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こちらの続編



ウルトラC。ホームラン王女。麗しき自爆の女神。
そんなあだ名を有する名前が出水に弟子入りしたらしいという噂がボーダーの隊員に広まったのは、出水がアステロイドを教えてから数日後のことだった。
名前は訓練の最中、毎度ノーコン具合を楽しみにしている一部の界隈に、真っ直ぐに的を射るアステロイドをドヤ顔で見せ付けた。
基礎のため本来ならば褒められるような出来事ではないのだが、数々の異名を持つ名前が放つトリオンキューブが的に当たったというだけで、ブース内はどよめいた。突然の成長を周りは不審に思ったが、名前は「実力」の一点張りでその場を通した。後に太刀川が、「そういやあいつ、出水に教わりにうちの作戦室に来たらしいぞ」と言ったことにより、真相が拡散されたのだった。
これまで頑なに先輩からの教えを無視し、我流を貫こうとした名前が、出水に教えを乞い、ある程度まともな弾を撃てるようになった。さすが出水だと彼の株は上昇したが、名前の名前を出される度に口元が引き攣る出水を見て、周りの人々はよほど大変だったのだろうと哀れんだ。しかし本当のところは、出水は名前の名前を出されると、意識してドキドキしてしまう己に自己嫌悪していたのだった。
あの日から出水は、事あるごとに名前のことを目で追ってしまう。
一時は気のせいだ、女子に抱き付かれたのが初めてだったからだと己に言い聞かせていたが、ふとした瞬間に名前の泣き顔を思い出す。
今まで誰にも晒したことがないのであろう弱い部分や心の内を明かされ、悪い気はしなかった。むしろ、名前が本当はどういう人間なのかを知っているのは自分だけだという優越感すらあった。
出水はそんな名前を誰にも知られたくないと思ってしまう自分を未だに否定し続けているが、心の底ではそれが無駄なことなのはわかっていた。
生意気で、不器用で、かわいくない同級生だと思っていたはずなのに、今では気が付くと訓練室で練習している名前を健気だと思うし、手を差し伸べたくなってしまう。他の男と話しているとそわそわし、変なあだ名で呼ばれているのを聞くとイライラする。那須に弟子入りすることを諦めていない名前を見ると、「おれでいいじゃん」と口走りそうになる。そして、名前に対してそんな風に甘い空気を持ちかける自分を想像し、身震いするのだった。
それほどまでに名前のことを意識している出水だったが、告白など絶対にしたくないと思っている。好意があると知られれば、名前が調子に乗り、バカにされるのが目に浮かぶようだったからだ。好きだと認めたら、告白をしたら負け。そんな風に、出水は名前への好意から目を逸らし続けていた。
そんな想いを抱えて数週間が経った頃、出水が気まぐれで個人ランク戦のブースに行くと、射手希望のC級隊員が数人固まって話しているのが目に入った。たまには後輩育成でもしてやるかと近付き、声をかけようとしたところで、出水はぴたりと動きを止めた。それはC級隊員の「あいつがまさか蔵内先輩にまで弟子入りするなんてな」という会話が聞こえてきたからだった。
ひゅっと落下するような感覚がして、背中に汗が滲む。直接名前が出ていなくても、誰のことを指しているのかはすぐにわかった。
出水に教えを乞いに来た時、那須と加古以外は悪魔で、男に教わるのは誠に遺憾だと言っていた名前が、現在蔵内に教えを乞うている。そもそも、名前と蔵内に接点など全くない。出水は以前、名前が「蔵内先輩っていい人そうで逆に話しづらくない? まだ水上先輩の方が話しやすいわ」と言っていたのを記憶している。それなのに何故。疑問がぐるぐると頭の中を巡る。
出水はぐっと拳を握ると、空いているブースに入り、すぐさま扉を閉めた。そして二人の様子をブース内のモニターに映し出す。
C級隊員が言っていた通り、名前は蔵内の隣に並び、熱心な顔付きでハウンドを練習していた。相変わらずキューブが妙な方向に飛んで行っているが、それを見た蔵内は優しい笑みを湛え、軌道修正を試みている。その姿に、出水はへなへなと机に項垂れた。
「(よりによって蔵内先輩かよ……!)」
年上で落ち着きがあり、進学校の生徒会長。おまけに人柄も申し分ない。そんな男と意中の相手のツーショットに、心臓を針で突かれたような心地がした。それだけではなく、名前が自分以外の人間から指導されている姿すら見たくなかったとヘコむ。出水は腕の隙間から、もう一度二人の様子を確認した。いくらレクチャー中だからとはいえ、二人の距離が必要以上に近いのではないかと苛立った時点で、この気持ちを抑えるのは限界だと出水は察した。
出水は机に突っ伏して、ついに認めてしまった恋心と対峙する。ひんやりとした机の感触を頬に受け、出水は目を閉じた。想像以上にダメージを受けている自分に、はは、と自嘲気味に笑う。
「(やっぱこれは完全に好きだわ……)」
認めてみるとこれまでもやもやしていた胸がすっきりしてしまい、出水ははあ、と息を吐いた。
出来ることなら、告白などしたくない。したくないが、このままでは精神衛生上よくない。こんな思いをし続けるくらいなら、さっさと終わらせてしまった方がいいと出水は考えた。
「(あいつはおれのことなんとも思ってねーだろうなぁ)」
出水は椅子から立ち上がると、うっし、と気合を入れる。こうなったら当たって砕けろだ、と出水はブースを後にした。

蔵内の指導が終わり、ブースから出てきた名前は、扉の前に仁王立ちで待ち構えていた出水を見て眉を顰めた。気合が空回りして怒っているような、むすっとした表情の出水に、たじろぎつつ話しかける。
「な、なんか用?」
「おー、大いにある」
「……どうせ『おまえにハウンドはまだ早ぇ』とか思ってんでしょ。あたしだって成長してんだからね。つか出水に言われる筋合いないし」
「まだ何も言ってねぇだろ。いいからちょっと来い」
「ちょっ、引っ張んないでよ」
出水は名前の腕を強引に掴むと、背後でわあわあと騒ぐ名前を無視して歩みを進めた。
昼間のボーダー内で人気のない場所を探すのは意外と難しい。今も名前の手を引いて歩いているだけで、大分注目されてしまっている。リスクはあるが、最低限の人間しか入れない場所。出水は自隊の作戦室へと向かった。
幸いなことに、作戦室には誰もいなかった。念のため出水は訓練室に入り、ようやく名前から手を離す。何も知らされないまま無機質な空間に連れて来られた名前は、掴まれていた手首を摩りながら出水のことをじろりと睨み付けた。
「で、用って何? ここに来たってことはあたしに教えたいことでもあるの?」
「その前に訊きたいんだけど。何で蔵内先輩に教わってたわけ?」
「そ、それは……」
その瞬間、名前の頬が心なしか赤くなったような気がした。想定外の反応に、出水は頭を強く殴られたような錯覚に陥る。
ボーダー内で天才と言われ、己の強さを自負している出水は、この時久しぶりに心が折れそうになった。
「な、何だっていいじゃん。それで、用件は?」
「……くねー」
「え、なに?」
「よくねーし」
顔を真っ赤にし、悔しそうな表情をする出水を見て、反抗的につり上がっていた名前の目がきょとんと丸くなる。いつも自信たっぷりで余裕がある出水の切羽詰まった顔を見るのは初めてで、名前は狼狽しながら出水に近付いた。
「ご、ごめん出水。大丈夫、あたしの師匠的なやつは出水だけだって。いや、まだ出水のことも師匠って認めてないし。あたしは那須さん一筋だからさ?」
「ちげーよ! 好きなんだよ!」
「何がよ!」
「おまえが!」
「なあっ!?」
びょんと名前が飛び退く。出水は腰に手を当て、片足に重心を置く。照れから名前を直視することが出来ず、視線を外して緊張を隠すように強気な口調で言う。
「絶対認めたくなかったけどな。おまえが蔵内先輩に教わってんのすっげー嫌だったってことは、そういうことだろ。さぁ笑いたきゃ笑え」
そして振るならさっさと振れ、と思いながら出水はちらりと名前を見て、「いっ」と肩を跳ねさせた。
半ば自棄になった出水にムードも何もない告白をされた名前は、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。バカにされると思っていた出水は、そんな名前をぽかんとした表情で見つめる。しかしすぐにはっとして、気恥ずかしさから歯を食いしばった。
名前はもじもじしながら、戸惑いがちに出水の言葉を反芻する。
「す、好き……。出水が、あたしを、好き……?」
「……そうだよ」
「へっ、へ〜。そう、へ〜……。出水、センスいい〜」
「っ、おまえな……」
いつものように憎まれ口を叩く名前だが、目が泳いでいる。自分より緊張している様子の名前を見たせいか、出水は次第に冷静さを取り戻していった。
「え、てか、え。何で出水キレてんの。わけワカメなんですけど」
「何だよわけワカメって」
「え、海藻の、緑の……。味噌汁に入れると美味しい……」
「くっ」
混乱してワカメの説明をし始めた名前を、出水は何故か猛烈にかわいいと思ってしまった。全く意味不明な状況だが、恋は盲目というのはこのことだ。
出水が一歩名前に近付く。すると名前はびくりと肩を震わせ、おろおろしながら胸の前で手を組んだ。普段の強気な名前はどこに行ってしまったのか。全くの別人のような名前の素をまた知ることが出来た気がして、出水はニヤけそうになる口元を抑える。
「おれ、一応告んのとか初めてなんですけど」
「ふ、ふーん……」
「おい、はぐらかすな」
「や、あたしも、告られたの初めてなんですけど」
出水は「だろうな」と思ったが、口には出さない。
「で、おまえはおれのことどう思ってるわけ?」
「えっ? え、あ、悪魔」
「はあ?」
「悪魔、だったけど、やっぱ、すごい。あたしあれからアステロイドに自信あるっていうか。みんながびっくりしてるのも嬉しかったし。だから出水のことも驚かせたくてハウンド、みたいな……。本当は色々那須さんに教えてもらいたかったけど、早く、で、蔵内先輩……」
ゴニョゴニョと濁しながら言う名前の言葉を、出水なりに咀嚼する。
「つまりおまえは、おれにハウンド出来るとこ見せたくて蔵内先輩に教わってたってこと?」
「違います」
「嘘つけ!」
食い気味に出水の解釈を否定した名前は、照れ隠しなのか、不服そうに唇をぎゅっと結んで顔をしかめた。その頬は未だに熱を孕んでおり、出水は手応えを感じる。
名前は好意を向けられることに慣れていない。そして、少なからず自分に気がある。そう確信した出水は、一気に畳みかけようと行動に出た。
「おまえあの時、おれにハグしたよな?」
「へっ」
「てことは、おれがしてもいいってことじゃね?」
「なっ! 暴論!」
「うっせ」
出水は意を決し、名前の身体を抱き締めた。腕の中でカチコチに固まる名前の後頭部をぐっと押し、自身の胸に押し付ける。ばくばくと暴れる出水の心臓の音を聞き、名前は緊張でさらに身を固くした。
「バイパーでもハウンドでも、おれが教える。まだ合成弾はむりそうだけど」
「う、あ」
「ついでにおれのことも好きにさせる」
「いっ」
「つーか、現時点で結構好きだろ?」
「はっ、はあー? 誰が千発百中とか書いてあるクソダサT着てる出水なんか!」
「あれ結構売れてるからな!」
「千発当てろし!」
「おまえが言うな!」
出水は名前の身体を解放すると、名前の肩に手を置いてぐっと顔を近付けた。まだ照れが抜けないものの、挑発的な笑みを浮かべて、びしっと人差し指を名前の鼻先に突き付ける。
「とにかく、ビシバシいくからこれから覚悟しろよ」
そう言われた名前は、紅潮した顔でわなわなと震えながら、「ベ、ベイルアウト……!」と叫んだ。しかし当たり前だが、C級のトリガーにはベイルアウト機能が備わっていない。
訓練室の出口は出水の背後にある。どこにも逃げられないと悟った名前は、突然両手にトリオンキューブを出した。
「お、やる気か?」
出水は受けて立つと言わんばかりに、両手にトリオンキューブを出すと、習ったばかりのハウンドをあらぬ方向に打つ名前に、真っ直ぐアステロイドを放つのだった。



2022/3/20

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