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週に二日ほど、自宅を早朝に出て鈴鳴支部の子たちの朝ごはんを作りに行く。これは完全に私の趣味だ。
私は数ヶ月前に鈴鳴支部に配属されたボーダーの社員なのだが、鈴鳴の隊員たちが可愛くて可愛くて仕方がない。
来馬くんは穏やかで優しく、鋼くんは高校生らしからぬ落ち着きがある。今ちゃんはしっかり者で面倒見が良く、太一は手が掛かるが憎めず愛らしい。
来馬くんとはそこまで歳が変わらないので頭を撫でたりなどのスキンシップはしないが、高校生の子たちは猫可愛がりしていると言っても過言ではない。ハグしたいし頭をくしゃくしゃに撫で回したい。欲しいものがあるなら何でも言ってほしい。とにかく、弟や妹が出来たみたいで毎日が楽しい。
その可愛がりの一環で、夜勤の任務などで忙しかった翌日などは、私も支部で一緒に朝食を食べるという名目で当番を受け持つようになった。あの子たちのためなら早起きも苦ではない。むしろ朝から一緒にいられるなんて、私にとってプラスでしかないのだ。
とはいえそこまで凝った朝食を作るわけではない。焼き魚や味噌汁といった日本的な日もあれば、パンを買って行く時もある。
昨夜、鋼くんが早朝ランニングに行くついでにお米を炊いておくと連絡をくれたので、今日は前者だ。若いのにこういう気遣いが出来る鋼くんは将来有望である。

鈴鳴支部に到着し、皆がまだ寝ているかもしれないので静かに階段を上がる。ダイニング代わりに使っている部屋に入りながら「おはようございます」と言い掛けた口を噤んだ。キッチンの方で何やら物音がしたからだ。そっと近付いて覗き込むと、シンクの前に立つ鋼くんが見えた。ランニングから帰って来たばかりのようで、首にタオルを掛けている。
鋼くんはまだ私に気が付いていないようで、こちらに背を向けたままだ。無防備な背中に、むくむくと悪戯心が湧いてくる。
気配を消し、獲物を狙うチーターのようにそろりそろりと近付く。そして鋼くんの背中にわっと飛び付いた。

「鋼くんおっはよー!」
「っ、名字さん!」
「あ、お水飲んでた? ごめんね」

鋼くんの肩に両手を置いて手元を覗き込むと、水分補給の最中だったらしい。そうとは知らずに飛び付いてしまったので、鋼くんの口元はコップから零れた水で濡れていた。鋼くんはそれをタオルでぐいっと拭うと、「いえ……」と目を逸らした。

「あ、服もちょっと濡れちゃったよね。ごめんごめん」

胸元で撥水している水を袖口で拭おうとしたが、「大丈夫ですから」とやんわりと手を払い除けられる。
それにしても鋼くんの身体が温かい。代謝が良さそうだし、きっと体温も高いのだろう。私はどちらかといえば低いからなぁ、と思いながら鋼くんの背中にくっついていると、鋼くんが身動いだ。

「あの、名字さん、近いです。俺走ってきた後なのでちょっと」
「汗臭いって? 全然そんなことないけどな。むしろ柔軟剤の良い匂いする」

柔軟剤は今ちゃんが選んだものだ。本当はフローラル系がいいけど、男の子が多いからという理由でセレクトしたグリーン系の香りを嗅いでいると、鋼くんは一瞬固まり、私からさっと離れた。

「シャワー浴びて来ます。米は炊き上がってるので、すみませんが朝食お願いします」
「はーい、ごゆっくり〜」

ひらひらと手を振ると、シンクにコップを置いた鋼くんはぺこりと頭を下げて部屋を出て行ってしまった。宙を漂わせていた手をぐっと握る。
最近、なんだか鋼くんが冷たい。これは絶対に気のせいではなく、明らかに態度が素っ気ない。実は私は、このことにかなり大きなダメージを食らっている。
これは偏見かもしれないが、鈴鳴の子たちと喧嘩をしてしまった場合、一番仲直りするのが大変そうなのは鋼くんだと思う。今ちゃんはきちんと謝れば許してくれそうだし、太一はある意味わかりやすいのでなんとかなりそうだ。来馬くんはそもそも喧嘩をする想像すら出来ない。だが鋼くんは内に溜め込むタイプだろうし、納得いかないことでも精神的に大人なので、表面上は仲直りの体を取ってくれるだろうが、その後も心の距離を取ってきそうだ。
何故鋼くんが私に素っ気無くなってしまったのか、決定打に心当たりはない。
口喧嘩みたいなこともしたこともなく、みんな平等に接しているつもりだ。いや、態度に違和感を覚えてから、どうにか取り返したくて鋼くんに構うことが増えた気がする。もしかして、それがウザかったのかも。でも私が離れたら鋼くんとのわだかまりは今後ずっと解決しないまま、差し障りのない関係になってしまいそうだ。それだけは避けたかった。
心の中で泣きながらみんなの朝食の準備をしていると、ビル内の個室の方から物音が聞こえ始めた。おそらく今ちゃんと太一が起き始めたのだろう。鋼くんは二人が洗面所を使い始める時間より前にシャワーを終えるはずなので、そろそろ戻って来る。今日は朝一の防衛任務のため、来馬くんもそろそろ支部に到着するだろう。
人数分の鮭も焼けたし、味噌汁も完成した。あとは器に盛り付けるだけだ。戸棚からお皿を取ろうと振り返ると、シャワーを終えた鋼くんがキッチンに入って来た。男の子の風呂は驚くほど早い。

「皿なら俺が取りますよ」
「ありがとう。相変わらず気が利くね〜」
「そうですか?」

はは、と鋼くんが笑う。多分、いつも通り、普通の態度だ。しかし私は深読みしてしまって、この会話すら違和感を覚えてしまう。
今は私と鋼くんの二人しかいないし、やはり私の何が悪かったのか訊いた方がいいだろうか。素直に教えてくれるかわからないし、本当に気に障るようなことをしていたとしたら、申し訳なさすぎる。果たしてダメージに耐えられるだろうか。

「あの、鋼くん」
「何ですか?」

ダメだ、怖すぎる。訊けない。お皿を持って来てくれた鋼くんは、それを置いて私の言葉を待っている。

「こ、鋼くんって早起きでえらいよね! 任務も学校もあって疲れてるはずなのに、自己鍛錬も怠らないしえらい! お姉さん本当に感心しちゃう! 撫でちゃお!」
「っ!」

鋼くんの髪を両手でわしゃわしゃとかき回しながら、あはは、と笑う。気まずさを隠すためにえらい早口になってしまったが、気付かれていないだろうか。
一しきり撫で回して手を離すと、鋼くんはどこか不機嫌そうな表情で乱れた髪を整えた。さあっと血の気が引く。こんな表情をする鋼くんは初めて見た。
太一にもよくこうしているのであまり気にしていなかったが、多分、これはやってしまった。こういうスキンシップが嫌だったのなら、相当やらかしている。

「えっと、あの……」
「名字さん」
「はいっ」

無表情の鋼くんが私をじっと見つめている。思わず後退ると、鋼くんが距離を詰めてきた。一歩、一歩じりじりと追い詰められて、背中が壁にぶつかる。コンロと食器棚の間に追いやられてしまったため、どこにも逃げられない。
鋼くんに謝らないと。嫌われたくない。口を動かそうとしたが、言葉が何も出てこない。

「名字さん」

耳の横を何かが横切り、視界が鋼くんで埋め尽くされる。喉に引っ掛かるような低い声で私の名を呼んだ鋼くんの鋭い目線が、真っ直ぐに私を突き刺した。

「俺も男だって事分かってます?」

いつも聞いているはずの鋼くんの声が、すぐ近くで聞こえた。どっと心臓が跳ねて、汗が噴き出す。

「名字さんから見たら俺は子どもかもしれませんけど、思ってるより幼くないですよ」
「こ、こう……」

鋼くんは現在トリオン体だというのに、男物のシャンプーの匂いが鼻先を掠めたような気がした。鋼くんは身体を密着させると、私の耳元に唇を寄せて言った。

「どうなっても知りませんからね」

吐息が掛かった耳をばっと押さえ付けると、鋼くんが小さく笑う気配がした。視界にすっと光が入り、鋼くんが離れていく。
おそらく真っ赤な顔をしている私と、対して涼しげな鋼くん。余裕の差は歴然としていた。
鋼くんは高校生で、いい子で、可愛くて仕方がなかった。そのはずだったのに、今はとてもじゃないがそんな目で見られない。がっしりとしている肩や、太い首にしっかりと浮き出た喉仏。私を簡単に閉じ込めた、逞しい腕。見慣れた顔のはずなのに、違う人間のように見える。

「準備しましょうか」

未だ壁を背にしている私を他所に、鋼くんは茶碗にご飯をよそい始めた。こくりと頷いて、ようやく身体を動かす。
遠くから太一のドジをした音と、今ちゃんが叱る声が聞こえた。もうすぐ、こっちの部屋に来てしまう。それまでにいつもの私に戻らないと。何かあったのかと訊かれたら、平常心でいられるはずがない。それなのに私の心臓は言うことを聞いてくれず、ずっと早鐘を打っていた。


20211205
こちらもツイッターでの企画で書きました。
相互のイラストから話を考えさせていただきました!

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