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右手に嵌めた指輪を弄りながら二回目の電話をかける。無機質なコール音をじっと聞いていられず、私はスピーカーのボタンを押し、画面を操作してボーダーのHPを確認した。情報はまだ何も出ていない。隊員名簿のページを開き、「弓場拓磨」の文字をじっと見つめながら、私は祈るような気持ちで目を瞑った。
私は電話をかける時、いつもならば五回程度コール音が鳴っても相手が出なければ切ってしまうが、今日だけはそうしなかった。どうにか拓磨くんの安否を知りたくて、電話をかけ続けていた。

三門市に避難指示が出たのは今から三時間程前のことだ。四年半前を想起させる大規模な近界民の侵攻があり、街の一部はひどい有様だと報道された。
近界民は全て撃退されたらしく、これ以上の被害は出ないようだが、市民や隊員の正確な被害情報はまだ出ていない。そのため、拓磨くんが今どのような状況なのか、私には全くわからない。
もし怪我をしていたらどうしよう。もっと最悪な結果になっている可能性もある。考えただけでも恐ろしくて足が竦む。ボーダー隊員である以上いつかこういう日が来るとわかっていたし、本人からも時々念を押されていた。しかし実際にその状況になってみると、私は何一つ覚悟など出来ていなかったのだと知った。
私は人よりも弱虫で、心配性なところがある。拓磨くんにも「おめェーは肝っ玉が小さ過ぎる。もっと度胸をつけろ」と言われる程だった。私もその通りだとは思うが、努力しても突然そうなれるわけではない。出来るものならとっくにやっているのだ。
それをわかってくれているのか、拓磨くんはそれ以上何も言わなかった。その優しさが逆に申し訳なくて、夜に自己嫌悪してしまうこともある。
そんな私が、今の状況に耐えられるはずがない。今ボーダー内はとても大変だろうから、個人の携帯にかかってくる連絡をいちいち取る暇などないだろう。それはわかっている。けれど、少しでも安否がわかる可能性があるなら手段はこれしかない。
何回目のコール音が鳴っただろうか。ふいに音が途切れて、「弓場だ」と聞き慣れた声がした。それだけで私は安堵して、床にへたり込んでしまった。

「よかった……」
「名前か。心配かけちまったな。こっちは問題ねェ、安心しろ」
「うん、うん」
「まだバタバタしててな。相手してやれねェーで悪ィな」
「大丈夫、無事ってわかっただけでも本当によかった。忙しいのにごめんね」
「謝るこたァねェーよ。おめェーの安否もわかったしな。まだ何があるかわかんねェ、気ィ付けてくれや」
「うん、ありがとう。それじゃあ……」
「おう」

通話が切れて、私は深呼吸をする。拓磨くんは無事だ。安堵して、冷え切っていた身体に体温が戻ってくる。あの口振りからして怪我もないようだった。それがわかっただけでもよかった。
拓磨くんにもらった指輪に触れる。私の誕生日に買ってもらったものだ。不安な時にこれを触るのは、もう癖になってしまっている。
バタバタしていると言っていたし、やはり今大変な状況なのだろう。それなのに電話に出てくれただけでも十分だと思わなくてはならない。今の状況で会いたいなんて言ったら、拓磨くんを困らせるだけだ。私はただでさえ負担になるようなところがあるので、これ以上の我が儘は言えない。ただでさえ私は拓磨くんに我慢を強いているのだから。

私と拓磨くんの付き合いはそれなりに長くなったが、まだ一度も身体を許していない。初めてそういうことに及ぼうとした時に、私がひどく怖がってしまったからだ。拓磨くんはあの見た目と口調だけど、誰よりも私に優しい。私がいいと言うまで待つと言ってくれて、とうとう今日まで来てしまった。
本当は、もう拓磨くんに「いい」と言ってしまいたい。けれど、あれから一切そういう雰囲気にならないよう拓磨くんが配慮してくれているので、言い出せなくなってしまった。キスも滅多にしない。それなのに嫌な顔をせず、ずっと私の側にいてくれている。
拓磨くんは私に手を出さないのに、私は拓磨くんに口ばかりだして、傍から見たら相当嫌な彼女だろう。自分でもわかっているし、そういう部分が嫌いだ。それなのに拓磨くんは、これは私たちの問題だから周りは関係ないと言ってくれた。その言葉に救われたけれど、今回のようなことがまたいつあるかわからない。それなのに今のまま生きていたら、きっと後悔ばかりが起こる。
意識を自動的に変えられないなら、自ら変えていくしかないのだ。

その日の夜、私の住むアパートのインターホンが鳴った。この時間に私の家を訪れる人など限られている。まさか、と思って見ると、モニターに拓磨くんが映っていた。慌てて玄関に向かい、急いでドアを開ける。

「拓磨くん!」
「名前、ドア開ける前にインターホン出ろやコラ。俺じゃなかったらどうすんだ、っと……」

勢いよく抱き付いた私を受け止めると、拓磨くんは「心配かけたな」と呟いて私の身体を掻き抱いた。
私が不安に思っていた何もかもが晴れ渡るように心が軽くなって、噛み締めるように目を瞑る。
一月も終わりの頃なので、拓磨くんのコートの表面はきんと冷え切っていた。それが逆に拓磨くんの存在を確かなものにするようで、確かめるように冷たさの中に顔を埋める。

「とりあえず中ァ入れろ」

拓磨くんは私の背中をとんと叩くと、玄関の中に足を踏み入れた。ぱたんとドアが閉まる音が合図のように、再びきつく抱き合う。少し苦しいくらいなのに、まるで天国にいるような心地がした。

「来てくれてありがとう。本当は会いたかった。でも、大丈夫なの? 今大変なんじゃないの?」
「俺たちの隊は今回の戦闘にゃ出てねェからな。後始末は他の奴らがやってんだ」
「そっか、そうだったんだね」

腕から力を抜くと、拓磨くんの腕からも力が抜けた。ゆるく抱き合ったまま、拓磨くんを見上げる。眼鏡の奥にある静かな瞳が、悩ましげに細められる。
こんな時でも拓磨くんは、私のことを一番に考えてくれている。だからこそ、私から勇気を出さなくちゃいけない。

「キス、して」
「名前……」

こんなことを口に出すのは初めてで、胸の高鳴りが止まらない。期待と不安がない混ぜになって息がつまる。緊張で震えた指で拓磨くんの服をそっと掴むと、拓磨くんは私の頬に手を添えて、身を屈めた。
冷えた唇が重なる。じん、と染み渡るような感触だった。応えるように上を向いて唇を求めると、拓磨くんの優しい手が私の頬を撫でた。
緊張と幸福感で胸がいっぱいになる。言葉がなくても拓磨くんの想いが伝わってくるようだ。
小さな水音を立てて唇が離れる。拓磨くんの前髪がはらはらと揺れた。その奥にあるどこか熱を帯びた瞳に、私は言う。

「拓磨くん、私、もうとっくにいいの。私のこと待ったりしないで。強引にでも抱き締めてほしい」

勇気を出しても結局拓磨くん任せになってしまうことが申し訳なくて、私は俯いた。それでも拓磨くんは私がどんな気持ちでこの言葉を言ったのかわかってくれたようで、私の身体を優しく抱いた。
高揚と、少しの不安と、拓磨くんのことが好きだという想いによる熱で、拓磨くんの服が温まっている。拓磨くんは私の耳元に唇を寄せると、静かに囁いた。

「わかったから、目ェ瞑っとけ」

身体が甘く痺れる。言われた通りに目を瞑ると、拓磨くんの大きな手が私の後頭部に添えられて、深く口付けられた。雪崩れるようにリビングに入り、ソファーにそっと押し倒される。
まだ少しだけ怖い。けれど、拓磨くんに身を委ねたい。この先に何があるのか、教えてほしい。
薄らと目を開けると、拓磨くんの頭上で光るリビングのライトがあまりにも眩しくて、私は再び目を閉じた。


20220226
イメージソング「Automatic」

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