×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


自分で言うのもなんだが、私は鈍感な方ではない。むしろ気にしいな性分なので身に起こることには敏感なタイプだ。なので村上くんの違和感はきっと私の思い過ごしではない。
ここ数日の村上くんは、おそらく私のことを避けている。極端に避けられているわけではなくて、目が合う前に逸らされていたり、ほんの少し素っ気ないと感じるだけで、それ以外は普通だ。思い過ごしと言われれば否定できない程度の小さなことだが、元々の性分と相まって、村上くんが相手だと日に日に不安が大きくなる。
どうしてそうなったのか、正直に言うと身に覚えがない。それどころか、私たちは先々週付き合ったばかりだ。
世の中には付き合った途端に相手に興味がなくなる人がいるというけれど、村上くんに限ってそれはないだろう。だとすれば、私が気付かないうちに何かをしてしまった以外考えられない。

数日の記憶を思い出してみる。変わったことといえば、付き合ってから連絡する頻度が増えて、一緒に過ごす時間が増えたことだ。しかしこれはむしろ良い変化なのではないだろうか。村上くんも一緒にいる時間が増えてうれしいと言ってくれていたし、その言葉に嘘はなかったはず。
それ以外に変わったのは、異性との関わり方だろうか。組織の中にいる以上、性別や年齢問わず様々な人と関わる機会があるが、やはり年が近い異性と接することが多い。私も村上くんも隊の中に同い年の異性がいるからなおさらだ。なのでその辺はあらかじめきちんと話し合った。
私も村上くんも束縛するタイプではない。だが付き合って間もないので、この件は個人的にかなり気を配っていたつもりだった。
プライベートはもちろん、個人ランク戦の時だって誰かと二人きりにならないようにしていたし、なんならその場に村上くんもいた。付き合っているからといってボーダー内で浮かれたり、手を抜いたりもしていない。
それ以外に思い当たる節がなくて、携帯の履歴を確認してみる。直近で連絡を取っているのは村上くんと女友達だけだ。女友達とのやり取りも、学校の課題の範囲を教えてもらっただけで、村上くんが心配するようなことは何もない。
完全にお手上げだ。だがこのまま気のせいにしておくと、私の心が持たないかもしれない。
携帯を開いたままため息をついていると、ぽこんと連絡が入った。見ると、村上くんからのメッセージだった。おそるおそる開いてみる。
メッセージの内容は『今本部にいるんだが、もしいるようだったら一緒に帰らないか?』というもので、ほっと胸を撫で下ろした。もしこれが『話したいことがあるんだが、少しいいか?』だったら別れ話だと身構えていたかもしれない。
深呼吸を一つして、村上くんに返信する。怖いけど、こうなったら直接訊いてしまおう。私に非があるなら謝りたいし、できることなら改善したい。
心の中で「がんばれ私」と鼓舞して、村上くんとの待ち合わせ時間を待った。



「村上くん!」

待ち合わせ場所に先に到着していた村上くんに声をかけると、私に気がついた村上くんは片手をあげて私の方に歩いて来てくれた。だがその表情がなんとなく翳っているように見えて、心臓が嫌な跳ね方をする。気にしすぎているせいか、思考がネガティブになっている。それにどう話を切り出していいかわからない。
ぐるぐると考え込んでいると、「名字?」と村上くんが首を傾げた。思わずびくりと肩が跳ねる。村上くんはそんな私を見て少し驚いた顔をしていた。なんだかまずい流れだ。

「何かあったのか?」
「何も……」

何もない。だからわからない。そう言いたかったけれど、それをうまく表現する言葉が出てこない。
村上くんが何かを思っているのに察せない自分が嫌だし、何かあったことを話してくれないのは、心を開いてくれてないからなんじゃないかと不安になっていると素直に言ったら、彼はきっと自分を責めてしまう。私は村上くんを責めたいのではなくて、ただ理由を知りたいだけだ。

「名字、話せるか?」

私を落ち着かせようとして、ゆっくりと話してくれる村上くんと目を合わせる。付き合った時に、何かあったらすぐに話すという約束をした。村上くんは話してくれなかったけど、彼女なんだから訊いてもいいはずだ。

「村上くんの方が何かあったよね?」
「え?」
「気のせいかもしれないけど、ここ数日ちょっと違和感っていうか、なんとなく何かあったのかなって感じて……。それが気になってモヤモヤしてるかな」

なるべく責めている感じにならないように話したつもりだが、どう受け取ってくれたかわからない。ちらりと窺うと、村上くんは言い淀むように唇を拳で隠して、視線をやや下に向けていた。やはり気のせいではなかったらしい。

「申し訳ない。気づかれてると思ってなかった」
「ううん。こちらこそ気づかないうちに嫌なことしちゃってたらごめんね」
「いや、名字は悪くないよ。俺の問題で……」
「その問題が何なのか知りたいって言ったら、教えてくれる?」

懇願するように見上げると、村上くんは少し気まずそうにしながらも、ぽつりと話し始めた。

「この前、本部で個人ランク戦をしただろ。その時太刀川さんが名字のこと下の名前で呼んでいたのを聞いて……少し妬いた」
「え? 慶ちゃん?」

村上くんが気まずそうにこくりと頷く。
数日前に私と村上くん、そして慶ちゃんと緑川くんで個人ランク戦をしたのだが、このメンバーでやるのは初めてのことではない。付き合う以前も何度も対戦しているし、慶ちゃんが私のことを名前で呼んでいるのは知っていたはずだ。

「でも村上くん、私と慶ちゃんが幼馴染だって知ってるし、呼び方だってずっと前からそうだって知ってるよね……?」
「付き合う前はそんなに気にならなかったんだが……」

村上くんが指先で額を抑えた。手のひらで顔が隠れてよく見えないが、耳の先が赤くなっているのを見つけてしまい、つられて赤面してしまう。
つまり、村上くんは嫉妬をしていたから私にそっけなくなっていたという訳らしい。嫌われているどころか、想像以上に想われている。不謹慎だけどうれしくて、やけにあたふたしてしまう。

「え、えっと、そうだ。これから慶ちゃんって呼ぶのやめるね。幼馴染っていっても年上だし変だよね。あっ、向こうの呼び方も変えてもらった方がいいかな?」
「いや、そうじゃない……!」

慌てて否定した村上くんは、私と目が合うと一度逸らして、再び私を見据えた。

「名前、って呼んでいいか?」
「えっ? う、うん」
「…………」
「あ、鋼くん……?」

もしかしたらお互いに名前で呼び合いたいのかもしれないと思ってそう呼ぶと、ただでさえ赤かった顔がより一層染まっていった。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。

「重ね重ね本当に申し訳ない……」
「いえいえ。私もそのうち名前で呼びたいなって思ってたから、ちょうどよかったね」

鋼くんがあまりにもすまなそうな顔をするので、気に止む必要はないと笑ってみせる。私はモヤモヤが晴れて心が軽くなったせいか、つい口も軽くなってしまった。

「それにしても、鋼くんも妬いたりするなんて知らなかったな」
「そうか? 俺は結構そういう男だよ」

ふっ、と困ったように笑う鋼くんに、ドキリとして思わず口を結ぶ。ついさっきまでは、そんなことで嫉妬するなんてかわいいところもあるんだなと思っていたのに、今の一言でかわいさは吹っ飛んでしまった。

「そ、そっか……。い、いいと思う……」

謎の返事に怪訝そうな顔をした鋼くんのことは見なかったフリをした。何でも話す、なんて無理だ。さっきの鋼くんの少し色気のある言い方に、よこしまな心を抱きかけたなんて、とてもじゃないが言えそうにない。


20230912

back