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「犬飼先輩、今から私が言うことに『めんどくさい』って言ってもらえませんか?」
「めんどくさーい」
「早すぎます!」
ポカポカと殴るフリをすると、犬飼先輩は私の手首を軽く掴んで「ごめんごめん」と戯けた。
「それで突然どうしたの?」
真っ直ぐに私を見据える優しい眼差しに後ろめたい気持ちになりつつ、勇気を出して今日一日のモヤモヤを犬飼先輩に伝える。
「今日、犬飼先輩が他の女の子からチョコもらってるの見るのちょっとしんどかったです……」
すると犬飼先輩は、困ったように微笑んで私の頭をぽんと撫でた。
私と犬飼先輩は付き合っている。だから犬飼先輩は私からのチョコを喜んで受け取ってくれた。しかし犬飼先輩はモテるので、色んな女の子がチョコを渡しに来る。犬飼先輩はそれらをもらう前に、お返しは出来ないと事前に断った上でチョコを受け取っている。これに関してはバレンタインの前に先輩本人からそうしてもいいかと訊かれたので軽い気持ちで了承したのだか、やっぱり彼氏が他の女の子からチョコをたくさんもらうのはいい気がしない。
それに犬飼先輩は私には言わないが、おそらく本命チョコを一、二個もらっている。他クラスの子が犬飼先輩を呼び出したらしいという噂も耳に入ってきた。だから余計にモヤモヤしてしまったのだ。
「めんどくさい」の言葉を待っていると、犬飼先輩は頭を撫でるのをやめて私の顔を覗き込んできた。
「来年は受け取らないようにするよ」
「違うんです……! いいんです受け取っても。それに気持ちに一区切りつけるためにチョコを渡す人もいると思うんで……。そういう人に犬飼先輩が冷たい人だったって思われたくないんです」
確かに犬飼先輩がモテるのは嫌だけど、先輩が嫌な人だったと思われる方がもっと嫌だ。犬飼先輩はとても優しいし、気配りが出来るし、私の話をたくさん聞いてくれる。そんな犬飼先輩が大好きだから、矛盾しているけれど他の人にも犬飼先輩がいい人だって知っていてほしい。
「我が儘ですみません」
「どうして? 嬉しいよ。おれって愛されてるな〜」
「そりゃ、大好きですよ……」
にやにやしていた犬飼先輩の顔が急に真顔になった。犬飼先輩がこういう表情をする時はキスの合図だ。ドキドキしながら目をつむると、犬飼先輩の唇が優しく重なった。
「かわいい」
「っ……」
居た堪れなくて前髪を直すと、犬飼先輩はにっこりと笑いながら居住いを正した。
「あ、でもボーダー関係の人にお返しするのは許してほしいな。一応組織的な付き合いだから」
「はい、それは全然! 私もこれからお世話になってる人にあげる予定だし」
「そうなの?」
「え、はい」
急に変わった犬飼先輩の声色に戸惑っていると、犬飼先輩は「ふーん」と言って目を細めた。明らかに面白くなさそうな顔をしている。
「なるほどね。確かにちょっとモヤモヤするかも」
「でも犬飼先輩のチョコとは比べ物にならないくらいの手抜きですから」
「もしかして手作りだったり?」
「いえ、買ってきたお菓子を袋詰めし直したやつです」
キリッとした顔で言うと、犬飼先輩が吹き出した。つられて私も吹き出す。
犬飼先輩は負の感情を私に見せたがらないが、私が他の人にチョコを渡すのをあまり快く思っていないことがわかって、先輩には悪いが少し徳をした気分だ。
「犬飼先輩へのチョコ、気合い入れたので感想もらえたら嬉しいです!」
「もちろん」
お互いに見つめ合って、笑い合う。再び唇が合わさるのは必然だった。


20230212

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