×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


とても凪いだお方だ、というのがハイレイン様の印象でした。お屋敷での奉公はかれこれ十年ほどになりますが、ハイレイン様はいついかなる時も感情が一定で、真顔以外拝見したことがありません。ご家族と過ごされる時はまた別の一面があるのでしょうが、たかが使用人にそのような表情を向ける必要はありませんし、わたくし自身、微笑みの一つが欲しいなどと大それた願望など持ち合わせておりません。
使用人は日々粗相のないように、粛々と仕事をこなしていけば最低限の生活は保障されます。先祖代々ベルティストン家に仕える家系のわたくしも、初めて呼吸をした時から、老いて死ぬまでの人生が予め決められております。そのことに疑問を抱いたことはございませんし、息苦しさを感じたこともありませんでした。

ベルティストン家はアフトクラトルに存在する四大領主の中の一つで、お屋敷には多くの使用人が仕えています。
わたくしの仕事は主にお屋敷の清掃です。正直に申し上げますと、難しいことはなく誰にでも出来る仕事です。特別器量が良いわけではなく、平凡なわたくしは、そのような仕事を一生していくことが似合う人間だと自覚しておりました。しかしある日、メイド長から当主様のお部屋の清掃や、身の回りの世話をするようにと命じられたのです。
何故わたくしだったのかはわかりません。ハイレイン様のお傍での奉公ほど名誉なことはありませんが、同時に重圧が襲いました。ハイレイン様は横暴な方ではありませんが、冷徹な一面があると聞きます。粗相一つで、わたくしの家族が迫害される可能性もあります。絶対に失敗してはならない。メイド服に袖を通す度に、わたくしはそう強く念じておりました。

ベルティストン家の当主様が代々引き継ぐ執務室には錠の類いが存在しておらず、その扉は皆に平等に開かれます。
お屋敷の中で最も重厚で厳かなその扉の両面には、ベルティストン家の紋章と、幾何学模様と植物を組み合わせた美しいレリーフが彫られています。
誰の目にも特別な部屋だとわかるその扉に鍵や錠がないということは、当主の絶対的な権威を表しているのだと、幼い頃に母から教わりました。その頃はあまり理解出来ずにいましたが、今思うと、当主様は護衛に守護されなくても、ご自身で身を守れる力を持つ、ということだったのかもしれません。実際にハイレイン様は自ら前線に立ち、軍の指揮を取られます。そしてハイレイン様の側頭部には、御伽話に出てくる龍の如き黒いトリガーホーンが鈍く光っております。選ばれし者にしか現れない、黒き威光。わたくしのような角すら持たない小市民は、それを見ただけで身体が絞られるような心地になるのでした。

ハイレイン様は、日中ほとんど部屋にはおりません。当主様が一体どのような公務をなさっているのか、わたくしには分かりかねますが、街の視察や軍の育成など多岐にわたるお仕事をなさっているようです。
ハイレイン様がいらっしゃらない間は、お部屋を掃除します。机周りは触らないようにと仰せつかっておりますので、観葉植物の葉を一枚一枚丁寧に拭いたり、部屋の埃を隅々まで掃く日々です。
このお部屋の担当はわたくし一人のため、ハイレイン様が戻るまでに清掃を終える必要があります。初めのうちは慌ただしくしておりましたが、数週間が経ち、お部屋の汚れがほとんどなくなってきてからは、少しだけゆとりを持てるようになってきました。そのせいでしょうか、つい魔が差してしまったのです。
執務室には数多の動物の剥製が飾られています。わたくしは生まれた頃からこのお屋敷を離れたことがないため、生きている動物を見る機会がほとんどありません。そのため剥製は物珍しく、わたくしはこのお部屋に初めて入った時からそれらが気になっていたのです。
今にも動き出しそうな鳥の剥製は、羽の一つ一つに艶があり、美しく羽を広げています。山羊の剥製に近付いてみると、不思議な形の目をしていることが確認出来ました。壁に掛けられた鹿の頭部の剥製は、角がまるで樹木のように枝分かれしています。
アフトクラトルには様々な形状のトリガーホーンを持つ方がいらっしゃいますが、このように立派な角をお持ちの方もいるのでしょうか。肩幅よりも広い角だと、頭が引っ掛かってお部屋から出られなくなってしまいそうです。
「ふふ」
想像したらおかしくて、お仕事中にも拘らず笑い声がもれてしまいました。その時でした。
「鹿が好きか?」
背後から、ハイレイン様の声がしました。抑揚のない穏やかな声に、わたくしの身体が強ばりました。高いところから飛び降りたように、ひゅっと身体の芯を掴まれた心地に、冷や汗が吹き出しました。急いで振り返り、ハイレイン様のお顔を見ることなく、深々と頭を下げます。
「も、申し訳ございませんでした……」
震える唇で謝罪をします。ハイレイン様は一体いつからそこにいらっしゃったのでしょう。扉が開く音すら気が付きませんでした。
よりによってハイレイン様のお部屋でこのような現場を見られてしまうだなんて、大失態です。わたくしの家族は、現在もこのお屋敷で奉公しています。わたくしはどうなっても構いませんが、家族に罰が下ることだけは避けねばなりません。
「あの、あ、ハイレイン様。罰は、わたくしだけに……」
「何をそんなに恐れている。顔を上げろ」
「ですが、ハイレイン様……」
「俺はおまえに鹿が好きかと訊いただけだ」
おそるおそる顔を上げると、目の前にいたはずのハイレイン様が、わたくしのお隣に立ち、鹿の剥製を見上げておりました。蒼い髪から流れるように後ろへ伸びる、トリガーホーン。こんなに至近距離で拝見するのは初めてで、一瞬見惚れてしまいました。しかしすぐに、ハイレイン様のご質問にお答えします。
「鹿、は……。きちんと拝見したのはこれが初めてです。角が立派で、瞳がつぶらで可愛らしいと思いました」
「そうか。ではおまえが好きな動物は?」
「は、はい……。そうですね、鳥です」
「何故だ?」
「わたくしは鳥と猫しか見たことがありません。鳥は、庭園の手入れをしている際に、実を食べる姿を見て愛らしいと思いました」
「猫は嫌いか?」
「遠くから見る分にはとても愛らしいですが、幼い頃に手を引っ掻かれてしまい、それからは……」
「ふっ、そうか」
鹿からわたくしへ移ろいだ瞳に、まつ毛の影が落ちました。青磁よりも深い色の眼差しに、わたくしの時は秒針を止めたようでした。
ハイレイン様は静かにわたくしの横を通り抜けると、椅子に腰掛けて、机上に積まれた書類を一枚手に取りました。はっとして、固まっていた身体に命令を送ります。
「お、お茶をお持ち致します」
「ああ」
ハイレイン様は一瞥もせず、書類の文字を追ったままお返事をしてくださいました。一礼して、退室します。扉を閉めた途端に、身体が炎に包まれたように熱くなりました。一体何が起こったのか。現実離れした出来事に、意識がふわふわと漂います。
まず、ハイレイン様から話しかけられたことに驚きました。配属が変わってから少しばかり時が経ちましたが、ハイレイン様と業務以外の言葉を交わしたことはありません。わたくしなど視界にすら入っていないと思っていました。それなのに、ハイレイン様が私に質問をしてくださり、微笑みを投じてくださいました。一度だって見たことがない微笑が、わたくしにだけ向けられた事実に、哀れなわたくしは胸を焦がしてしまったのでした。

あの日の一件から、ハイレイン様とわたくしの間には、なにか得体の知れない熱が生じていました。初めのうちは気のせいだと思っておりましたが、ハイレイン様を取り巻く空気や、わたくしとの距離、所作の一つ一つが、以前とはどこか違うのでした。
そして変化はわたくし自身にも現れておりました。身分不相応で、度し難い想いが胸の内に芽吹いているのを、確かに感じておりました。しかしながら、わたくしはそのような想いに舞い上がるほど幼くはありませんでした。
領主様は、御家を守っていくために政略結婚をすることがほとんどです。ベルティストン家のお相手はすでに決まっていると、同室の使用人が話しているのを以前聞いたことがあります。正確にはハイレイン様か、弟君のランバネイン様の伴侶となる方がいらっしゃるとのことでした。それを思い出したわたくしに、胸の痛みを嘆くなどといった行為は相応しくありません。初めから夢など見ていないのですから、痛みは己がとれだけ恥知らずなのかを実感する現象に過ぎないのです。ただ、寝所に入って目をつむっている間だけは、何事からも解放されたい。音をころして、胸を高鳴らせることを許されたい。そして朝、目覚めて、陽の光を浴びながらわたくしは想うのです。夢を見ているうちが一番幸福なのだ、と。

早朝の点呼を終え、執務室の扉を開けると、部屋の中にはハイレイン様がいらっしゃいました。窓の外に向けられていた視線がわたくしへと移ろいます。昨夜の幻想を気取られないように、ハイレイン様に会釈をします。
「おはようございます。本日はお早いのですね」
「少しやることがあってな」
「お邪魔でしたら退室致します」
「構わない。そのまま続けてくれ」
「かしこまりました」
ハイレイン様は椅子に腰かけると、書き物を始めました。毎日がご多忙のご様子ですが、休息は取られているのでしょうか。掃除をしながら要らぬ心配をしていると、ふいにハイレイン様に呼ばれました。
「これを」
机の引き出しから小箱を取り出したハイレイン様は、それを机上に置くと、すっとわたくしの前に差し出しました。
「拝見致します」
おそるおそる小箱を開けると、そこにはカットされた青色の石が中央に施された、アンティーク調のブローチが入っていました。物の価値など判断出来ないわたくしにも、そのブローチが特別なものであることは理解出来ました。石に吸収された陽光が、青色を帯びた光となって小箱の四方に落ちるのをぼんやりと眺めていると、ハイレイン様が静かに立ち上がりました。呆然と立ち尽くすわたくしに痺れを切らしてしまったようでした。
「あの、これは……」
「おまえのものだ」
「っ、いただけません。お気持ちだけありがたく頂戴致します」
「おまえによく似合う」
ハイレイン様はブローチのピンを外すと、わたくしの胸元のタイに触れました。呼吸が止まります。それなのに、激しい鼓動によって熱が全身に染み渡りました。
ハイレイン様の影がわたくしの頭上に落ちて、まるで包み込まれているかのようです。顎下で動くハイレイン様の指の動き、タイの擦れる音、ブローチの重み。顔を上げると、ハイレイン様の瞳がぴたりとわたくしを捉えました。そして、ハイレイン様は微かに口角を上げたのです。
微笑みがほしいわけではありませんでした。何も望んでなどいませんでした。それなのに胸にかかる重みが、わたくしを幾度となく愚かにさせました。
「あ……」
わたくしは何かを言いかけて、口をつぐみました。一体何を言おうとしたのかわかりませんでしたが、それはきっと口に出してはならないことに違いありませんでした。
「ありがとうございます」
「構わない。ああ、言い伝え忘れていたが、明日国を発つ。しばらく戻らない」
「かしこまりました。ご武運を」
ハイレイン様は何事もなかったかのように再び椅子に座ると、書き物を再開させました。わたくしも清掃を再開させるべく、ハイレイン様に背中を向けました。
ブローチに触れると、かちり、と金具が鳴りました。
夢ではない。ハイレイン様がわたくしに贈り物をしてくださった。ご主人様が使用人に何かをくださった話など、これまで聞いたこともありません。高揚と同時に、身体の内側をざらざらした何かで撫でられているような感覚がして、小さく震えました。
本来であれば、これを付けるに相応しいのは、ハイレイン様のご婚約者様です。使用人如きがこのような上等なブローチを付けていたら、周りはどう思うでしょうか。ハイレイン様にご迷惑をかけるようなことがあってはならない。その思いから、ハイレイン様が軍事遠征に行かれている間、わたくしはこのブローチを付けることが出来ませんでした。
そして何の因果か、ハイレイン様が国を発った翌朝、わたくしに婚約の話が来たのでした。
こういったことは珍しくありません。むしろ、この年齢で結婚のお話をいただけるのは有り難いことです。通常であれば、同じお屋敷に勤める血が遠い方がお相手となります。しかし話を聞くと、わたくしを妻に迎えたいとおっしゃっているのは、ベルティストン家の配下であるエリン家の兵士でした。なんでも、以前こちらのお屋敷に訪れた際に、わたくしのことを見かけて、気に入ってくださったというわけなのです。
わたくしはこのお話をお受けすることにしました。至極光栄なことですし、持参金すらない使用人のわたくしを妻にしたいという気持ちを無下に出来るはずがありません。まだ顔も知らないわたくしの夫となる方が一体どのような方なのかわかりませんが、エリン家の当主様はとても評判が良い方ですから、不安はありませんでした。

ハイレイン様がご不在の間に、婚姻の話は進んでいきました。先日初めて顔を合わせましたが、お相手の方は利発そうで優しそうな方でした。わたくしはきっと幸せになる。そんな予感がしました。
ハイレイン様は、わたくしの婚約のことをご存知だったのでしょうか。そう考えて、一使用人の行く末など、ベルティストン家の当主様がいちいち把握するわけがない、と思い返しましたが、もしご存知であれば、あのブローチはお祝いや餞別の意味が含まれていたのでしょうか。もしそうであれば、なんとお優しい方なのでしょう。共に過ごした期間は長くはありませんでしたが、ハイレイン様が冷酷と言われる所以はわかりませんでした。
出来ることなら、最後に感謝をお伝えしたかった。いつお戻りになるかわかりませんが、最後までお屋敷での役割を全うしたい。ハイレイン様がこのお部屋に戻られた時、ほんの少しでもわたくしのことを思い出していただけたら、わたくしはそれだけでこのお屋敷でやってきたこと全てが報われると思いました。
剥製の手入れをしていると、ふいに重厚な扉が開きました。マントを翻しながら入室されたのは、軍服に身を包んだハイレイン様でした。外が少し騒がしいと思っておりましたが、ハイレイン様が率いていた軍がご帰還されたからだったのでしょう。ご無事をこの目で確認出来てほっとしたのも束の間、わたくしの身体は魔法にでもかかったかのように動きを停止させました。
ハイレイン様は、普段と何一つ変わらない、凪いだ表情をされております。それなのに、周りの空気がとても冷たく見えました。何故か、ここから逃げ出さなければならない。そう感じました。
「おかえりなさいませ、ハイレイン様。ご無事でなによりです。ただいまお茶をお持ちいたします」
ハイレイン様から少し離れたところを通り抜けて、ドアノブに手をかけました。しかし扉は開きませんでした。この扉には、錠も鍵も存在しておりません。先程ハイレイン様が入ってきたばかりなのですから、開かないはずがないのです。視線を己の手に移しましたが、わたくしの手はしっかりとドアノブを掴んでおりました。それなのに、何故。
こつり、と背後から足音が聞こえてきました。わたくしは振り向くことが出来ずに、美しいレリーフの溝をじっと見つめていました。
「その扉はもう開かない」
ハイレイン様の囁くような声が、耳の裏に吐息がかかりそうなほど近くで聞こえました。そして、わたくしの手に、ハイレイン様の温度のない手が重ねられました。
「付けていないのか?」
ブローチのことだとすぐにわかりました。ひやりとして、慎重に言葉を選びます。
「わたくしのような者があのブローチを付けてしまいますと、ハイレイン様にご迷惑がかかるのではないかと思い、業務中はお部屋に……」
「そうか」
ハイレイン様のもう片方の手が、わたくしのタイをほどいていくのを感じて、頭の中が真っ白になりました。このような事態になって思い出すのは、使用人は主と無分別なことをしてはならないという、幼い頃からの母の教えでした。
「お許しください……」
胸元のボタンが外されて、鎖骨の辺りをハイレイン様の指先が触れました。たったそれだけで迫り上がるような興奮を覚えて身震いをする自身に呆れ、同時に、何故扉が開かなかったのかを理解しました。
「ハイレイン様……」
肩越しに振り返ると、ハイレイン様の手が私の顎に添えられました。影が、ゆっくりとわたくしを覆い尽くし、逃れられない闇と化して、わたくしを絡め取りました。追って迫るようなものであれば言い訳が立つものの、斜陽のような柔らかなものであったので、全てわたくしの非でありました。
甘美な罪を堪能し、まぶたを開くと、部屋中の剥製の瞳がじっ、とわたくしを見つめていました。どこか気怠げで濁った空気をまとう動物たちは、わたくしの誤ちを観察しているようでした。
ハイレイン様はマントを脱ぎ、わたくしを来賓用のソファーに導くと、わたくしをそこへ座らせました。すると、ハイレイン様がわたくしの膝の前に跪いたのです。ご主人様がわたくしよりも低い位置にいることに驚いて、咄嗟にソファーから下りようとしましたが、ハイレイン様が手だけでわたくしを制しました。
混乱と興奮で頭が回らない中で、ハイレイン様は粛々とわたくしの下着を脱がしていきます。そして、ハイレイン様はわたくしのはしたなくぬれた秘部をひらいてから、内腿を外側へ押しました。
「あっ」
生温く、ぬるついたものがわたくしの中心を這いました。ハイレイン様がわたくしのそこに顔を埋めて、愛撫したのです。わたくしが奉仕するならまだしも、ハイレイン様にそのようなことをさせてはならない。しかしながら、ハイレイン様の行動を否定することも出来ず、わたくしはされるがままでした。
「んっ、ん……あぁ……」
手を口元に当てて声を押しころそうとしても、ハイレイン様の舌の動きに翻弄されて、わたくしはみっともない声を出し続けました。
「あっ!」
ふいに触れられた性感帯に驚いて、思わず足を閉じてしまいました。すると、わたくしの内腿に、何か固いものが当たりました。それはハイレイン様の黒き威光でした。選ばれしお方のみが持つ角を、ただの使用人であるわたくしが触れている。しかも、足で。ぶるりと身体が震えます。それが恐怖だったのか、背徳感から来る愚かな感情だったのか判断がつかないほどに、わたくしは何も考えられなくなっていました。
それはまさに夢のようでした。ハイレイン様に釣り合う身分になったかのように錯覚するほど丁寧に、優しくわたくしに触れるハイレイン様の温度を感じながら、わたくしは絶頂へと導かれました。だらしなく足を開き、スカートの裾を握りしめて肩で息をしていると、ハイレイン様はゆっくりと立ち上がり、わたくしの手を恭しく取りました。
ハイレイン様は先程から何もおっしゃりません。行動だけで、わたくしがどうすればいいかを教えてくださいます。ソファーの背もたれを抱くようにして腰を突き出すと、ハイレイン様の手がわたくしの腰骨を掴みました。
不思議な感覚でした。それはまるで誂えた鍵と錠のようにぴったりと合わさりました。背後からハイレイン様の腕が伸びてきて、わたくしの身体を抱きしめてくださいました。
「痛いか?」
頭を振ると、ハイレイン様は「そうか」と呟いて、ゆっくりと突き上げるようにわたくしの中をかき混ぜました。
「はあっ、あっ、はっ、あ、ハイレインさまっ、んぐっ」
抽送が激しくなり、体験したことのない感覚に怯え惑う腰をぐっと引きつけられます。ソファーに爪が食い込んで、レザーに涙が落ちます。
怖い。
怖い、怖い。
「ああっ!」
気が付くとソファーに寝転んでいました。ぼうっとしていると、視界にハイレイン様が映り込みました。
「気を遣ったか?」
どこか楽しそうに微笑むハイレイン様は、わたくしの頬に手を添えると、流れるような動作で口付けてくださいました。
幸福です。この上なく幸福です。きっと今が人生の山場。この行為が終われば、わたくしは必ず不幸になる。そうに決まっている。それを知っていながら、わたくしはハイレイン様のたくましい身体に腕を伸ばしました。
「ハイレイン様……」
無礼かと思いましたが、ハイレイン様はわたくしの行為を寛大なお心で許し、頭を抱いてくださりました。ハイレイン様の服で視界を覆われて、充足感に満たされます。何も見えない暗がりの中で、一瞬わたくしを見初めてくださったあの方の顔が思い浮かびました。しかしすぐに泡沫のように消えました。
朦朧とする意識の中で、ハイレイン様の呼吸が遠く聞こえ、それから、わたくしの中からとろりとした温かいものが臀部を伝って滴り落ちたのを感じました。
わたくしはもうどこへも行けない。何にもなれない。
見えない鍵がいつまでわたくしを蝕むのか、想像もつきません。


20221002

back