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前哨戦続編

隠岐くんに少しでもかわいいと思われたくて、デートの約束をしてからは大忙しの日々だった。
コスメのレビューサイトを徘徊して評価のいいものを買い集めてお化粧の練習をしたり、普段よりも念入りに髪の毛の手入れをしたり、爪をぴかぴかになるまで磨いたり。どこまで気付いてもらえるかわからないけれど、文字通り、頭のてっぺんから足の爪先まで、出来ることは何でもやった。
今回のデートの発端は、私が新しい靴がほしいと言っていたのを隠岐くんが覚えていてくれたことによるものだったので、デートのために新しい服や靴を買いに行くのは憚られた。そのため、持っている服で一番いいコーディネートを吟味して、友人にも意見を聞いてもらった。
早めに寝ることを心がけていたので、肌の調子も悪くない。鏡で何度もチェックしたけど、おかしいところはなかった。今日の私はここ最近では一番かわいい私のはずだ。それなのに、目線の先にいる隠岐くんは、そんな私の努力を軽く吹き飛ばすくらいの輝きを放っていた。

「(ピ、ピンクの上着……)」

待ち合わせ場所にした銅像の前に佇む隠岐くんは、黒を基調としたスポーティーな服に、くすみがかったピンクのアウターを着て、ヘアバンドをしている。男の子の服装に関して詳しくないが、隠岐くんの私服がオシャレ上級者なことは遠目から見てもすぐにわかった。まるで雑誌の一部を切り取って貼り付けたような光景に、私の足は鉛のように重くなってしまった。私って隠岐くんに釣り合うのかな、と不安が過ぎる。
隠岐くんはきっと、誰の目から見てもかっこいい男の子だ。背も高くてすらっとしているし、性格もおっとりしていて優しい。そんな人が、どうして私に好意があるような振る舞いをしてくれるのか、心当たりは何もない。それを今日のデートで訊けたらいいなと思っていたが、全てが私の自惚れのような気がしてきた。デートに誘ってもらった時は隠岐くんは絶対私のことが好き、と思っていたはずなのに、あの時の自信はどこに行ってしまったんだろう。とはいえここでぐずぐずしていても仕方がないので、急ぎ足で隠岐くんの元へ向かう。

「隠岐くん、お待たせ」
「あっ、名前先輩……」

私の声でぱっと顔を顔を上げた隠岐くんは、にこにこしていた顔を一瞬でふにゃ、と緩めた。ほんのりと頬を染めて、惚けたような顔でじっと私を見つめている。わかりやすいくらいの好感触。萎んでいた風船が一気に膨れ上がるように、自信が取り戻される。
数秒経っても、隠岐くんは私を見つめたまま何も言わない。熱視線に居た堪れず身動ぐと、ぼーっとしていた隠岐くんははっとして、慌てて笑顔を作った。顔の横にマンガみたいな汗が出ているのが見える。

「わ〜。ぼーっとしてもうた。すんません。早速行きます?」
「う、うん」

一人でわたわたしている隠岐くんの隣に並んで歩きながら、ちらりと表情を窺う。隠岐くんは大抵の場合、素の表情でもにこやかな印象だ。しかし今の隠岐くんは、いつも以上に口の端が上がっている。
私のこと、かわいいって思ってくれただろうか。確信はないけど、思っているはず。多分。どうせなら服装とかのことだけでも「かわいい」って言ってもらえたら嬉しかったけれど、よくよく考えたら今まで隠岐くんにかわいいと言われたことはない。私にかわいいと言ってくれるのは隠岐くんじゃなくてイコさんだ。
隠岐くんは雨取ちゃんみたいな年下の子にはさらっとそういうことを言う。さすがに嫉妬したりはしないけれど、あれくらいのさらっと具合なら私にだって言ってくれてもいいのではないだろうかと思う時がある。

「隠岐くんどのくらいに着いたの? 結構待たせちゃった?」
「いやいや、そんなにですよ。たまたま一本早い電車に乗れたんで、家出る時間は変わってません」
「そうなんだ、よかった。隠岐くんの私服おしゃれでびっくりしちゃった。いつもそんな感じだっけ?」

それとなく誘導しようと服の話題にしてみると、隠岐くんは「あーこれ」と自分の服をちょんとつまんだ。

「おれ服とかあんまわからへんし、店員さんのオススメ買うたんです。ピンク選ぶんはちょっと勇気いりますけど、これはちょっとくすんどるし、着やすいかなぁ思て」
「確かに男の子がピンク系選ぶのってちょっと勇気ないとかもね。でも隠岐くんに似合ってるよ」
「ほんまですか? そんならピンク買った甲斐あったわぁ」

隠岐くんはアウターの裾を両手でちょんとつまんで、お姫様が挨拶をするように軽く持ち上げた。そういう動作一つ一つがかわいくて、思わず私が「かわいい」と口走りそうになってしまう。

「……名前先輩も、今日いつもとちゃいますね」

ふいに、隠岐くんがぽつりと漏らす。内心「来たっ!」とガッツポーズだが、なんとか表には出さないように微笑む。

「そうかな?」
「はい。おめかししてはるな〜って」

おめかし、という言葉にむず痒さを覚えながら、「してますよ?」とわざとらしく言う。すると隠岐くんは、何かを言うか言わないか悩むように口をもごもごさせた。そして観念したのか、気恥ずかしそう言った。

「似合うてます」

似合うと言うだけでそんなに溜めなくても、と思ったが、隠岐くんは私に対しては結構こういうところがある。私はつい調子に乗って、隠岐くんに追い討ちをかけてみる。

「もう一声ほしいな〜」
「ええっ」
「……嘘、冗談だよ」
「先輩いけずやなー」

隠岐くんは冗談という言葉にほっとしたような表情をして、「暑いわ」と服をぱたぱたさせた。やっぱり言ってくれないな、なんて思いながら、目的地のショッピングモールの中へ入る。
このショッピングモールはランク戦のマップのモデルになった施設なので、地図は頭の中に入っている。お店は入れ替わったりするので全く同じではないが、わりと見覚えのあるものが多い。

「ねえねえ隠岐くん、こういう場所来るとさ、ここ隠れやすそうとか、射線通りそうとか思ったりしない?」
「ありますねぇ。普段歩いとる時も、あそこ隠れやすそうやなぁって思ったりしてまうわ。職業病ですかね?」
「そうかも。私たちスナイパーだから余計にね」
「射線は特に意識してまうなぁ」
「うんうん。あ、ここからだったらあの人狙えちゃうね」
「外す方がむずいです」

見ず知らずの男性を射抜くフリをして、二人で向かい合ってくすくすと笑う。側から聞いたら随分と物騒な話題だけど、スナイパーあるあるだ。
そんなたわいもない話をしながら、施設の中をぶらぶらと歩く。お互いに気になるお店があったら遠慮せずに入ると約束していたので、気を遣わずに色々なお店の中に入ることが出来た。
好きなブランドのお店に入って服を手に取って見ていると、ふいに隠岐くんが首を傾げる。

「名前先輩、試着しはる?」
「えっ、いや、さすがに恥ずかしいよ。それに待たせちゃうし」
「別にええのに〜」
「いい、いいって。それに髪型崩れちゃうかもだし」
「そりゃ大変やわ」

試着を拒む理由に納得したのか、隠岐くんはふむ、と頷いた。正直に言うと、試着を待ってもらうシチュエーションには憧れがある。女性服のお店で男の子が一人で佇んでいたら、それは誰が見てもカノジョ待ちに見えるし、着た姿を見せたらきっと褒めてくれるだろう。けれど付き合ってもいない男の子にそんなことをさせるのはかなり勇気が必要だ。私が言った通り、脱いだ時に髪がぐしゃぐしゃになってしまう可能性もある。

「それは買わないんですか?」

私が持っていた服を指差して隠岐くんが言う。デザインも色も気に入ったけど、これから靴を見るとなると予算オーバーだ。

「うーん、今回はやめておこうかな。本命は靴だから」
「了解です」

服を戻してお店を出る。
隣を歩く隠岐くんは、思っていたよりも身長が高い。私は時々隠岐くんのことを小動物みたいだと思ってしまうが、立派な男の子なんだということを実感してしまう。
隠岐くんと付き合えたら、私と隠岐くんの間にある絶妙な距離が縮まって、手を繋いで歩くのだろうか。隠岐くんの白くて長い手が視界に入ってしまい、ぱっと目を逸らす。

「うん?」
「あっ、あのアクセサリーのお店かわいいかも。見てもいい?」
「行きましょ」

ちょうど目に入ったアクセサリーショップを指差すと、先陣を切って隠岐くんがお店の中に吸い込まれて行った。
隠岐くんは女性向けのお店にも臆さずに入れるタイプだ。昔のことを詮索すると絶対にへこんでしまうので訊かないけど、大阪にいる時に彼女がいたんだろう。むしろ、いなかった方が驚いてしまう。
そんなことを思いながら陳列されているアクセサリーを眺める。お店に入ってすぐのスペースはピアスやイヤリングのコーナーだった。見比べると、やはりピアスの方が種類が多い。

「ピアス開けようかなぁ。でもちょっと怖いんだよね。隠岐くんはピアス開けないの?」
「や〜、痛そうやないですか」
「そうだよね。友達は開ける時は痛くなかったって言ってたけど、膿んだって言ってた」
「そっちのがいややわ」
「ね〜」

イヤリングコーナーをじっと見つめて、気に入ったものを手に取って見ていると、隠岐くんも何故かイヤリングを手に取っていた。

「気になるのあった?」
「いや、これ女の子用ですやん。名前先輩はどういうの好きなんかな〜って見てただけです」
「私? 私はねぇ、シンプルだけどかわいいやつとか好きだよ。あ、こういうのとか」

トレーに並べられていた一つを取って隠岐くんに見せる。金属で出来たリボンの表面に赤い色が塗られているイヤリングだ。リボンの形に揺らぎがあるのがかわいい。どんな服装にも似合いそうで、まじまじと見つめていたら本当にほしくなってきてしまった。

「ほんとにかわいい。買っちゃおうかな」
「……もっと色々見てみたらどうです? 向こうにもなんかありますよ」

隠岐くんが指差す店の奥の方はヘアアクセサリーのコーナーだった。確かにあっちも気になる。勧められるままに奥へ進み、リボンやパールが施された髪飾りを眺める。

「あ、これもかわいい。ねえ隠岐くん。あれ、隠岐くん?」

さっきまで後ろにいたはずの隠岐くんがいない。どこに行ったのだろうと辺りを見回すと、隠岐くんは何故かレジの前に立っていた。まさか、と思って慌てて隠岐くんの後を追いかける。

「隠岐くん!」
「あ、見っかった」
「えっ、えっ」

隠岐くんから店員さんに手渡されたのは、私が購入しようと思っていたリボンのイヤリングだった。

「名前先輩来るの早いわ」
「待って待って、なんで」
「おれが付けよ思って。あ、続けてください」

お会計してもいいのか戸惑う店員さんに隠岐くんがどうぞ、と手を出す。すでに手の届かないところに行ってしまったので、私はイヤリングがレジに通されるのを茫然と眺めているしか出来なかった。

「ラッピング致しますか?」
「お願いします」

店員さんは微笑ましそうに「かしこまりました」と言うと、通常の紙袋ではなく色のついた紙袋にイヤリングを入れてくれた。リボンが付いたシールが貼られた紙袋が隠岐くんの手に渡る。

「まだ店の中見ます?」
「大丈夫です……」
「ほんなら出ますか」

隠岐くんに背中を押されるようにして店外に出る。まさか買ってくれると思っていなかったので、私の胸はさっきからずっとドキドキしっぱなしだった。

「ほな名前先輩。どうぞ」
「ありがとう……」
「いやぁ、本当はこっそり買うて別れ際にーみたいなサプライズ出来たらかっこええけど、あんなん絶対バレるやん」

あはは、と笑う隠岐くんの顔は耳まで真っ赤だった。慣れんことするもんやないなぁ、なんて言いながら手で顔を仰いでいる。こんなことされてしまったら、想いが色々溢れてしまう。

「かっこいいよ」
「へっ」
「隠岐くんのこと、ずっとかっこいいって思ってたよ」

おそらく私の顔も真っ赤だ。恥ずかしくて俯いたまま歩く。隠岐くんが今どんな顔をしているのか見てみたい気持ちはあるが、見たら心臓がもたない。隠岐くんは、少し黙った後、「おれ」と口を開いた。

「名前先輩にそんなん言われたん、初めてです」
「そ、そうだっけ」
「はい。おれよくイコさんとかにからかわれとるやないですか。モテるとかイケメンみたいな」

隠岐くんはあれをからかわれていると思っていたらしい。私は事実だと思っていたので、少し意外だった。

「あのノリちょい苦手で。せやけど名前先輩、前に一回イコさん止めてくれたことあるん覚えてます?」
「え……?」

そんなことあっただろうか。そう思っていたのが伝わったのか、隠岐くんは「めっちゃ前なんで」とフォローしてくれた。
確かに隠岐くんは、イコさんに「モテる」と言われて、いちいち「モテませんて」と返している。その時の隠岐くんが困っているように見える時もあるな、とは思っていたけれど、私がそんな行動をしていたとは。

「そん時はええ人やなぁとか思っとったんやけど、だんだん、その、気になって、好きやなぁって」
「えっ」

ぴたりと足を止めて、隠岐くんを見る。隠岐くんはこれでもかと言うほど顔を赤くして、ヘアバンドをくしゃっと握っていた。ぶわりと内側から熱が発せられて、身体中が歓喜に震える。
ついに、隠岐くんが告白してくれた。私の勘違いではなかった。あまりにも嬉しくて、うっすらと涙の膜が張る。

「こんなとこでほんまにすんません。まだ靴も見てへんし、おれほんまにタイミングも最悪やわ」
「そ、そんなことないよ!」
「名前先輩……」
「すごく嬉しい。本当に、嬉しい。私も、隠岐くんのことが好き」

生まれて初めて告白されて、生まれて初めて告白した。ショッピングモールの通路ですることになるとは思っていなかったけど、私はずっと隠岐くんからの言葉を待っていたから、そんなことは気にならなかった。

「私だって、心の中で隠岐くんのことイケメンだって思ってるような人だけど、いいのかな?」

イケメンと言われることが嫌なら、私は隠岐くんには相応しくないのではないだろうか。そう不安に思って訊くと、隠岐くんは目を細めて心底嬉しそうに微笑んだ。

「名前先輩にそう思われんの、めっちゃ嬉しいわ」

照れながら言う隠岐くんのキラースマイルに、私の心臓はとうとう弾け飛びそうだった。今の笑顔は一生忘れられそうにない。
衝撃でよたよたしていると、隠岐くんは「座りますか」と設置されているソファーを指差した。そこにすとんと座り、二人してもじもじしてしまう。

「名前先輩、おれと付き合うてください」
「っ、は、い。よろしくお願いします」
「こちらこそ」

ぺこりとお互いに頭を下げて、顔を上げたところで視線がぶつかる。隠岐くんが、私のカレシになってしまった。どんな風に接していいかわからないのは向こうも同じなようで、えへへ、と笑い合う。

「そ、そうだ。隠岐くんがくれたイヤリング付けちゃおうかな」

ずっと手に持っていたので、少しよれてしまった紙袋を開けようとした手に、隠岐くんの手が被さった。

「今日やなくて、次付けて来てほしいです」

きめ細かいきれいな手から、熱がじんじんと伝わって来る。甘えたようなその表情に、私の視線は釘付けだった。
次というのは、次のデートのことだ。隠岐くんと私がカレシとカノジョとして、初めて待ち合わせするデート。
私は絞り出すように「はい」と呟いて、隠岐くんの手がそのまま私の手を握り締めるのを、夢じゃありませんようにと思いながら握り返した。


20220108

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