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「そうだ、今年慶ちゃんにバレンタインチョコあげないから」
机の反対側で磯部焼きを食べていた慶ちゃんは目を丸くすると、無言のままのびーっとモチを伸ばした。薄いリアクションに若干イラつきながら食べ終わるのを待っていると、慶ちゃんはごくりと咀嚼し、「マジか」と一言呟いた。
「俺何か悪いことしたか?」
「うん」
「悪いが全く身に覚えがない」
慶ちゃんは小皿にモチを置くと、海苔のカスが付いた手で顎髭を触った。顎に付いちゃうよと言おうと思ったが、色々と癪に触ったので黙っておく。
「毎年楽しみにしてたんだがな」
「去年あんなことしたのに?」
「去年?」
「慶ちゃんさ、私が去年あげたチョコ、他の人にもあげちゃったでしょ」
じろりと睨み付けると、慶ちゃんは「ああ」と思い出したように小さく頷いた。
去年のバレンタインは今までで一番手の込んだものを手作りした。ボンボンショコラを作ったのだが、売り物みたいに一つ一つ味や形、デコレーションを変えて、自画自賛だがかなりの出来栄えだったと思う。浮かれた私はお店のものみたいに味の説明を書いた紙なんかを書いたりして、慶ちゃんの反応をかなり楽しみにしていた。それなのに慶ちゃんは、その場にいた後輩たちにチョコをいくつかあげてしまったのだ。それを目撃してしまった私は大分ショックを受けて、本人には言わなかったが「なんで!」と怒り狂っていた。
後日あれが私の手作りチョコだったと知った出水くんは、「てっきり売り物だと思って食べちゃいました。すみません」と謝ってくれたが、悪いのは明らかに慶ちゃんだ。彼女からのチョコを人にあげるなんて。しかも同じものならともかく、違う味だったのに。そんなことがあったため、私は今年のバレンタインを慶ちゃんにあげないと去年から決めていた。
「気にしてたなら謝る」
「いい。もうあげないから」
「悪かったって」
私がいる方へ回り込んできた慶ちゃんは、「な?」と私の顔を覗き込んできた。ふんと顔を逸らして慶ちゃんの頭をぐいっと押しやる。
「というかそんなにバレンタインほしいんだ?」
「そりゃほしいだろ」
「何で? 特別甘い物好きなわけじゃないでしょ」
「こういうのは気持ちが大事だろ?」
「その気持ちをあげちゃった人は誰なの?」
「俺か」
なはは、と慶ちゃんが笑う。むかつくのに憎めなくて、慶ちゃんは本当にずるい。
「美味かったから他の奴にも褒めてほしかったんだよ」
「慶ちゃんって本当に口が上手いよね」
「だろ?」
甘えるような声色でそう言った慶ちゃんは私の後頭部に手を添えると、流れるような動作で私に口付けた。流されてたまるか、と思ったが、かたく閉ざした扉をゆっくりと開けていくようなキスに決意が揺らぐ。
ちゅっと唇を離した慶ちゃんは、ニヤリと笑うと私の頭をぽんぽんと撫でた。
「今年も楽しみにしてるからな」
「っ、もーっ!」
磯部焼き味のキスは私の一年間の決意をあっという間に崩壊させた。少々不服だが、仕方がないので今年もバレンタインチョコを作ってあげることにする。

20230212

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