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「すっかり師走だな」
ショッピングモールの煌びやかな内装を見た忍田さんが、ぽつりと呟く。その言葉に、私は思わず「え……」と返してしまった。
十二月になると、ほとんどの店舗がクリスマスカラーに様変わりする。キラキラ光る電飾や、ゴールドのリボン、可愛らしいオーナメントがたくさん付いたクリスマスツリー。どれも心躍るものばかりだというのに、忍田さんの「師走」発言に私は動揺を隠せなかった。しかし、すぐにはっとして、忍田さんの腕をぐいっと引っ張る。
「し、師走……? 何ですか師走って……?」
「師走は師走だろう。諸説あるが、僧侶がこの時期になると多忙で走り回ることから……」
「そんなことはどうでもいいんです!!」
「声が大きいぞ」
ご丁寧に師走の由来を説明しようとした忍田さんの言葉を遮ったら、優しく叱られてしまった。確かにいい年した大人がこんなところで大声を出していたらみっともない。「すみません……」と肩をすぼめる。
忍田さんとお付き合いして早くも半年が経とうとしているが、未だに子ども扱いが抜けないのは、私に落ち着きが足りないからだろう。
今日は忍田さんがようやく休みを取ったので、クリスマスプレゼントの調査を兼ねてデートの場所を三門市から少し離れたショッピングモールにした。三門市周辺だとボーダー関係者に見られる可能性があるからだ。幹部である忍田さんが、ボーダーの職員である私と一緒にいるところを見られたら面目が立たなくなるのではないかと懸念してのことだった。真剣な交際をしているつもりだが、念のため会う時はいつも慎重になっている。忍田さんが丸一日休みの日はあまりないので、こうして出掛けるのも随分久しぶりだった。
「それで、私の何が気に食わなかったんだ?」
「何がって、クリスマスを師走って表現したところですよ。だってこんなキラキラでウキウキなムードを師走って……。ちょっとオッサンです」
私にオッサンと言われた忍田さんは、軽いダメージを受けたような声を出した。口には出さないが、忍田さんはおそらく私との年齢差を少なからず気にしている。社会人で成人しているとはいえ、私と忍田さんは片手の指の本数以上に歳が離れている。私は全く気にならないが、年上の方は色々と葛藤があるのだろう。未成年が多く属する組織なので尚更だ。
忍田さんは一つ咳払いをすると、ネクタイを締め直すように、乱れてもいないマフラーを直した。
「すまない、改める」
「いいですけど。まあ、私たちにクリスマスなんてあってないようなものですしね」
クリスマスだろうが何だろうが、近界民には全く関係のないことだ。クリスマスに忍田さんと食事をするとしても、きっとボーダー内の食堂で、仕事の話をしながら、なんてことになるに違いない。こっそりプレゼントくらいは渡したいと思っているが、当日に渡せない可能性も大いにあり得る。
「いつも苦労を掛けるな」
「いえいえ。こういう仕事にイベントとか長期休暇とかはないですからね。わかってるので大丈夫ですよ。いつもお疲れさまです」
「……きみがそう言ってくれて助かるよ」
職員は比較的休みが取りやすいが、忍田さんは本来週休二日ある休みを返上して働いている。指揮を取る側の人間は大変だ。
普通の恋人のようには過ごせないということを了承して付き合ったので、なかなか会えないことに文句はない。だが今日のようにこうして時間を作ってもらった時は、めいっぱい甘えたいと思っている。
「そのかわり、今日は最後まで可愛がってくれますか?」
忍田さんの腕に巻き付いて、わざとらしく上目遣いで言う。すると忍田さんは全てを察したようで「こんなところで言うのはやめないか」と私を嗜めつつ、頭をぽんと撫でてくれた。
忍田さんは昔はヤンチャしていたらしいが、私が出会った頃には今の真面目でお堅い忍田さんだった。今もコートのボタンは全て閉じて、マフラーをワンループ巻きしている。指導者として正しくあるべきという姿を見せてくれる忍田さんは、最高にかっこいい。
「ねぇねぇ忍田さん。ああいうの好きですか〜?」
「全くきみは……」
私が指差した先には、真っ赤な下着を着けてサンタ帽を被った下着屋のマネキン。それを見た忍田さんがやれやれ、とため息をつく。私はこうして忍田さんをからかって、窘められるのが結構好きだ。
吹き抜けになっているホールに出ると、巨大なクリスマスツリーが目の前に現れた。最近になってよく見掛けるようになった青とシルバーがメインカラーのツリーで、頂点の星の部分から大きなリボンが数本、壁に向かって垂れている。それを二人で見上げながら、たわいもないお喋りをする。
クリスマスは当日じゃなくても、こんなに楽しい。忍田さんはクリスマスに特別な思い入れがないから「師走」だなんて言ったのかもしれないが、来年はそんなことが言えないくらい、私が特別な期間に変えてやるのだ。

20211220

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