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親父曰く、日本には『クリスマス』という祭りがあるらしい。なんでも冬になると赤い服に身を包んだ白髭のおっさんが子どもたちにプレゼントを配り歩き、みんなで鳥の丸焼きやケーキという甘いものを食らい、木にキラキラする飾りを下げるというようなことをする祭りだという。妙な祭りはどこの国にもあるが、大抵は神に供物を捧げたり、感謝を忘れないようにするための祭事なので、この話を親父から聞いた時は、「逆にプレゼントをもらえるとは太っ腹な神がいるんだな」と思ったものだ。
「ユーマ、これでいいの?」
「お、上手く出来たな。きれいだ」
木に吊るすオーナメントなる物を作るため、旅の所持品に紐をくくり付けていた名前がえへへと笑うと、口元から白い吐息が立ち上った。名前の丸い頬と鼻先は冷気で赤く染まっている。
「寒いか?」
「んー、でも楽しいよ!」
本当は寒いだろうに、名前はあえて寒いとは口にしないで大きく笑った。
「レプリカ、これからどのくらい気温が下がるかわかるか?」
「今日は風もなく穏やかな気候だが、あと三度は下がるだろう」
「じゃあもう少し薪を燃やすか」
ベースキャンプの準備中に拾っておいた薪を焚き火に投げ入れると、ぱちぱちとオレンジ色の火花が散った。名前は両手を火にかざし、「温かいね」と無邪気に笑う。
「乾燥するからちゃんと水を飲むんだぞ」
「はぁい」
言われた通り水を飲む名前の姿に、ふと口元がゆるんだ。
おれたちは今、親父の遺言に従って日本を目指している。生身の身体を失ったおれは眠る必要がなく、寒さは大した問題ではない。だが名前は違う。昼間はトリオン体でいればいいが、回復のために夜はトリガーを解除する必要がある。なるべく温かい衣服やマントを選んで与えてはいるが、やはり極寒での野宿はつらいだろう。しかし泣き声一つ言わずにおれに着いてきてくれる。
名前は戦争孤児で、以前親父と訪れた国でひとりぼっちで物乞いをしている時に出会った。これまでそういう風に暮らす子どもたちを数多く見てきたはずだったが、必死に生きようとする名前と交流していくうちに、このまま一人でここに残しておけないという思いがわいてきた。悪い言い方をすると、おれは名前を攫ってきたのだ。
親父は旅に名前を同行させる条件として、名前の面倒は全ておれが見るようにと言った。名前は日常会話は出来たが、言葉を多く知らず、字も書けなかった。おれも勉強が得意な方ではないが、戦い方や金の稼ぎ方、初めて会う人間との会話の仕方などの処世術くらいは教えられる。おれが知らないことはレプリカが教え、何だかんだで親父も名前の面倒を見てくれたので、名前は出会った頃から見違えるくらい成長した。
女の成長は男よりも早いらしく、おれよりも小さかった背はとうとう去年追い越されてしまった。おそらく今後追い越すことはないだろう。
順調に成長を遂げている名前だが、まだまだ知ることはたくさんある。親父が死んでから、おれはより一層名前に色々なことを教えてやりたいと思い始めた。クリスマスという祭りをやろうと言ったのも、世界にはこういった楽しいものがあるということを教えてやりたかったからだ。それに、寒い夜をただ寝て過ごすのは面白くない。おれもクリスマスを見たことがないので果たしてこれが正解なのかわからないが、名前が楽しそうにしているのを見られただけで満足だ。
そして今夜は一つ、名前にプレゼントを用意してある。そのプレゼントは現在、オーナメントのふりをして木にぶら下がっていることを名前は知らない。紐がくくられたスプーンやフォークを木に吊るしながらレプリカと話しているのを横目に見て、よし、と気合いを入れる。
「名前、ちょっといいか?」
「なあに?」
ちょいちょいと手招くと、名前は居住まいを正して小首を傾げた。つられておれも正座をする。
「実はプレゼントを用意してあります」
「プレゼントってなあに?」
「名前、プレゼントとは贈り物のことだ。人に何か特別な物を渡す行為のことを指す」
名前は『プレゼント』という言葉の意味がわからなかったらしい。この数年で名前に物を買い与えたことは多々あったが、どれも必需品だったのでプレゼントという言葉を使ったことがなかった。レプリカの解説で『プレゼント』を理解したらしい名前は、何をもらえるのかと目を輝かせた。名前の実年齢はわからないが、おそらくおれとほとんど変わらない。それなのに見掛けよりも幼い内面に、おれは少しだけ焦っているのかもしれない。
「ごほん。あそこにぶら下がってるものがあるだろ? 取ってきてくれ」
「これ?」
「そう、紐がついてないやつな」
小枝に直接引っ掛けていたそれを取ってきた名前は、「あ!」と顔を綻ばせた。
「指輪だ!」
改めて声に出されると少し照れるが、おれが名前に用意したものは指輪だった。
「お手を拝借」
おれは名前の左手を取ると、彼女の手のひらにあった指輪を薬指にはめた。ガラにもなく緊張しているおれがいる。
「これはおまえが一番大事だって証だよ」
「ユーマ、これはつまり」
「うるさいぞレプリカ」
口を尖らせると、レプリカは気を使ったのか無言でこの場から離れていった。別に見られて困ることではないのに、逆にむず痒い。
名前は不思議そうな顔で左の薬指にはめられた指輪を眺めた。指輪は特に高価なものではないが、名前のことを想って選んだものだ。
「ユーマ、ちがうよ」
「えっ?」
リアクションを待っていたら、なんと名前は薬指から指輪を引っこ抜いてしまった。思わぬ行動に固まっていると、名前は指輪を左手の人差し指にはめ直し、得意げに笑った。
「一番大事な指はここでしょ?」
それはおれがはめている親父のブラックトリガーと同じ指だった。くはっと笑みがこぼれる。
「そうだな、大事だ」
そういえば左手の薬指に指輪をはめる意味を名前は知らない。意味を知らなければ、おれの想いにも気付くわけがない。だがいつかわかる時がくればいいかと思いながら、おれは名前の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


20221224

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