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どうしたものか、と行き場を失ったチョコレートの箱を見つめる。友人と悪ノリして、部活一かっこいい先輩に渡そうと一緒に作ったものの、私はその先輩に憧れているだけで恋愛感情があるわけではない。なんならあまり話したこともない。そんな相手にチョコレートを渡すのは緊張するし、友人はバレンタインのハイテンションに身を任せて既に一人でチョコを渡したらしいので、ノリで渡すことも叶わなくなった。
本当にただの義理なのに、一人で戸惑いがちに渡したら本命だと思われて振られる可能性がある。それで変に気まずくなるくらいなら自分で食べた方がマシだ。試食で散々食べたチョコをわざわざお金をかけたラッピングを解いて食べるのは虚しいな、と思っていると、廊下の先にウニみたいな頭をした男子を見つけた。
「あ、カゲだ」
カゲは私に気が付くと、あからさまに顔をしかめた。踵を引きずるようにして歩いて来るカゲに近寄って改めて声をかける。
「カゲ、今帰り?」
「だったらなんだよ」
「またそういう言い方……」
カゲとは幼馴染なので、口の悪さにはとっくに慣れている。カゲは舌打ちをすると、じろりと私のことを睨んだ。そして私の手の中にある箱を見つけると、もう一度舌打ちをした。
「さっさと行け。相手帰っちまうぞ」
「いやぁそれがさ、別に渡さなくていいかなって思って」
「あ?」
「ノリで作ったけど渡しに行く勇気ないし。そもそも義理だし。あ、てかこれ友達と作ったんだけど、渡す相手一緒なのに中身全く同じじゃん。それもそれで気まずいな」
一人でブツブツ言っていると、カゲはケッと窓の方を向いた。カゲは昔からこんな感じで無愛想なので、女子からバレンタインチョコをもらっている姿は見たことがないし、本人もこういうイベントには興味がなさそうだ。付き合いは長いが、そういえばカゲにバレンタインチョコを渡したことなかったな、と思いながら箱を見る。
「これいる?」
「はあ?」
「嫌じゃなければあげるよ。意気地なしチョコでよければ」
はい、と箱を差し出すと、カゲは少し困ったような顔をした。そして数秒の間の後、ガッと乱暴に箱を奪われた。どうやらもらってくれるらしい。
するとカゲは、壁にもたれてラッピングを解き始めた。まさかここで食べるとは思っていなかったので一瞬フリーズしてしまう。
「えっ、ここで食べるの?」
「ババアに見つかるとめんどくせーんだよ」
「確かに」
カゲの家族は仲が良い。今までチョコレートをもらったことがない息子が、明らかに人からもらったチョコレートを持って帰って来たら絶対に質問攻めするだろう。想像して笑っていると、カゲはトリュフチョコを一つ摘んで口の中に放り込んだ。
「味普通でしょ。特別隠し味があるとかじゃないから」
「まあな」
「私も一個食べようかな」
手を伸ばした瞬間、指の先にあったチョコがさっと移動した。見上げると、カゲは私の方を見ないまま指に付いたココアパウダーを舐め取って、ラッピングを雑に戻すとそれをカバンの中に突っ込んだ。
「私も食べたかったのに」
「テメーは散々食ったんだろ」
「そうだけど別にいいじゃん。私のなんだから」
「もうテメーのじゃねーよ」
そう言うと、カゲは私を追い払うように手をひらりとさせて、どすどすと階段を下って行った。廊下に一人取り残された私は、じわじわと上がっていく口角を必死に押さえ込む。
「ちゃんと持って帰るんじゃん」
私の呟きは誰に聞かれることもなく、放課後の廊下にひっそりと溶けていた。


20230212

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