこしてくれる?」

リビングのソファーに座っていたヒュースは、名前の言葉に軽く返事をすると、「おれはまだねないぞ」と寝惚けた口調で言う陽太郎を嗜めながら抱き上げた。雷神丸は一度顔を上げると、立ち上がってヒュースの後をついて来る。湯たんぽを二つ手に持った名前は、ヒュースの腕で形を変えた陽太郎の丸い頬を突きながら、ふふ、と微笑んだ。

「陽太郎もすっかり大きくなっちゃって、もう抱っこも難しくなっちゃったなぁ」
「非力だな。少し鍛えたらどうだ」
「あ、そういうこと言っちゃうんだ?」

咎めるように笑う名前に、ヒュースはふんと鼻を鳴らす。階段を上がって陽太郎の部屋に入ると、名前は布団をめくって湯たんぽを置いた。ヒュースは抱えていた陽太郎をそっとベッドに下ろす。

「おれはまだねないんだ……」
「はいはい」

寒さで縮こまる陽太郎の足に挟むように湯たんぽを置き直し、毛布と掛け布団を肩口まで掛ける。ほとんど意識がないにも関わらず、未だ抵抗しようとする陽太郎を、布団の上からゆっくりと叩く。すると、一瞬で眠りに落ちてしまった。雷神丸は陽太郎のベッドのすぐ下にある動物用のベッドに座ると、居心地を直しながらゆっくりと横になった。名前とヒュースは顔を見合わせて、静かに部屋から出て行く。

「今日はほとんど落ちてたけど、私寝かしつけ上手いんだよ」
「そんなもの戦闘では何の役にも立たない」
「この世界では役に立つんです」
「ふん。オレももう寝る。じゃあな」

自室のドアを開けると、ヒュースよりも先に名前が滑り込んだ。なっ、と固まるヒュースには目もくれず、名前はヒュースのベッドの毛布をめくると、陽太郎の時と同じように湯たんぽをそこに置いたのだった。

「おい、早く出て行け」
「ヒュースの湯たんぽ置いてあげただけでしょ。ついでに電気も消してあげるから、どうぞ」

ベッドに腰掛けてぽんぽんと布団を叩く名前はにこりと笑って、有無を言わせない。こういう態度の名前はどう諭しても動かないので、ヒュースは諦めた様子でしぶしぶベッドに潜り込んだ。
冷えた布団は体温を少し奪ったが、じっとしていれば自身の体温で徐々に温まっていくことをヒュースは知っている。ヒュースは特に冷える足元に湯たんぽを移動させて、うつ伏せになった。そんなヒュースの身体を覆う布団の上を、名前が軽く叩いた。

「何をしている」
「うん? ヒュースにもやってあげようかなぁって」
「いらん。早く電気を消して出て行け」
「……小さい頃、お母さんにこうしてもらうの好きだったんだ」
「オレは子どもじゃない」

布団から手を出そうとしたか、ようやく温まってきた温度を逃すことが惜しくなり、目だけで名前を牽制する。だが名前は自分の足元に目線をやっているので、気が付かない。もう少し文句を言ってやろうと思ったヒュースだが、とんとんと優しく叩かれるのが案外心地良く、湯たんぽの温かさも相まって瞼が重くなっている自分に、内心舌打ちをした。

「ヒュースは小さい時、誰かにこうしてもらったことはない?」
「ない。オレは幼い頃に主の元に引き取られたからな」
「そうなんだね」
「哀れんでいるのか? そんなものは不要だ。オレは恵まれていた」

音のない窓辺に、名前の相槌が消え入るようだった。ヒュースはそれがどのような感情なのか判断が出来なかったが、布団から伝わる仄かな温かさに、そんなものはどうでもいいような気がした。
ふいに名前の手が止まった。ヒュースはまだ起きていて、心の中で「寝かしつけが得意とはよく言ったものだ」と呟いて、目を閉じた。ひんやりしていた首の後ろまで布団が掛けられる。

「おやすみ、ヒュース」

電気が消えて、廊下の明かりがドアの隙間から漏れ出す。控え目なスリッパの足音と、小さくドアが閉まる音を聞いたヒュースは、深く息を吐いて足を擦り合わせた。


20211015

三好達治『雪』
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