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隣の席の村上くんは、姿勢が良くて凛としていて、同い年とは思えないくらいに落ち着いている。
ボーダー隊員であることが関係しているのか鍛えているそうで、身体付きががっしりしていて、ワイシャツの袖を捲った時に見える前腕が太い。その腕でノートの端を押さえたり、顎に手を当てたりする時に視界に入るそれを授業中に盗み見ていることを、村上くんは多分知らない。
私は、そんな村上くんのことを密かに想っている。
本人にはおろか、友達にすらこのことを教えたことはない。不相応の恋だと自覚しているし、村上くんにとって私はただのクラスメイトだ。この先何かがきっかけで仲良くなれたとしても、学校とボーダーの両立で忙しいだろうし、村上くんのことが好きだからこそ、邪魔したくないなと思ってしまう。
だから私は隣の席で、ひっそり村上くんのことを想うくらいで丁度いい。

村上くんを好きになったのは多分、彼がボーダーの友達と教室で話している時だった。
村上くんは友達といる時、口を大きく開けて笑う時がある。それまでは穏やかに微笑んでいるイメージだったので、初めて見た時に村上くんもそんな風に笑うんだと少し驚いて、同時にとてもドキドキした。
恋の始まりというのは、相手との関わりの中で芽生えたり、相手は意識していなくても自分にとって嬉しいことをしてもらったり、そういう風に始まるのだと思っていた。なのに私は、友達に向けられた村上くんの笑顔を見ただけで好きになってしまったのである。そしてこれが、私の初恋だった。
最初のうちは好きになっていたことすら気付かないくらいで、村上くんっていいな、くらいの気持ちでいたのだが、席替えで隣になった時に「お、隣は名字か。よろしく」と言われただけで、目の前がぱちぱち弾けて、心臓が忙しなくて、頭がわーっとなってしまった。そして明確に、村上くんのことが好きだということを自覚したのだった。
しかし隣の席になったからといって何かが進展するわけではない。私も積極的にアピールしないので、当然の結果だ。
もしかしたら任務で休んだ分のノートを見せてほしいと言われるかもしれないと期待していたが、村上くんは仲が良い男友達に見せてもらっていた。私の立場でも隣の席の異性より同性の友達に頼むと思うので、思ったよりがっかりはしなかったけど、今後何があってもいいように授業中のノートは丁寧に取るようにしている。我ながらいじらしいなと思うが、恋とはこういうものらしい。
目立った交流はなくても、隣の席というだけでちょっとした会話が生まれたり、村上くんがいる右側がなんだか温かい気がする。私はそれだけでとても嬉しくて、楽しくて、ちょっぴり切ない日々を過ごしていた。

今日は防衛任務の関係で、村上くんが学校に来るのはお昼過ぎになるそうだ。隣の席がぽっかりと空くのは珍しいことではないが、今日の日直は私と村上くんの担当だった。
日直といっても黒板を消したり学級日誌を書くくらいのものだ。大したことはないのだが、おそらく一回しか回って来ないであろう私と村上くんの番に任務が被るなんて。でも午後からは登校するらしいし、昨日「悪いな、よろしく頼む」と言ってくれたので、よしとする。
昼休み前の授業が日本史だった関係で板書が多く、授業終わりに黒板を消そうとしたら数人のクラスメイトから「消すのは待ってくれ」と言われたので、お昼ご飯を食べてから消そうと思っていた。
友人の席でお昼ご飯を食べ終えて少し駄弁った後に、そろそろ消すかと席を立つ。黒板消しを手に取って右側から消していると、ふいに教室の前のドアが開いた。見ると村上くんで、すぐ近くにいた私に気が付いた彼は、「名字、おはよう」と微笑んだ。
おはよう、なんて時間ではないが、村上くんがそう言うので私も「おはよう」と返す。

「日直やってくれてたのか。手伝うよ」
「でも村上くん来たばっかりだし、一人で大丈夫だよ」
「二人でやった方が早いだろ」

村上くんはそう言うと、リュックを背負ったままワイシャツの袖を捲った。釘付けになりそうだったがぱっと黒板に視線を移して、手を動かしながら村上くんを盗み見る。
村上くんはもう一つあった黒板消しを手に取り、ささっと上から消していた。黒板を消す姿すらカッコよく見えるのだから、恋って不思議だ。
一歩左にずれると、村上くんも一歩右にずれた。あれ、と思っている間に、私と村上くんの距離がどんどん縮まっていく。このままいったら、ぶつかってしまうのではないだろうか。というか、どこまで消したらいいんだろう。
そんなことを考えている間に黒板の文字はどんどん消されていって、ついには真ん中の二十センチ程になってしまった。席に座っているよりも近い村上くんにドキドキして、手が動かなくなってしまう。黒板消しを目線の位置で黒板に押し付けたまま固まっていると、残りの文字を村上くんがさっと消してくれた。

「おつかれ」

そして村上くんは、私の黒板消しに彼が使っていた黒板消しをかつんと軽くぶつけて、にこりと笑うと席に向かって行ったのだった。
何が起きたのかわからない。何だろう、今のは。震える手で黒板消しをそっと置く。
あれだろうか。男の子がよくやるハイタッチみたいな、そういう類のものだったのだろうか。村上くんって、そういうこともやるんだ。
大人びていると思っていたから、想定外の高校生らしい行為に驚いてしまった。それ以上に、好きな人が私相手にそんなことをしてきたという事実で、私は溶けるのではないかと思うほど熱を帯びていた。
直接触られたわけではないのに、指先も頬も熱い。どうしよう。私、村上くんが好きだ。そんなことずっと前から知っていたのに、明確に好きだと思ってしまった。
いつまでも黒板の前にいるわけにはいかないので、そそくさと友人の席に戻る。彼女は私の真っ赤な顔を見て吹き出すと、「見てたよ」とにやにやした。
席で授業の準備をする村上くんを横目で見ながら、友人は私に耳打ちをする。

「バレてないと思ってるけど、あんたが村上のこと好きなの結構わかるからね」
「うそ、うそ本当に? みんなにバレてる?」
「みんなは知らないけど、あたしにはわかる。何年友達やってると思ってんの」
「ひゃー……」
「あんた今チャンスなんだから、席戻りな」
「えっ、むりだよ」
「いいから!」

ランチバックを押し付けられて席に戻るよう促されて、うう、と緊張しながら自分の席に戻る。なるべく静かに椅子に座ると、「名字」と村上くんに名前を呼ばれて心臓が跳ねた。

「はいっ?」
「肩のとこチョークの粉付いてるぞ」
「えっ!? あ、本当だ……」

最悪なところを見られてしまった。ぱたぱたと肩を叩いて小さなため息を吐く。
昼休みはあと十分程残っていて、前の生徒も村上くんの右隣の生徒もまだ帰って来ていない。こうしてきちんと席に座っているのは私たちだけに見えて、ちょっとした離れ小島状態だ。友人が言っていたチャンスとは周りに人がいないということだろう。

「今日板書多かったのか?」
「そ、そこまでじゃなかったよ。さっきの授業くらい。本当は授業終わってから消そうと思ったんだけど、終わってない人いっぱいいたから……」
「そうか。俺も誰かの写さないとな」

ばく、と再び心臓が跳ねる。言え、私、頑張れ、と己を奮い立たせて、すっと息を吸い込む。

「私のでよければ、見る?」

言ってしまった。昨日までの私だったら絶対言えなかったのに。村上くんのことを一方的に、ひっそり想うだけで満足だったのに。

「助かるよ、ありがとう」
「他の授業のも、よければ」
「ありがたい」

ありがたいって、昔の人の言葉みたい。けれど村上くんが言うと違和感がなく、私はうんと頷く。
頭の中で妄想していた「いつか」がついに訪れたことに舞い上がりながら、机の中のノートを引っ張り出す。が、勢い余って手から滑り落ちた。私の脇腹にぶつかったノートは村上くんの方向に落ちてしまい、彼はそれを拾い上げると「借りるな」と笑った。
村上くんはさっそくノートを写し始めた。私は居た堪れず、午前の授業の日誌を書こうと机の中に入れていた日誌を出して広げる。

「日誌くらい俺がやるぞ」
「へ!?」

ノートを写していたはずの村上くんに突然話し掛けられて、声がひっくり返ってしまった。筆箱からペンを取ろうとしていたタイミングだったので、筆箱ごと落としてしまう。

「大丈夫か?」
「大丈夫、ごめん!」

数本のペンが散らばっただけで、中身を全てぶちまけるという惨事ではなかった。恥ずかしい、と目を瞑りながら椅子から下りて筆箱を拾う。落ちたペンも回収し椅子に座り直すと、村上くんの足元に拾い忘れたペンを発見した。

「ご、ごめん村上くん、そっちにも」
「ああ、いいよ」

身を屈めてペンを取ってくれた村上くんは、上体を起こすとすっとペンを差し出した。受け取ろうとした時、村上くんがふっと笑ったのがわかった。

「意外とおっちょこちょいなんだな?」

からかうような声色と、にやりと少し意地悪な顔をしている村上くんが目の前にいた。数秒目が合って、村上くんは「はは、冗談だ」と口を開けて笑う。自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。
私が一向に受け取らないので、村上くんはペンを机の上にそっと置いた。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして」

明らかに挙動不審だったので、変な子と思われたかもしれない。もしかしたら、好意があるとバレてしまったかも。
村上くんは涼しい顔で書き物を再開したので、何を思っているのか全くわからない。横顔がカッコいいことは、辛うじてわかる。
ぎぎぎ、と錆びたロボットのような動きで友人の方を見ると、カーディガンの袖口で口を隠しているが、こちらを見てこれでもかというほどニヤけていた。ずっとことの成り行きを見ていたらしい。睨み付けると、声もなく笑い始めた。楽しそうでなによりだ。
私は姿勢を低くして、日誌に取り掛かる。そして担当者の名前の欄に『名字、村上』と書いて、少し頑張ってみよう、と決意したのだった。


20211205
友人と鋼くん夢企画で書いたものです。
私が書いた小説をイラスト化していただきましたので、ツイッターにてぜひご覧ください!

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