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太刀川さんに続き、深く頭を下げる。ラウンジがどよめくのもお構いなしだ。俺は当事者ではないにしても、今回のことに全く非がないとは言えない立場なので、太刀川さんの少し後ろから「本当にすみませんでした」と言葉を続けた。

「太刀川くん、出水くん、ここでは目立つから、ね?」

慌てて頭を上げさせようとする来馬先輩と、困った顔をした鋼さんに促されて恐る恐る上体を起こし、横目で太刀川さんを確認すると、珍しく焦ったような表情で「はは」と笑っていた。さすがに堪えているらしい。

「とにかく場所を変えよう。うちの隊室でいいかな?」
「どこでもいいぞ」
「行きましょうか」

太刀川さんと来馬さんを動かすように言った鋼さんは俺を一瞥すると、「大丈夫だから」と目で訴えてきた。その後ろからついて行く。本当に申し訳ない。
鈴鳴第一の作戦室に着くと、来馬さんは俺たちを上座に座らせた。鈴鳴第一の作戦室はソファーがない。必要最低限のシンプルな部屋なので、机をはさんで事務椅子に座る。

「お茶出せないから代わりに、よかったら飲んで」
「悪いな来馬」
「すみません、ありがとうございます」

B級の部屋には給湯室がないからという意味だろう。来馬さんはコンビニ袋から缶のお茶を四本出すと、俺たちの前に置いていった。
謝罪に来ている俺たちをもてなす必要はないが、お人好しの来馬さんらしい。本来なら俺たちが向こうの支部を訪れるべきだが、こっちに用事があるからとわざわざ来てくれた辺り、穏便に済ませたいという気持ちが窺い知れる。気を遣って先にプルタブを開けた来馬さんに鋼さんが続く。俺と太刀川さんも後に続いたが、口をつけることなく、太刀川さんが「改めて」と場を整えた。

「本当に申し訳なかった」

準備していた菓子折を机の上に出すと、来馬さんは相変わらず困り顔で「ご丁寧にありがとう」と受け取った。

ことの発端は、太刀川さんが名字さんのことが好きだと俺に打ち明けてきたことだった。自分の隊長から恋バナが飛び出してくるとは思わず、盛り上がって「応援しますよ!」と軽い気持ちで言ってしまったのだ。
名字さんというのは本部の中央オペレーターで、どこの隊にも所属していない。歳は太刀川さんと同じで、三門市立大学に通っている。一言で言うと優しく面倒見のいい人だが、戦闘員ではないので交流は少ない。時々太刀川さんが提出した不備だらけの書類を返しにくることがあって、その時に話すくらいだ。
応援するとは言ったものの、接点がないので特に何もしていなかったのだが、つい先日、俺と太刀川さん、鋼さんと荒船さん、東さんと名字さんという謎の面子で夕飯に行くことになった。こうなった流れは偶然としか言いようがないが、一世一代のチャンスに俺たちは浮かれまくり、太刀川さんは酒を飲んだ。今思うと、太刀川さんも緊張していたのだと思う。
一人で帰ろうとする名字さんを見た俺は、太刀川さんに「今しかないですよ!」と煽りに煽った。すると太刀川さんは、ふらっと名字さんに近寄ると、薄暗い路地にそれとなく誘導した。様子が変だと思ってその先を見ていると、太刀川さんは名字さんに俗に言う壁ドンをしていた。それも、手をつくやつではなく、片腕をついて覗き込むような、色気のあるものだ。普段のだらしない姿からは想像できない様にびっくりしていると、太刀川さんは名字さんに何か囁いて、そっと顔を近づけた。キスするつもりなんじゃ、とドギマギしていると、俺の横を風が切って、気がついた時には鋼さんが太刀川さんを止めていた。
鋼さんに庇われた名字さんは顔を真っ赤にして混乱していたが、それ以上に太刀川さんが混乱していた。

「ダメですよ、太刀川さん」

鋼さんに諌められた太刀川さんは酔いも回って状況が飲み込めないのか、しばらくそのままの体勢で考えたあと、冷や汗をかいて顎髭に手を当てた。さすがにかわいそうになってその場に向かうと、名字さんが小さく「彼氏がいる」と言ったのが聞こえた。

「いくら知らなかったとは言え、お前の彼女に手を出して悪かった。マジで反省してる」

名字さんの彼氏とは、来馬さんのことだった。今までそんな話を誰からも聞いたことがなかったから、にわかには信じられなかったが、名字さん本人が言うのだから間違いない。

「いや、ぼくたちも誰にも言ってなかったから。隠していたのも悪かったよ」
「来馬さん、俺たち一応殴られる覚悟で来てるんで、遠慮しないでください」
「そんなことしないよ! 名前ちゃんも怒ってないんだから。それに未遂だったしね」

来馬さんが力なく笑う。未遂だったのは鋼さんが止めたからであって、あのままいけば太刀川さんは確実に名字さんの唇を塞いでいた。思い返してひやりとする。

「村上は知ってたのか?」
「そうだ、鋼にも言ったことないはずだけど、どうして知ってたんだ?」
「なんとなくそうなのかなって思ってましたよ」

鋼さんの観察眼の鋭さに感心している場合ではないが、さすがとしか言えない。俺は自分の隊長が名字さんのことを好きなのも言われるまで気付かなかったというのに。

「村上も悪かったな」
「いえ、ちょっと焦りましたけどね」

ふっ、と鋼さんが笑う。絶妙に太刀川さんを責めるような、後腐れなくするような言い回しだった。太刀川さんは「あー」と目を瞑って笑っている。普段自信たっぷりな太刀川さんがやられている姿が面白いような、哀れなような。同情する。

「それで、だ。俺が言うのもアレなんだが、改めて名字にも謝りたい。先に来馬に確認しようと思ってな。さすがに二人で会ったりはしないから安心してくれ」
「いやいや、こうして謝りに来てくれたから疑ってないよ。ちょっと名前ちゃんに確認してみてもいいかい?」
「頼む」

来馬さんは一言断ると、席を立って作戦室の奥へ行った。電話をかけてくれているようだ。来馬さんがいなくなったことにより、少し緊張が弱まる。

「はあ、鋼さんも巻き込んでマジ申し訳ねー」
「俺は気にしてないよ」
「まさか太刀川さん、あんな大胆なことするとは思わなかったわ」
「言うな、泣くぞ?」

薄ら笑いを浮かべていて、泣きそうにない太刀川さんだが、本心は相当ヘコんでいるらしい。片思いしていた相手に彼氏がいたのもそうだが、その彼氏が来馬さんだったら、名字さんを奪う気にもなれないだろう。

「ちなみに来馬さんと名字さんっていつから付き合ってるのか鋼さん聞きました?」
「中三かららしいぞ」
「なっが! 太刀川さんこれはムリですよ!」
「出水、お前は俺を慰める気はないのか?」

わいわいしていると電話を終えた来馬さんが帰って来た。馬鹿話を切り上げる。

「名前ちゃん今から来るって。さっきも言ったけどぼくも名前ちゃんも怒ってないから。ぼくは太刀川くんとはこれからも仲良くしたいと思ってるし……なんて言ったら嫌味っぽいかな?」
「いや、そうしてくれると俺も助かる」
「太刀川さん課題見せてほしいだけでしょ」

茶化すように言うと、ははは、と来馬さんと鋼さんが笑う。せめてこれくらいのサポートはさせてほしい。
それにしても、こんな和やかな謝罪があっていいのだろうか。来馬さんが怒っている姿は想像できないが、彼女が怒ってないから自分も大丈夫だなんて普通言えない。人柄もあるだろうが、信頼し合っているのだろう。初めから太刀川さんの付け入る隙はなかったにしても、今後名字さんが誰かに言い寄られる未来はなくはない。

「その、来馬さんと名字さんが付き合ってるって公表しないんですか? うちの隊長みたいな悪い虫が今後寄ってこないとは言えないと思うんですけど」
「まあ、贔屓目なしに名前ちゃんは魅力的だとは思うけど、同じ場所で働いてる以上わざわざ言ったりはしないかな」

さらりと惚気られたが、全く嫌味に聞こえないのは来馬さんだからだろう。ボーダーに入る前からの関係ならむしろ公表しておいた方がいいような気もするが、二人の考えはそうではないようだ。

「聞かれた時だけ答えればいいんじゃないですか?」
「うん、そうしようかな」

そうこうしている間に、作戦室のブザーが鳴った。名字さんが到着したらしい。来馬さんは席を立つと、コンパネに触れてドアを開ける。

「ごめんね、遅くなっちゃった」
「全然待ってないよ」

名字さんが部屋に入って来るのに合わせて太刀川さんが立ち上がった。つられて俺も立ち上がる。忍田さんに怒られてばかりの太刀川さんは、謝罪のタイミングが完璧だった。

「名字、本当に悪かった。反省してる」
「すみませんでした」
「わ、太刀川くん、出水くん顔上げて! 大丈夫だから。私も悪かったし、ごめんね」

逆に謝られてしまった。来馬さんといい名字さんといい、お人好しにもほどがある。

「鋼くんもごめんね、気まずかったよね」
「大丈夫です」

所在なさげにしていた鋼さんにすかさず声をかけるあたり、名字さんは本当に人をよく見ていると思う。来馬さんは椅子を持って来ると、来馬さんと鋼さんの間に名字さんを座らせた。

「えーっと、とりあえず大前提として、私と来馬くんは怒ってません」
「それはさっき言ってあるよ」
「あ、そっか。じゃあ私は太刀川くんの謝罪を受け入れたから、この話はお終い……ってわけにもいかないよね」

名字さんがちらりと太刀川さんを見る。太刀川さんはちょっと身構えて、それでも余裕のある表情を作っていた。席を外した方がいいんじゃないかと思ったが、この流れを断ち切るわけにもいかない。ちら、と鋼さんに目配せすると同じようなことを考えていたのか、お互いに少し頷いてじっとしていることにした。

「太刀川くん、ここで言っても大丈夫かな?」
「いいぞ。わかりきってるしな」
「うん……。えと、太刀川くんがああいう風に言ってくれて嬉しかったけど、私はずっと来馬くんのことが好きなので、ごめんなさい」

途端に来馬さんの顔が赤くなった。この場にいる人間全て公開処刑みたいなものだ。道連れに俺と鋼さんも意味もなく赤くなる。もちろん名字さんの顔も言うまでもない。

「それでね、あの……来馬くんには悪いんだけど」

モゴモゴと言い淀む名字さんが来馬さんを見上げた。いいよ、と来馬さんが促す。

「太刀川くんにああいうことされて、ドキドキしたのは事実だし、カッコいいなとも思ったけど。太刀川くんにああいうことされたい女の子もいっぱいいるとは、思うんだけど……」
「名字は違うんだろ?」
「う、うん」
「気を遣わせて悪いな」

ふるふると頭を振る名字さんは、再度謝り、沈黙してしまう。この流れを変えるのは俺しかいないと、足元に置いてあったもう一つの菓子折の袋を持つ。

「名字さん、このタイミングなのかわかんないんですけど、よかったらこれ食べてください」
「えっ、そんないいのに。ご丁寧にありがとう」
「こんな隊長なんですけど、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」

果たして俺のアシストが正しかったのかは分からないが、名字さんは少しほっとした表情をしていた。生意気かもしれないが、太刀川さんの立場が低い以上、俺が頑張るしかない。

「これ以上時間取らせるのも悪いんでもう行きますね。ほら太刀川さん」
「出水、お前ほんといい奴だな」
「だったらメシでも奢ってくださいよ」

隊服のコートを翻して三人の横を通り、一礼して部屋を後にする。中から小さく名字さんの「緊張した」という声が聞こえたが、先に歩き出していた太刀川さんには聞こえていないようだった。

「太刀川さんっていつから名字さんのこと好きだったんですか?」
「それ聞くか?」
「いや、なんとなく」
「大学入ってからだな」
「太刀川さんもそこそこ長いな!」

今までいくらでも時間があっただろうにこの人は……。でも好きになった頃から来馬さんと付き合っていたわけだから、どっちにしろ太刀川さんは名字さんにフラれていた。
それにしても、と先行して歩く太刀川さんを見る。名字さんに迫った時の太刀川さんは本気で落としにかかっていた。日常では見ることがない男の顔で、あの色気をあと数年で俺も醸せるようになるのか謎だ。しげしげと眺めていると、太刀川さんが「なんだ出水」と少し悲しげな声色で言ったので、改めてこの人失恋したんだ、と思い返す。

「今日は俺が奢ってあげますよ」
「サンキュー」

今日はこのまま太刀川さんを慰めよう。酒も好きなだけ呑めばいい。
この後、太刀川さんがたちが悪いくらいに酔っ払い、手に負えず成人済みの隊員に助けを求めたことにより、太刀川さんの失恋と二人が付き合っていることが一部界隈に広まってしまった。もう太刀川さんには何もしてやらない。

20210312

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